第八十九話 もう1人いる

 あれから私たちは街に戻り、フレンズと別れた後、その足で奴隷館、といっても後に人材派遣業に移行すると思うが、そこの主であるジャニスに会いに行った。


 勿論、ガイアクの下にいた元奴隷達の首輪を解除してもらう為だ。私でも出来るが、流石に数が多いので、これ全てを因果から変えてしまうとややこしいことになりかねない。


 正規の方法で出来るならそれが一番だ。契約書も有効なので、ジャニスの協力があれば奴隷の解除は可能な筈だろう。


「わかりました。解除の方は私の方でさせて頂きます。しかし……ガイアクに関しては看過出来ないですね」


 ジャニスに会いに来たのは実はガイアクの所業を伝える為でもあったのだけどな。ジャニスは静かな怒りをもって私の話を聞き届けた。

  

 口調は穏やかだが目が笑っていない。


「あの男に関しての悪い噂は私の耳にも届いておりました。何度かあの男から奴隷を買いたいという申し出を頂いてましたが理由をつけて断っていたのもその為です。しかし、そのような下劣なゲームに奴隷を利用するとは許しがたい話です」

「あぁ、私もつい熱くなってしまった。チェスなど随分と久しぶりに打ったのだがな」

「ふむ、しかし見事なお手並みだったようですね。ガイアクのチェス好きも悪い噂と同じぐらい有名でしたが、腕もかなりのものだった筈」

「御主人様は私と引き分けた程度ではありますが、それでもチェスが少し上手い程度の人では先ず敵いませんので」

 

 メイが恭しく答える。まぁ冷静に考えてみれば魔導人形メイドロイドと人間では頭脳に大きく差があるわけで、そのメイが勝てると断言したのだから間違いはなかったわけだ。


「ところでお話にあったチェストラテジーというのには興味がありますね。いつごろ販売される予定なのですか?」

「あぁ、そうだな近日中には出せると思うが、チェスに興味があるのかな?」

「えぇ、それもそうですが、意外と遊びに飢えている人は多いのですよ。そのような画期的なゲームがあれば、暇を持て余しているような貴族はすぐにとびつくでしょうね」

 

 なるほど、これはこれで結構人気が出るかも知れないな。


「新しいゲームが発売されるのを心待ちにしていますね。それと首輪の解除にはもう少しお時間を、あとはガイアクについては色々と手を打ってみるとしましょう。実は既にいくつかの奴隷商がこの話に興味を持ってくれたのです」


 どうやらジャニスは既に色々と動いてくれていたようだ。元々ジャニスは奴隷商の中では有名だったようだし、その分顔も広かったことだろう。


 勿論やり方がやり方だけに煙たがっていた連中も多かったようで、そっち方面から邪魔が入る可能性は懸念材料としてあるが、ジャニス側につく奴隷商が増えれば大きな一歩につながる筈だ。


「ドイル商会もそうですが奴隷をきっかけにガイアクと懇意になる商人も多いですからね。ガイアクの横の繋がりも関係してますが、逆に言えばガイアクを叩くことが出来れば、我々にとって大きな前進に繋がります」

「それはいいな。提案したのは私だが、奴隷商絡みはやはりジャニスが頼りになる。その分何か必要な物があれば協力させてもらうからいつでも言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 そして固い握手を交わした後、私はジャニスの店を出た。


 そしてギルドに戻るとアレクトが死にそうな顔で出迎えてくれた。メイもこっちにきていたからな――




 

 そして次の日になり夕方頃、ジャニスの店で以前会った案内のものが息せき切ってうちのギルドまでやってきた。


「どうしたのだ? 随分と慌てているようだが?」

「あ、エドソン様、実はすぐに店まで来て欲しいのです」

「それは構わないが、何かあったのか? まさか隷属の首輪に何かあったとかか?」


 少なくとも私が見た限りはこれといった仕掛けはなかったと思うが、まさか巧妙な細工が施されていて厄介な術式が発動したとかだろうか?


 この町で見る魔導具の室はどれも三流以下と私は判断していたが、それが油断に繋がり見逃していたとしたなら私は魔導具師失格だ。猛省が必要になる。


「いえ、隷属の首輪は外れたのですが、その内の1人が急いで貴方に話したいことがあると」


 なるほど、そういうことか。隷属の首輪がされていたので、基本的な命令は残ったままだった。通常あの手の首輪には情報漏洩が起きないよう、自然とそういった命令式が施されている。


 奴隷における基本的なルールとして組み込まれているようだから手はつけなかったが、その影響で話せなかったことがあったのかもしれない。


 なので私は彼に促され、ジャニスの店へ急いだ。

 店に入るとジャニスと一緒に小さな少女が立っていた。チェスの時に見た少女だ。あの奴隷たちの中では一番若い女の子だったな。


「エドソンさん、話は聞いたと思いますが」

「あぁ、何か話があるんだったな。一体何かな?」


 私が尋ねると少女は先ず深々と頭を下げた。


「あのガイアクの手から救い出してくれた上、無理を言ってしまい申し訳ありません!」


 随分と丁寧な少女だ。第一印象は凄くいいな。改めてこうやってお礼を言われると助けて良かったなと思う。


「別に好きでやったことだからそれは気にしなくていいぞ。それで、本題は何かな?」

「はい。ここまでしてもらったというのに、こんなことを言うのは非常に心苦しいのですが、お願いがあるのです!」


 うん? お願い? ふむ、なんだろうか。尤もこうして無事奴隷から解放されたわけだし、生活面などで心配があるのかもしれない。


「もし今後の生活を気にしているなら安心していい。ここにいるジャニスが今後の仕事も含めて相談に乗ってくれるはずだ」

「いえ、それはジャニス様からもお聞きしました。本当に信じられない思いで一杯です。ただ、だからこそお願いが、実はガイアクに酷い目に合わされている奴隷は私たちだけではないのです!」

「何? 確かに他にも奴隷がいたのは知っていたが……」


 あの中で一番酷い扱いをされていたのは彼女たちだった。他の使用人は断言は出来ないがそこまで目立つ傷があったわけではなく、仕事を与えられていたから、奴隷の中ではまだ人として扱ってもらえていたのだと私は判断した。


 だが、少女の言い方は、彼女たちのように非人道的な扱いを請けているのが他にもいたと、そう聞こえる。


「その奴隷というのは一体?」

「は、はい。私の兄です! 兄は地下牢に閉じ込められていて、あのガイアクにずっと痛め続けられているんです!」

「……なんだって?」


 おいおい、本当か……もしそれが事実とすると、少々厄介なことになるかもしれないぞ――


 




◇◆◇

sideガイアク

 

 くそ! 一体何がどうなっているというのだ! あれからいくらあの奴隷チェスをやりたいと思っても、どうしても出来ない。


 欲求はある、奴隷を使ってあのチェスでリアルな悲鳴を聞きたいと、だが、行動に移せないのだ! 


 しかも契約書を見るといつの間にかあのチェスは二度とプレイしないなどという一文が加わっていた! 確かに最初に見たときはこんなものなかった筈なのにだ! 意味がわからん! くそくそくそ! 腹立たしい腹立たしい腹立たしい!


 これも全てあの小僧とフレンズのせいだ! あいつら今に見ていろ……この私を怒らせたらどうなるか。既にドングラには人員を集めさせている。あいつは元腕利きの冒険者だ。尤も冒険者と言っても少々ヤンチャが過ぎて冒険者稼業はやめざるを得なかった男だが、あいつの知り合いも似たような連中ばかりで今は裏稼業が主な仕事となってる連中ばかりだ。


 そいつらを使ってフフッ、この私に喧嘩を売ったのが悪いのだ。勿論あのメイドは私が頂き、この怒りを全てあの嫌らしい体に注ぎ込んでくれようぞ!


 昨日すぐにでも動かしているしな。今晩にでも仲間を引き連れ戻ってくることだろう。


 しかし腹が立つ。そろそろいい時間だな。昨日も苛立ってつい痛めつけすぎたがまぁ最低限の薬は使ったからな。まだ持つだろう。


「さぁお仕置きの時間だぞ」

「う、うぅう、ぐうううぅう」

  

 ふん、猿轡を噛ましていてはつまらんな。外してやったら虚ろな目で私を見てきた。いいな、その悲壮に満ちた目は。興奮するぞ!


「はっはっは! どうだ! どうだ! どうだ! 痛いか? 苦しいか? 辛いか? もっと泣け! もっと喚け!」

「あ、ぐうぅうう! があぁあああぁああ!」


 はは、いいぞ。男でもこのぐらいの年齢は、実に心地良い声で鳴いてくれる!


「ガハッ、あ、ぐぅ」

「かか、全く、あいつのせいで多くの奴隷を失ったからな。その分貴様に償ってもらうぞ」

「……奴隷を、うしなっ、た? どういう、こと、だ? 僕の、い、妹、は?」


 うん、あぁあの妹か。ふん、癪に障る。そうだな、少し絶望を与えてやるか。


「あぁ、あの妹なら死んだぞ。私の目の前で惨めったらしくな」

「え? う、そ、だ、妹が、し、んだ?」

「そうだ! 死んだのだ! お前のせいでな。お前がもっと力があれば、守る力があれば、妹は死なずに済んだろうになぁ」

「僕のせい、僕が弱いから、それで、妹が、死んだ?」

「そうだ! そしてお前は妹が死んだ絶望をその体にも刻むのだ! 私がもっともっといためつけて――」

「死んだ、妹が、死んだ、妹が、シンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダ――」


 な? なんだ? 急にこいつ、様子が変わったような……。


「え、え~い生意気な! 貴様は私の玩具だ! 私に服従し、悲鳴を上げて泣き叫んでいればいいのだ!」


 私は棘付きの鞭を使ってこの餓鬼の体に叩きつけていく。だが、おかしい、悲鳴を上げない、苦痛の顔を見せない。それどころか、何か、大きくなってないか?


「シンダシンダシンダシンダシンダ! オマエノセイダ! オマエガコロシタ! オマエガオマエガオマエガァアアァアアァア!」

「な、なんだ、そ、そんな、そんな馬鹿なぁああぁあああぁあ!」

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