『118、イルマス教の内乱(十四)』
精一杯、お礼をしようとしてくれた村人たちに対しての態度があまりにも悪い。
本当にどうしてしまったのだろうか。
「ちょっと失礼すぎない!?ボーランたちはアラッサムに行って何がしたいの!?」
「領土の拡張さ。僕たちのリック家も領地持ちになるんだ!」
目が完全に逝ってしまったボーランが拳を握る。
残りの面々も自分の野望を口にしていくが、総じて目がヤバいのはどうしてだ?
「そんなに行きたいなら勝手にすれば?僕は大将の職をエーリル将軍に譲ってあげるよ」
「これで私が名目上の大将だっ!みんな私についてこい!」
エーリル将軍に大将の座を譲った瞬間、熱血リーダーのようにみんなを鼓舞し始めた。
鬨の声を上げる残りの人たち――あれ?
集団の後ろの方に潜み、鬨の声を上げていない人がいたぞ?
「よし、教会本部に戻って出立の準備をするぞ。明日にはアラッサムに向けて出るっ!」
「了解いたしました。すぐに馬車を用意いたします」
カルスが馬車を準備するや否や、エーリル将軍たちが物凄い勢いで乗り込んでいく。
しかし、そこで乗り込まなかった人物が1人だけいた。
「みんなどうしちゃったんだろう?まるで何かに取りつかれたように行っちゃったけど」
「さあな。ツバーナたちが止めてくれればいいのだが」
俺以外では唯一正気である彼女――フローリーが首を傾げる。
考えてみれば、フローリーはアラッサムに行きたいという意思表示をしていなかった。
正気なのが1人だけじゃなくて良かったよ。
「今日は村に泊まらせてもらって馬車を探さないとな。俺たちの馬車は使われちゃったし」
「そうね。申し訳ないですが泊めさせていただいても・・・」
「いいですよ。というかぜひお礼をさせてください。グラッザド王国の王太子様」
村長の言葉に思わず瞠目する。
どうして俺がグラッザド王国の王太子だって分かったんだ?
「不思議そうな顔をしておりますな。大将の座を譲ると言われましたでしょう?」
「あ、そうか。グラッザドの大将はリレン=グラッザドだもんな」
当たり前のことである。
あまりの気まずさに頬を掻きながら村に視線を走らせていると、なぜか違和感があった。
しかし、そこには何もない。
「どうしたのですか?さっきから1点を睨んでおられますが・・・」
「いえ、何でもありません。荷物を置きたいので宿屋に案内していただけますか?」
「はい。分かりました」
俺たちは村長に連れられて宿屋に入ると部屋で一息つく。
すると、ベッドで寛いでいたフローリーが俺の胸元を凝視しながら訝しげな声を漏らした。
「リレン、胸元で何か光ってるよ」
「本当だ。何だこれ?真っ赤な石が入っていたんだけど――まさか!?」
外に立っている黒龍騎士関係で思い当たることがあったので、赤い石を耳元に当てる。
予想通り、石から声が聞こえてきた。
「ちょっと・・・メンバーはどうしちゃったのよ。あなたを置いてアラッサムに行くなんて・・・」
「分からない。みんなが狂ってしまったかのようにアラッサムに執着しているんだ」
「正気なのは私とツバーナさんとリレンの3人か・・・。映像水晶は持っているんだよね?」
フローリーの口から知らない単語が飛び出したぞ?
映像水晶は、名前から推測すると水晶に映したものを記憶してくれる魔導具か。
随分と便利だな。
「持っているから既に撮影したわ。それよりもあなたたちはどこにいるのよ?」
「黒龍騎士たちに聞いて頂戴。私たちは黒龍騎士たちと一緒にいるから」
俺たちには説明の仕方が分からない。
デーガン大司教が拠点にしていた村などと言われても困るだろうしね。
「ベーラさんに聞けば分かるかしら?1つ目の村を落としたところで帰って来たらしいのよ」
「あ、多分知っているはずだよ」
そういえばベーラさんは最初の村の攻略が終了してから姿を見せていないな。
グラッザドの雰囲気に呑まれちゃったのかもしれない。
「どうにかしてこっちに来れないかしら?とりあえずグラッザド王国に向かわないとダメね」
「そうだね。プリスト教皇に撃退を伝えなきゃ」
デーガン大司教を逃したのは大きいが、この国を奴の手から救うという依頼は達成した。
あとは馬車の問題さえ解決できれば勅命は完了だ。
「こっちは僕とフローリーが何とかしてみるから、そっちは父上に伝達する方法をお願い」
「言われなくても分かっているわ。頑張ってね」
「ああ。出来るだけ早く戻りたいとは思っている。よろしく頼むぞ」
「はーい」
教会本部にいるはずのツバーナの声が消え、光を失った石をまじまじと見つめる。
これ・・・どう考えても前世でいう携帯電話じゃないか?
そう考えたのはフローリーも同じだったらしく、複雑そうな表情で石を眺めていた。
「前世の知識はいいとして、馬車をどうやって調達するかだな」
「この村に馬車があるとも思えませんし・・・迎えに来てもらおうにも5日はかかりますし」
電車とかがないから移動にも時間がかかる。
国境付近から中央に向かうのだから、当然といえば当然なのだが。
頭を捻っていると、扉から遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あの・・・そろそろ夕食の時間です。それと、馬車が欲しいのでしたら隣の村にありますよ」
「気づかなくてすみません。その話は本当ですか!?」
馬車の目途が経ちそうだからか、フローリーが興奮した様子で尋ねる。
この宿の女将らしき女性は小さく頷いた。
「隣の村に馬車が用意されているはずです。王太子様になら譲ってくれるはずですよ」
「そうですか。ありがとうございます!」
やっと帰れるという嬉しさから、ガッツポーズをしたい気分になる。
明日はさっそく村に行ってみよう。
俺とフローリーは喜びを噛み締めながら夕食の席に向かうのだった。
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