『119、イルマス教の内乱(十五)』

翌日、俺たちは隣の村にやってきていた。

馬車を譲ってもらって、まずはツバーナを拾いに教会本部まで進みたい。


「どこにいけば貰えるんだろう」

「あそこじゃないかな?路肩に止まっている馬車を譲ってもらいたいところだね」


看板には“馬車貸します”と書かれている。

しかし、俺は他国の人間なので返すという行為が出来ないのが問題点なのだが。

ベーラさんに言えば返しておいてくれないだろうか。


「とりあえず行ってみるしかないね。譲ってもらえなかったときはまた考えよう」

「そうね。まずは行ってみましょうか」


店に入るとカフェのように木製の机と椅子が並んでおり、無人のカウンターがある。

随分と小洒落た店内だな。


そんなことを想っていると、カウンターの奥から1人の男性が出て来た。

まだまだ若いお兄さんって感じ。


「すみません。馬車を譲っていただきたいのですが」

「ん・・・誰かと思ったらグラッザド王国の王太子ですか。隣にいる少女は誰でしょう?」


予想外の質問に面食らう。

どう答えたものかと思案していると、フローリーがジト目でお兄さんを睨んだ。


「どうしてそんなことを尋ねる必要があるんです?」

「ちょっと気になっただけですよ。それよりも・・・君たちは龍魔法って知ってます?」

「龍魔法・・・?何ですか、それ」


イルマス教国の剣技には【龍】という言葉が使われていたが、魔法は知らないな。

フローリーとともに首をゆっくりと横に振る。


するとお兄さんが唇を怪しく歪めたと思うと、フローリーに向かって手を一振りした。

刹那、黒い煙が彼女の体から上がる。


「あれ・・・何か体が軽くなった感じがするわね・・・」

「君に龍魔法が使われていたんだよ。効果は突撃だから――考えなしに突っ込む」

「あ、ボーランたちはまさにそれじゃないかしら」


フローリーが驚いたような声を出して、自分の体をまじまじと見つめている。

確かに普段よりも考えが足りないし、誰かに操られているみたいだなとは思ったが・・・。

まさか聞いたこともない魔法が使われているとは思ってもいなかった。


「龍魔法は魔力を感じないことで有名なんだ。だから魔力量が多い君も気づかなかった」

「なるほど・・・どうして僕とフローリーには効果が無かったんです?」


そこが一番気になるところだ。

光魔法を使える人が効かないという説が有力だが、なぜマイセスに効果があったのか。


考えて答えが出るはずもなかった。

そもそも龍魔法という魔法そのものを知らないのだから、対策の立てようがない。


「それは魔力量の多さが深く関わっているんだ」

「確かにリレンは全属性が使えるから魔力量も多いし、私もそこそこある方だわ」


マイセスは逆に少なかったっけ。

領地巡りの旅をしている間にも、何回か解呪の手助けをしてあげた気がする。


「魔力が少ないほど龍魔法にはかかりやすくなるんだ。だから君たちはかからなかった」

「なるほど。解呪の方法は?」


父上の指示は仰ぐものの、解呪できないのは致命傷といってもいいだろう。

それに俺には一抹の不安が頭をよぎっていた。


契約以降、カルスとフェブアーが2人とも俺を置いていなくなるのは今回が初めてだ。

ゆえに不安が大きい。


しかし、この考えは裏を返せば仲間を信頼していないわけだから自己嫌悪に陥ってしまう。

負のループだと分かっていても抜け出せないのだ。


「ああ・・・フローリーが僕を殴った理由が何となく分かった気がするよ。心配でたまらない」

「そうでしょ。私なんか2回も心配することになっていい迷惑だわ」


膨れっ面をしたフローリーを見たお兄さんが、微笑を浮かべながら表の馬車を指さす。

あれを譲ってくれるということだろうか。


「僕が御者をしてあげるから王城に行こう。解呪の方法は国王しか知らない禁忌だから」

「ありがとうございます。そういえば御者がいませんでしたね」


前まで御者をしていたカルスは龍魔法にかかってアラッサムに突撃しているからな。

父上に説明する手間も省けるので、願ってもいない好機だ。


「そうでしょう?それではグラッザド王国の王城に向かって馬車を進めましょうか」

「すみません。その道ってイルマス教国の王都を通ります?」


教会本部で王都の見張りを担当していたツバーナを回収しないといけないからな。

お兄さんは小さく頷く。


「通ると思いますよ。口ぶりと顔つきから察するに仲間でもいるのでしょうか」

「そうだよ。本拠地の防衛のために残しておいた仲間がね」

「事情はよく分かりました。まずはイルマス教国の王都にある教会本部に向かいましょう」


御者席に座ったお兄さんが声を張り上げた。

すると、どこからともなく現れた黒龍騎士らしき人たちが馬車を囲むようにして立つ。


「あ、そうか。黒龍騎士たちもツバーナと合流しないとね」

「ツバーナって・・・エルフの王女であるツバーナ=リーデンクロ―のことですか?」


紐を持つ手が震えているから、彼女に何かトラウマがあるのかもしれない。

俺は首肯するしかなかった。

すると、顔を青ざめさせたお兄さんが黒龍騎士たちを見回して愕然と項垂れる。


「どうしたんですか?ツバーナが何か?」

「あの人は悪魔ですよ・・・。人間に不良品の魔導具ばかりを売りつけているね!」

「そういえば魔導具が暴発した事件があったわ。確か被害者はイルマス教国の夫婦ね」


フローリーが手を叩く。

つまり、魔導具暴発事件の被害者がお兄さんの両親だったということか。

ツバーナに両親を奪われたお兄さんの怒りを乗せた馬車は、王都に向けて猛然と進む。

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