すみません、と私は言った 2019.1.2
1
言葉を忘れてしまった頃には
ふたりで作った言葉に溺れて
(私たちは深い青に包まれていたらしい)
かちん、こちん、かちん、こちん
「長い針がはやくはやく動くのは(短い針を追いかける、その快楽を忘れないためである)」
ささっ、くすっ、ささっ、くすっ
「ベッドにふたりの人間が眠るようになったのは(人類最大の発明である!)」
裂けたのは「またあとで」
切れたのは「いつまでも」
君が言う「ありがとう」
私は言った「すみません」
(樹齢千年を超えた樹になるのは相当の覚悟であると昨年死んだ私の弟がいっていた)
2
秒針、病身
短い針に刺され
出血
「出欠を取りましょう」
と、
先生は病院の
ベッドで叫んで
看護師さんに叱られたことがあるらしい
≒
十三人目の恋人が
手紙を書いていたので
「誰に?」
「君に!」
そう言えば私たちが言葉を覚えてしばらくたつが
文字を忘れてしまっていたことはとうに忘れていた
「だから僕、読めないかも、その手紙」
十三人目の恋人と別れてしばらくたつが私たちはなぜ別れてしまったのだろう。
涙の意味を知ってはいたものの、私は立ち止まることなく走り去ってしまった。
≒
すみません、と私は言いたかった。
3
到底目の前にいる彼が私だとは気づかなかったが、どうやらそういうことになっているらしく、私/彼はだから目の前の私/彼に思い切り叫んでみたので耳鳴りし、それが止むと辺りはしいんとしていて来る人来る人(=この時私は町中/郊外にいたのだ。だから私/彼は私/彼と遭遇したのである)が私/彼の方をまじまじと見つめて舌打ちをしたり中指を立てたり蹴りつけたりいろんな反応を示していたがそれらすべての来る人来る人が私/彼と同じだということに気づいたのでこれ即ち私=彼=来る人来る人ということで私/彼/来る人来る人はその事実に気づいてその滑稽さを笑うべきか悲しむべきか分からずに何事かを考えていたが私/彼/来る人来る人は言葉どころか文字も意味もとうの昔に忘れてしまっていたので正確には何事かを考えているフリだったのではないかとこの時のことを私/彼/来る人来る人は言葉と文字と意味をきちんと覚えてから振り返って考えたのだったがそうなると古い記憶とか思い出と言われる光景とかその時分からなかったことが色々と分かって私/彼/来る人来る人というか私はひとり泣いた。
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