『54、特殊な旅』
「えっ?旅に行ける期間って決まっていたの?」
スニアの断罪会から1夜明け、観光でもしようと思っていたところだったのに。
カルスから旅には期間があると言われてしまったのだ。
「はい。国王様からは3ヶ月以内に帰って来いとの伝言を仰せつかっております」
「王都とドク郡は近いから良かったけど、ここからは移動だけで1週間はかかるもんなぁ」
ドク郡の領主館は王都に近いところにある。
しかし、ナスタチ郡の領主館はむしろ隣のニーザス郡に近い。
そのため移動だけでも1週間はかかる見込みなのだ。
「何で3ヶ月以内に帰らなきゃいけないんだろう。別に半年とか行ってても良くない?」
「国王様曰く、王子が王都に長らくいないのはマズイとのこと」
何がマズいというのだろうか。別に外からじゃ分からなくない?
社交界デビューしてから1回もお茶会とか言ってないし。
だが国王の命令は絶対である。必ず3ヶ月以内に帰らなきゃいけない。
ならば与えられた期間をどう使うか考えるべきだな。
「分かった。ナスタチ郡での断罪をチャッチャと終わらせてそこで観光しよう!」
「ええ。私も観光したいですし、頑張って下さい」
今、この部屋にはカルスと俺しかいないから、素の口調を出せるのが楽だ。
昨日の断罪会では言いたいことが全然言えなかったもんな。
「カルス、そろそろ馬車の準備をした方がいいのでは?遅くなりますよ」
「そうですね。では私は準備してきます」
部屋に入ってきたフェブアーに促され、カルスが退出。
後にはフェブアーと俺だけが取り残され、何とも言えない空気が漂う。
先に口を開いたのはフェブアーだった。
「心配をおかけして申し訳ありません。初歩的な罠に引っかかってしまいました・・・」
「ううん。フェブアーとベネットが無事で良かったよ」
スニアに捕まっていたらどうしようと最悪を想定していただけに、素直に嬉しい。
少なくとも最悪の事態は回避したわけだ。
「次のナスタチ郡でも頼んだよ。確か領主は・・・オクトさんだっけ?」
「そうですね。なかなか老獪な策を使うため、侮れない敵です」
ナスタチ郡の領主を任されているオクトは今年で68歳になる老領主である。
元軍師で、騙し討ちを主体とした策をいくつも成功させて2年前の勝利に大きく貢献した。
そのご褒美として新しく手に入れたナスタチ郡の領主を任されたという。
ハッキリ言うと、今回の旅で相手する7人の中で最も厄介な相手だと思っている。
ボア伯爵の捕縛によってある意味で証拠は出ているものの、こちらに届いてはいない。
つまり、捕縛の報自体が虚偽の報告だと思われかねないのだ。
セテンバ―が持っていた報告書があればいけると思うが、あれは他領不出の物。
持っていくことは出来ない。だが証拠も巧妙に隠されているはず。
――どこか1つの郡ででもいいから観光できないかな?
このままのペースで行くと、不正を断罪するだけで終わってしまいそうで怖い。
「馬車の用意が出来ましたよ」
俺たちを呼びに来たのは、新しくこの館でメイドとして採用されたベネットだった。
前のような奴隷待遇では無く、給料も規定通り支払われる。
「分かった。すぐに向かおう。リレン王子、準備を」
「もう・・・分かってるって」
そう何回も言われなくても分かっているよ。
準備を済ませて階下に行くと、セテンバーを初めとした面々が控えていた。
お見送りということなのだろうが、何も全員で来なくても・・・。
呆れる俺にセテンバーが近づいてくる。
「この度は本当にありがとうございました。王子には感謝してもしきれません」
「大丈夫だよ。でも今後は信頼できる執事にした方がいいね」
「確かにそうですね。また傀儡になるのは絶対に避けなければならないですし」
本当だよ、と俺はため息をつく。
だが、吹っ切れたように笑う領主は、ここが良い土地になるということを予感させる。
テミッドやアリィともお別れを済ませて馬車の前に行くと、フローリーとマイセスがいた。
「お姉ちゃんはもう帰っちゃうの?もっと一緒にいたかったな・・・」
フローリーの一言に思わず動揺してしまった。
魔獣対決などで大いに役立ってくれた巫女姫、マイセスの離脱は正直痛い。
しかし、彼女は予想に反して頭を振った。
「今朝、教会に行って神託を聞いてみたのよ。そしたらまだ達成してないって」
「達成してないって・・・あの数字まみれの神託を?」
「ええ。達成してもいないのに聞きに来るなと物凄い剣幕で怒られたわ」
げんなりとした表情で呟くマイセスに、フローリーが抱き着く。
妹の大胆な行動に、姉はしどろもどろになっていた。
「じゃあ、まだお姉ちゃんは私たちと一緒にいるんでしょ?」
「ええ。正直、意味が分からないけど神託を達成していないのに帰れないわ」
「良かった。まだ一緒にいられるね」
フローリーの無邪気な言葉を聞いて、マイセスも頬を緩ませる。
一方でボーランやフェブアーは首を傾げて唸っていた。
9の敵は倒したはずなのに、達成していないってどういうことだろう?
数字の読み方が間違っていたとか・・・?
「リレン様、そろそろナスタチ郡へ向かいませんか?観光の時間が無くなってしまいます」
「やっべマズった!早く行こうか!」
思わずこの世界に無い言葉を使ってしまったが、幸いにも誰も聞いていなかったようだ。
カルスに促されて慌てて馬車に乗り込む。
「みんな準備はいい?それじゃ、ナスタチ郡へ向かっていざ出立!」
「あ、ズルい!というかそれ僕のセリフ!」
ボーランが一番言いたかった決め台詞を華麗に奪い去っていく。
不貞腐れながら窓の外を眺めていると、目の前に大きな山が迫っているのを見つけた。
冬だからか、雪が積もっていて馬車では滑ったり横転したりしてしまいそうだ。
「カルス、山道の雪を火魔法で払ってあげようか?」
「大丈夫です。そこは通りませんから」
余裕の笑みを浮かべるカルスに首を傾げていると、山の麓にトンネルがあることに気づく。
土魔法で誰かが作ったもののようだ。
「このトンネルは誰が作ったの?見たところ土魔法みたいだけど・・・」
「モルネ国王様ですよ。あのお方も5歳のころは神童と呼ばれていましたから」
当時5歳の父上がこのトンネルを作ったと?
これは父上も転生者なんじゃないか疑惑が浮上してきたな。
もしくは王家は神童だと相場が決まっていて、俺がそこに埋まっているだけか。
12代国王の件もあるから後者の説は微妙なラインだが。
「国王様もリレンも凄いですわよね。王族というのはみんなこうなのかしら?」
呆れたようにマイセスが呟くが、俺は苦笑いをするしかない。
全く同じことを考えていたもんな。
「さあ?ただ僕はトンネルを作ろうなんて考えなかったし、父上の方が上手じゃない?」
「子は親を超えられない定めなのよ・・・というかあなたは力で解決しようとするわね」
マイセスは俺を脳筋だと言いたいのだろうか。
それより、常時はすまし顔をしている彼女が一瞬だけ苦しげな表情を見せた。
確か彼女の母親は前代の巫女姫だったっけ。
巫女姫という職業の中で、彼女もがんじがらめにされているのかもしれない。
それは親が有名な魔剣士であるボーランや護衛隊長を務めるフローリーも同じ。
何か・・・いろいろ特殊な旅行だよね。
「このトンネルを通ったら後はナスタチ郡までひたすら直進しますよー」
フェブアーの呑気な声に空気が弛緩する。
「まだ領地巡りの旅は始まったばかりだし、気楽に行こう」
俺はゆっくりとそう言って、座席に体を預けた。
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