『116、イルマス教の内乱(十二)』

「そうですね・・・白金貨5枚でどうでしょうか?」

「白金貨5枚ですか・・・悪いとはいいませんが、やっぱりもう少し欲しいですね」


 何か声が聞こえるが目が重い。

 視力を限界を超えて強化しちゃったから、体の修復に時間がかかっているようだ。

 でも、いつまでも寝ているわけにはいかないんだよな。


「リレン様・・・私はどうしたら・・・」

「とりあえず回復魔法をかけてみましょうか。今なら襲われる心配もなさそうですし」


 どこに隠れていたのか、マイセスが出て来た。

 巫女姫直々の回復魔法か・・・。

 効果も凄そうだが、他の人が聞いたら嫉妬で袋叩きに遭いそうな内容だな。


「完全回復

パーフェクトヒール

。これで怪我は治ったはずです」

「魔力は回復魔法で治せないものな。しばらく留まって様子を見るしかないだろう」


 部屋に入ってきたのはエーリル将軍か。

 目の重さが取れていて、俺はこの時初めて目を開けることが出来た。

 枕元に座っているマイセスの手には先端に黄色の宝石がついた杖が握られている。


「マイセス・・・回復魔法のおかげで体が楽になった・・・」

「リレン!?目が覚めたの!?」


 叫び声に反応したフェブアーとエーリル将軍も凄い速さで枕元に近付いてきた。

 みんなが真剣な表情で俺の顔を覗き込む。


「あの・・・心配をかけて悪かったと思っているよ。だから見つめるのをやめて・・・」

「リレン様の碧い瞳はやっぱり綺麗ですね・・・」

「急にどうしたの!?」


 あのフェブアーが狂ってしまうほど心配をかけてしまったのだろうか。

 本当に申し訳ないと思っているよ。


「目が閉じていたからな。早く目を覚ましてもらって元気な瞳を見たいと言っていたんだ」

「元気な瞳って何ですか!そこは元気な姿でしょう!」


 何で俺がツッコミをせねばならんのだ。

 フェブアーよ、あなたが正気に戻ってくれないと大変なんですけど。


「リレン様、今日はここに留まってから明日に敵軍の本拠地である村に向かいます」

「黒龍騎士たちが攻略しているところだよね?」

「そうです。総大将であるリレン様が向かえば敵の士気も上がるでしょう」


 いや・・・俺よりツバーナじゃないのか?

 黒龍騎士ってエルフの騎士団なんだから、他国の俺より自国の彼女でしょ。


「分かりました。それと・・・カルスは何・・・」

「「えっ・・・」」


 パンという音が鳴り響き、数拍遅れて頬に痛みが走る。

 フェブアーとマイセスから驚いたような声が漏れていたから、叩いたのはエーリル将軍か。


 そう思って枕元を見ると、そこに座っていたのはフローリーだった。

 いつの間に入ってきたんだと思う間もなく、彼女の悲鳴にも近い涙声が響く。


「勝手に突撃して、私のそばからいなくならないでよ!どれだけ私が不安だったか・・・。どれだけ私が後悔したか・・・。リレンにその気持ちが分かる!?」

「その・・・ごめん」


 何か言い訳じみた事を口に出そうとしたが、本気で心配してくれているのだから失礼だ。

 俺のミスなので押し黙るしかない。


「私が近くにいれば回復が出来るでしょ。それなのにボロボロになって帰ってきて・・・」

「本当に悪かった。最初から無茶だと分かっていたからな。巻き込みたくなかった」

「それがあなたの考える仲間なの?」


 フローリーの言葉がどうしてか胸に刺さり、二の句が継げなかった。

 俺はどう思っていたのだろう。


「確かに私には戦闘能力が無いかもしれない。でも、あなたにとって私は弱い女なの?」

「えっ・・・そんなことは思ってない・・・」

「結果的にそうでしょ。私を危険に晒したくないということは、その危険から身を守れないと思ってい

 るってことじゃない。バカにしないでくれる?」


 今まで聞いたたことがないくらい冷たい声。

 フェブアーと似て、気の強そうな彼女の顔は怖いくらいに無表情だった。


 アメジストのような瞳からも感情が読み取れない。

 返事をしようとした時、今日も執事服を着込んでいるカルスが部屋に入ってきた。


「リレン様、帰るついでにアラッサム王国に向かいたいのですがよろしいでしょうか?」

「カルスさん・・・タイミングが悪いですね」


 吐き捨てるように呟いたフローリーがカルスとエーリル将軍に枕元を譲る。

 エーリル将軍が怪訝そうな顔で問いかけた。


「目的は何だ?今の言葉を聞いた限りだと軍まで引き連れていくようだが・・・」

「アラッサム王国を滅亡させるためですよ」


 カルスの言葉に全員が固まる。

 再起動をしたエーリル将軍が「――お前はバカなのか?」と一言だけ発した。


「もちろん普段なら不可能です。しかし今はイワレス王国を攻めるのに主力が出ています」

「敵の数が少ないっていうこと?」


 俺が尋ねると、カルスは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。


「ここでアラッサム王国を落とすことが出来れば、戦で消耗したイワレスも狙えます」

「まさか父上に無断で領地拡大をしようと思っているの!?」


 もはや驚くしかない。

 カルスはこんな無鉄砲な策を思いつく人じゃなかったような気がするんだけどな・・・。


「認められない。国王の許可なしで動くわけにはいかないだろう」

「そこを何とかお願いします。このままアラッサム王国を野放しにしておくのは危ない」

「どうしてそこまでアラッサム王国を危険視するんですか?」


 マイセスの質問にカルスが押し黙る。

 しばらく逡巡していたが、やがて隠すのを諦めたのか深い息を吐いた。


「私の実家があるんです。両親ともに有名な剣豪ですが、先の戦ではキーランを破った」

「あのキーランをですか!魔剣士を7人も抱えているのに!?」


 戸口から入ってきたばかりのボーランが素っ頓狂な声を上げた。

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