第2話「グール」②

 異暦1137年9月エルサレムーヤッファ間街道…グールの群れを一掃し、街道の巡回を再開した主人様は、馬上にあって心ここにあらずな感じで手綱を引いています。それに対して、ギルバート様は、緊張した面持ちで馬の手綱を引いていますが、その原因はこの街道は異教徒に野盗、そして怪物が出没するため、特に危険地帯であるからだけでは無いようです。


「ザンギーにエルサレム国王とトリポリ伯が捕虜にされちまうとはな……直ぐに解放されたとは言え、最近サラセン人共の動きが活発になってきたと思わないか?初代総長のユーグ様も去年亡くなって、これから俺たちはどうなっちまうんだろうな」


 ザンギー……このモスルの太守は異暦1128年アレッポを併合し、十字軍国家にも侵入を繰しているため、今や私達フランク人最大の脅威と考えられていました。


「俺たちは所詮この地に来て40年足らずの余所者。サラセン人が躍起になって追い出したがるのも道理さ」


「お前は相変わらず変わり者だな。修道騎士として剣で神に仕えながら、聖地の危機を人ごとのように語る。心は全くのここにあらずって感じだ」


「……そうかもな」


 事実そうなのだから、仕方ないのかもしれません。


 そのような会話をしつつ、ジリジリと刺すような日差しの下、街道と言えども周辺は見渡す限りの荒野を進んで行くと、前方で黒煙が上がるのが見えてきました。


「レード、あれは……!」


「誰かが肉を炙ってるのか、もしくは誰かが炙られているかだな」


「ご主人様!そのようなお戯れは今の場に合いません!ここは早く向かうべきです!」


「はいはい、分かってるよ」


 馬を急がせ黒煙の発生下まで来てみるとそこは、車輪が外れ横転し荷物が散乱した馬車に人の死体が2、3体に飛び散った血という惨状、明らかに襲撃の現場でした。


「また襲撃か……ここも酷いな」


 早速馬を降り現場を検分をする2人ですが、ギルバート様の反応こそが、普通なのかもしれません。


「この暑さでまだ腐敗してない辺りそんなに時間は経過してないな。刺さってる矢のサイズからして、これをやったのは異教徒……サラセン人のようだ。大方、ヤッファの港に上陸した行商か巡礼の一団がエルサレムに向かう途中で野盗に襲われたんだろう」


 この惨状を前にして、冷静に検分しているご主人様に比べたら。


「何故野盗だと?この辺じゃアスカロンからのエジプト軍も野盗もどちらも似たような装備だろ」


「奴隷として高値で売れる若い男まで殺してるからな。訓練が行き届いてるとは思えん」


「なるほどな……」


 この時代、人もまた奴隷として価値のある商品なのは、西方も東方も、そして聖地でも変わらないのです。

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