『55、新たな予感』

「さすがに1週間も馬車に乗っていると飽きてくるわね」


もう少しでナスタチ郡に着くという道すがら、唐突にマイセスが愚痴を零した。

俺たちは無言で頷き合い、誰からともなく笑みを浮かべる。

俺が持ってきたリバーシやボーランが持ってきたトランプなどで時間を潰していたのだ。


しかし、3日が過ぎる頃には大概の遊びはやりつくしてしまう。

極めつけは、王都から離れるほど支配が行き届かなくなるため何度も盗賊に襲われる。

1日に5回襲われた時は、全員が無表情で盗賊を倒すというカオスな状態になった。


だが今日。ついにナスタチ郡に入るのだ。

ハンルのような護衛が来ないか心配ではあるが、もしそうでも対処は出来る。


余裕の気持ちで進むと金色の光が見えて来た。

オクトはスニアと違ってちゃんと騎士団を派遣してくれたようだな。

ケチらない精神だけは評価できる。


不正をしているから、プラマイでいえば余裕でマイナスに降りきれるが。

馬車を止めると、梔子色の髪をした女騎士が扉を開けて臣下の礼を取る。


「ナスタチ郡へようこそ。領主であるオクトの娘で騎士団長のカンナでございます」

「そ・・・そう。早速案内してくれる?」


ドク郡の時と流れは同じであるが、出て来たのは領主の娘だった。

俺たちが伝える真実は、カンナさんにとっては残酷な真実かもしれないな。

でも聞いてもらって向き合ってもらわなくちゃいけないわけだが。

決して家族全員がグルでは無いと信じたい。


「あの人、まさか父親とグルじゃないでしょうね。だとしたら厄介よ」

「うーん・・・。そうじゃないと信じたいかな?」

先導するように一番前を進んでいるカンナさんをマイセスが疑わし気な視線で見つめる。

俺としては共犯で無いことを祈るしかない。


そんな祈りが通じたのか、ドク郡の時のようなトラブルは起こらず領主館にたどり着いた。

扉の前にはたくさんの執事を侍らせた月白色の髪を持つ老人が立っている。

言わずもがなナスタチ郡の領主、オクトであろう。


「リレン王子、ようこそおいで下さいました。ここを治めているオクトでございます」

「よろしく。疲れたから部屋に案内してくれる?」


どの領主に対しても一旦は、話すことは無いぞというスタンスで良い気がする。

ドク郡の時とほぼ同じセリフだし。

声と態度に拒絶を感じ取ったのか、オクトの顔が引き攣る。


「分かりました。ここにいる期間は執事のレイトが世話係になりますので」

「執事のレイトです。要望通りお部屋へご案内いたします」


今度の執事は優しそうで良かった。

行ってみると、部屋の数がドク郡と変わらなかったので部屋割りも全く同じ。

唯一違う点はフェブアーの部屋にベネットがいないことだろう。


夕食をサクッと済ませると、お風呂に入っている間にいよいよ証拠探しタイムが始まる。

今回はカルスに侵入してもらうことにした。


「カルス、頼んだよ。証拠を見つけても見つけられなくても絶対に帰って来てね」

「分かっております。私が死ぬときは王子が死ぬときでございます」


言われたこっちが恥ずかしくなるセリフを口にすると、鮮やかな身のこなしで去っていった。

無事を祈りながら浴室に入ると、白藍色の髪が湯船に浮かんでいる。

首を傾げながらしばらく観察しているとボゴッという音ともに少年が現れた。

こちらに気づくと顔を紅に染めて再びお湯に沈んでいく。


「えっと・・・君は誰だい?僕はグラッザド王国第1王子のリレン=グラッザドだけど」

「お、王子様!?お見苦しいところを見せてゴメンなさい!料理人見習いのウェルスです」


ウェルスは慌てたように湯船から顔を上げて言った。

お湯が薄緑色に濁っているので臣下の礼を取っているかどうかは定かではない。


「変な礼をしているのなら楽にしていいよ。半分お忍びみたいなもんだし」

「分かりました。王子ともなると違うんですかね?」


浴槽の中央から移動し壁にもたれかかったウェルスがしみじみと呟いた。

俺は発言の意図が分からずハテナマークを乱舞させる。


「どういう意味?僕と他の人の何が違うの?」

「前に太った貴族の坊ちゃんが来たことがあるんですが、そいつがまた厄介な奴で。僕が出て行くまでずっと礼を取り続けろとか言ってきたんですよ。おかげで30分間も湯船の中で礼をさせられる羽目になったんで、のぼせて死ぬかと思いましたよ」


突然、饒舌になったウェルスに呆気に取られる。

だがその坊ちゃんというのは国を治める側として見過ごせないな。

十中八九、ボア伯爵一家だと思うが。


「だからだよ。ずっと礼してたら普通のぼせるって。それに目の前で礼されても邪魔だし。だったらこうやって会話した方がお得でしょ?」


説明としてとりあえず建前を並べまくる。

決してこれらの気持ちがないわけではないが、一番の理由は畏まられるのが苦手だから。

というか、どんな趣味があれば辛そうにしている使用人を見て楽しめるんだろうか。

人としての道を踏み外しかけているような気がしてならない。


明日の朝に厨房を覗いてもいいかと尋ねると、ウェルスは勢いよく頷いた。

初対面の王子に頼まれて断る人なんて滅多にいないし、気の毒なことしちゃったかな?

罪悪感に苛まれながら自室に戻るとカルスが机で唸っていた。


「どうしたの?証拠が見つからなかったとか?」

「そうです。ボア伯爵が告白したという報を聞いてからすぐ改ざんに動いたようですね」


俺は頭を抱えてベットに蹲る。

あの老獪な軍師の策を見破って証拠を見つけるのは至難の業だ。

さっさと断罪会して後は観光でもしようと思ったのに、早くも計画頓挫の危機。

どこかから証拠でも降ってこないだろうか。


「リレン様、お風呂に入った後にそのようにされては寝癖がつきますわよ」

「マイセス・・・。どうしてここに?」


扉の前にマイセスが立ってこちらを見降ろしている。

一抹の悔しさを感じて起き上がると彼女は1枚の紙を放ってきた。

目を通してみると、丸文字で暗号が書かれていて脇にはマイセスのサインが。


「この暗号は何?この地域に伝わる言い伝えか何か?」

「女神様がコンタクトを取ってくるから会話してみたの。そしたらこれを王子に渡せと」

「また難しい暗号を考えて来るもんだ・・・」

俺は苦笑して暗号を指で弾く。そこにはこう書かれていた。


『白と青が混じった橙色の光が照らす戸棚に金の鎧が信ずる言葉を入れよ』


今度は随分と色が多い暗号だなと思う。

とりあえず意味が分かる場所から順々に解いていこうか。


「金の鎧ってカンナ騎士団長のことだよね。彼女には信じている言葉があると」

「戸棚を見つけないと何とも言えないわ。本当の言葉なのか数字とかなのかも分からない」

顎に手を当てて、推理ポーズをしたマイセスも苦々しい表情をする。

意味が分からないのはここからだ。白と青が混じった橙色の光って何?


「3色が混じる光って何なの。この建物のどこかにそんな魔導具があるのかしら」

「明日、お風呂で会った料理人見習いの子に聞いておこうか。勝手に捜索するわけにもね」


ウェルスなら暗号について心当たりがあるかもしれない。

小さく頷いたマイセスは腰を上げ、部屋から退出していった。

今まで控えていたカルスも一礼してから去っていき、後には俺だけが取り残された。


寝るにはまだ早いので短剣や指輪をお手入れしていると部屋が赤く染まる。

訝しく思って窓から外を眺めると屋敷中を覆いつくすような火の球が城下町に迫っていく。

町の近くに着弾したら甚大な被害が出るに違いない。


「こんなにデカい火の球、誰が放ったんだ?水球ウォーター・ボール

急いで火の球よりも大きい水の球で包んで消火する。

何とか火は消えたが、魔力の使い過ぎからか体が怠くなってきた。


「犯人捜しはまた明日だな」

そう呟きながら、ベッドに吸い込まれるように俺は意識を手放す。

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