第百二話 令嬢との歓談?

「妾の部屋へようこそなのじゃ!」


 約束通り、私は伯爵の娘、今だと養女という扱いになるのか。とにかくルイスの案内でアリスのいる部屋までやってきた。部屋には姉のサニスの姿もある。


「本当に~来て頂けたのですね~」


 サニスは相変わらずのんびりした口調だな。妹とは真逆とも言える。


「御主人様は幼女との約束は守りますので」


 するとメイがとんでもないことを言った。私はすかさず撤回しようと言い返す。


「待て待て、それだと何か幼女が強調されているようにきこえるだろ!」

「そうなのじゃ、そもそも妾は幼女ではないのじゃ! もう10歳なのじゃ! 大人なレディなのじゃ!」


 アリスが心外だとばかりに叫んだ。いや、そこは十分子どもだな。


 しかしふむ、10歳か。エルフからしてみればまだまだ先が長いと言える年だ。尤もエルフは寿命こそ長いが成人までの成長過程は人間とそう変わらないのだけどな。それで考えればエルフの長い人生の中で子どもでいる期間は非常に短いとも言える。


 まぁ見た目だけなら私はまだまだ子どもなのだがな! 自分で思っていて虚しくなってきた。


「あらあら、大人な女性なら~もう少し~お転婆さんなところぉ、直さないといけませんねぇ~」

「む、むぅ、お姉ちゃんは意地悪なのじゃ~」


 アリスが口を尖らせると、サニスが淑やかな笑顔を見せた。そんななんとも微笑ましい光景を見せられた後、アリスが私にあるお願いしてきたわけだが。


「エドソンよ、妾はまたあの魔獣に乗せて欲しいのじゃ! お願いなのじゃ!」

 

 魔獣、魔導車のことか。ハザンもだが、どうにもこの町の人間はあれを魔獣と勘違いする傾向にある。一応は説明したりもしたがなかなか理解されないからそのまま魔獣ということにしていたけど。


 その魔導車に、そういえば前もまた乗せてほしいと言っていたな。そんなことを考えているとルイスが口を挟んできた。


「お嬢様、それは難しいでしょう。屋敷には一切何も持たず来てもらっておりますので」


 そう。今は腕輪すらないからな。魔導車を出すことも出来ない。


「なら妾が出ていくのじゃ! 丁度窮屈していたところなのじゃ!」


 おいおい、突然何を言い出すかと思えば私の隣にトテトテとやってきて、アリスが私に腕を絡ませてきた。


「……ふふ、まるで御主人様に妹が出来たみたいですね」

「からかうでない」

「エドソンが良いなら妾がこのまま妻になってやってもいいぞ!」


 メイに言葉を返しているとアリスがまたとんでもないことを口にしてきた。


「あらあら」

「……これは参りました。子どもとはいえ油断は出来ませんね」

「おいおい――」


 全く年の差を考えれば絶対にありえないことだぞ。見た目でアリスも私とあまり年が変わらないと思っていそうなのが弱りどころだ。


「そうなのじゃ、このままエドソンと結婚すればエドソンの家に入れるのじゃ。妾はこの家を出ていけるのじゃ! 名案なのじゃ!」


 更にアリスは顔を輝かせて興奮気味に語りだした。正直反応に困る。勿論断るべき案件だが相手は子どもだし直球で無理というのもどうかと思うしな……。


「アリスお嬢様、お戯れはどうぞそこまでに。エドソン殿も困っておられる」


 だがそんな私に助け舟を出すようにルイスが口を出してきた。確かに困ってはいたが。


「妾は別に冗談で言っていたわけじゃないのだ。こんな家さっさと出ていきたいのじゃ」

「……アリス様は家を出たいから御主人様と一緒になりたいのですか?」


 アリスの発言にメイが鋭いツッコミを入れる。


「え? え、え~と……」

「うふふ、アリスには~まだ恋はよくわからないものね~」

「そ、そんなことないのじゃ! 妾はエドソンが好きなのじゃ。魔獣に乗せてくれたりして楽しいのじゃ」

「いや、それは私がというよりその魔獣が好きなのでは?」

「う!」


 アリスがギクッとした顔でたじろいだ。どうやら図星だったようだ。


「……少し残念だったりしますか御主人様?」

「ば、馬鹿言うな!」


 大体まだ会って2度目だ。それなのに愛だの恋だの、て子ども相手に何真面目に考えているのか私は。


「……しかし、どうしてアリス様はそこまで家を出たいのですか?」

「――あの男が嫌だからじゃ」

「アリス……あの人は、私たちを引き取って育ててくれているのですよ~?」

「そんなの建前なのじゃ! それに、それにママもパパもきっとどこかで生きているのじゃ、だからあんな男に育てられる覚えなどないのじゃ!」

「そこまでですアリス様。旦那様に聞かれては何と思われるか」

「で、でも!」

「そうよアリス。それ以上は駄目~ね?」

「う、うぅ……」


 アリスはサニスとルイスに窘められていた。結局それで話は途切れたな。


「……今日はどうもありがとうございました。お嬢様も楽しめたと思います」

 

 結局その後は話もそこそこにお別れを告げて屋敷を出ることになった。門の前まで見送ってくれたルイスが私たちに頭を下げるが。


「本当にそう思うのか?」

「……どういう意味でしょうか?」

「少なくともアリスが心から楽しめたとは思えないのだがな」


 途中までは笑っていたが、あの男の話が出てからは元気がなくなっていた。それに、色々気になる点も多い。


「……アリスお嬢様はご両親を亡くしたショックからまだ立ち直っていないのです。先程も口にしていましたが死んだという事実をまだ受け止めきれておりません」

「それであの発言か。一つ聞きたいのだが、ご両親が亡くなっているというのは間違いないのか?」

「……お二人はタムズ様の屋敷に向かう途中で盗賊に襲われてしまいました。その痕跡は現場に確かに遺されており大量の血痕と荷物を荒らされた跡もあったようです。その後、冒険者ギルドから調査に出された冒険者の手で盗賊も見つかり、盗賊の口からお二人を殺害した供述がなされましたので……」


 それで間違いないということか。その後盗賊も処刑されたらしいが――随分と手際がいい気もするんだが。


 そして両親の話も聞き終えると、ルイスは真面目な顔になり私たちに言ってきた。


「……お嬢様はエドソン殿に大変懐かれているようです。ですが、出来れば今後は控えて頂けると」

「控える?」

「……旦那様は今回の功績がありご招待致しましたが、本来はお二人のような方を好まれません。正直屋敷を守る執事としては無用なトラブルは避けたいところです。今回のことがあったからと勘違いして不用意・・・に近づかれても迷惑ですのでそこのところは良くお考えになって行動して頂けると幸いです。それでは」


 また、随分な言われようだな。屋敷の執事だから警戒心が強いと言えばそれまでかもしれないが、色々と含みが感じられたぞ。


 ふぅ、まぁ色々思うところはあるがな。ルイスがいなくなった後、門のところで騎士のアンジェリークから預けていた魔導具を返却してもらう。


「ルイスのことは悪く思わないでくれると嬉しい。仕事熱心が過ぎるところがあってな。だが、悪気はないんだ」

「なるほど、悪気はないか。そのわりに辛辣ではあったが、まぁこっちもよっぽどのことがない限り、もう来ることもないだろうさ」

「……済まない」


 そして私たちは女騎士に見送られながら領主の屋敷を後にしたのだった――

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