第百九話 鉄がない!?
「やられました……まさかこんなことになるとは――」
ある日の朝、フレンズが真剣な顔でやってきた。大事な話があるということで別室に場所を移して話を聞いたのだが、肩を落としていて偉く表情が険しい。
「随分と表情が暗いな。何か問題でもあったのか?」
「問題なんてものではありませんよ。一大事なのです!」
「そ、そうなのか?」
フレンズが立ち上がり前のめりになって訴えてくる。かなり興奮していた。鼻息も荒い。
「……フレンズ様、して一体どんな一大事がおきたのですか?」
改めてメイが優しく尋ねる。問いかけながらも既に飲み干されていたフレンズのカップに紅茶を注いでいた。流石によく気がつくなメイは。
そして改めてフレンズが紅茶を一口啜り、意を決したように話しだした。
「実は、この町に入ってくる鉱石の権利が全て冒険者ギルドに一任されたのです。そのため、鉄にしろ魔法銀にしろ冒険者ギルドを経由しなければもう入ってこないのです」
「なんだって!」
最初は一体何が大変なのかと疑問に思っていたが、その話で意味が理解できた。
「しかし一体どういうことだ? どうしてそのような話に?」
「はい。実はここフォード領では鉱石はあまり採掘されません。なので鉱石に関しては北西部に存在するボルボ領から入ってくる物が主流だったのです。あそこには鉄鉱石や魔法銀が採掘できる鉱山が存在しましたので……」
なるほど。確かにこの領地は森と畑が多いようだがな。
「ですが、ここ最近鉱山から採掘できる鉄と魔法銀の量が減っているようで、特に魔法銀などはそれでしばらく高騰が続いていたのですが……」
そう言われてみると確かに魔法銀の価格はそれなりに高かったようだな。そのため魔法銀を多めに必要な魔導具はどうしても価格が上がってしまっていた。
私がそんなことを考えていると、フレンズが大きくため息をし。
「そして今回、いよいよボルボ領が他の領地へ卸す鉱石の量に制限をかけたのです。それを受け領主様が直接冒険者ギルドに管理を一任したという経緯なのですが……」
領主というとあの伯爵か。一度会っては見たが、どうにも胡散臭くて嫌な予感はしていた。だが、よもやこんな手に出てくるとは。
「……しかし、何故冒険者ギルドに?」
「うむ、確かにそれであれば商業ギルドに話が行くのが筋ではないのか?」
メイと私で疑問をぶつける。するとフレンズも繭を顰め。
「私にも解せない話です。恐らく商業ギルドも同じように思っているでしょう。ただ、一応理由としては鉱石を最も必要としているのは武器や防具を手にして戦う冒険者であり、いざという時に装備品が手に入らないからと動けなくなっては困る、という理由からだそうです」
全く。いかにも無理やりこじつけたような理由だな。確かに冒険者の装備も大事ではあるが金属を使った製品は別にそれだけのためにあるもんじゃない。日用品にも鉄を扱う。
何より魔導具の作成には鉄も魔法銀も欠かせない素材だ。尤も今回に関して言えばだからこそ冒険者ギルドに任されたと言えるが。
「アダマン様のお店は大丈夫でしょうか?」
「私も気になって伺いに向かいましたが、予定した量は入らなかったそうです。ギルドからストップが掛かった上、今後は何のために鉄や魔法銀が必要なのか詳細に伝えないといけないとか……。
フレンズは他にも色々話を聞いてくれたようだが、どうやらドイル商会とその傘下に入っている店だけが優遇してもらっているらしく、逆に魔導ギルドと付き合いのある店の条件はやたら厳しくされているとか。
全くここまであからさまにされるとはね。相手はもう隠す気もなしか。
「しかし、どう致しますか? 現在発注を請けている魔導具も多々ありますし、在庫もわずかというものもあります」
不安そうにフレンズが口にする。最近は魔導具の需要が大きい。だが、このままですぐにでも供給が追いつかなくなる。
「メイ、とにかく現状を詳細に知る必要がある。何人かつれて協力店を回ってもらえるか? 私は商業ギルドに行って話を聞いてみる。とにかく、黙っていても仕方ないからな」
「……はい、承知いたしました」
「そうですね。私も出来るだけお手伝いします。それにお客様にも説明して回らないと」
フレンズが真剣な目で言ってきた。この時点でも色々情報を集めてくれて十分ありがたいが。
「しかし店は大丈夫なのか?」
「息子が見てますから。最近はあいつも真面目にやってるんですよ」
そうだったのか。最初は小生意気な印象だったが、店番ならもう任せても平気らしい。
そして私達は今後のために情報を集めていったわけだが。
「やはり商業ギルドにもまったく鉄や魔法銀が入ってきていないらしいな。商業ギルドのマスターもほとほと困り果てているようだ」
「……御主人様。こちらも回ってみたところ鉄と魔法銀の量が圧倒的に不足しているのがわかりました。このままでは予定の三分の一も納品できません」
「私の方は事情を伝えてとりあえずお客様には納得してもらいました。それと、冒険者ギルドに対する不満は随分と高まってきているようです。ドイル商会もここぞとばかりに値段を吊り上げてきているので住人の不満も溜まる一方ですよ」
ドイル商会からしてみれば、鉱石の不足という理由だけで値上げの格好の理由となる。勿論、そういう状況なら多少の値上げは仕方ないと言えるがフレンズの話だと鉄に関係した品の物価は十倍にまで膨れ上がっているとか。
しかもドイル商会はドイル商会で木材の買い占めも前もって行っていたようだ。鉄が不足すれば代用品として木製の道具に目がいくわけだが、おかげでその木製の品までドイル商会でないとまともに入らないという状況になってしまっている。
全く、そのような対応が出来るということは、前もって鉄不足の情報がドイルの耳に入っていたってことだろうに。
「エドソンくん、い、一体どうしたらいいんでしょう? 術式を幾ら作成しても物がないとどうしようもぉ」
アレクトも涙目でオタオタしている。
「お前なぁ、一応言っておくがこのギルドのマスターはお前なんだぞ?」
「違います! あくまで代理人です!」
「自信満々に言うな自信満々に」
開き直ってそんなことを言う。これでも最初に会った時よりは随分とまともになったんだがな。
「そういえば、マスターはエドソンさんじゃなかったのよね」
「何か雰囲気的に、このギルドのマスターはエドソンさんかなと思ってました」
従業員がそんなことを口々に言っていた。やれやれ、そもそもで言えば私の見た目は子どもなのだが。
「ハッハッハ! いやはや、随分と大変なようだねぇ諸君」
そんなやり取りをしていると、随分と弾んだ声を上げギルドに入ってくるものがいた。顔を見てみるが、こちらを完全に見下しているな。
そう、相手は噂のムーラン・ドイルだ。全くわざわざこんなところまで何しに来たんだか。
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