第八十八話 破れない誓約書
賭けチェスに私は勝利した。これで約束通りガイアクの所持する奴隷を全て貰い受けることが出来る。このチェスはそう言うルールで行われていたからだ。
しかし、私が勝ったというのに何故かドイルの奴は安堵の表情を見せているな。まぁあいつは単純にメイを自分のものにしたいとでも考えているだけなのだろうが。
「それで、奴隷の引き渡しはいつしてもらえるのかな?」
「何の話だ?」
「何?」
私が賭けられた奴隷たちを要求すると、
「賭けで勝ったのだ私には奴隷を引き渡してもらう権利がある」
「そんな物は知らん。これはただのお遊びだろう?」
「ガイアク卿、流石にそれは通じませんよ。もし彼が負けていたら貴方は意地でもメイドを手に入れようとしたはずです」
するとフレンズが約束を守ろうともしないガイアクに抗議した。だがガイアクはそんなものはどこ吹く風という調子で。
「そんなことはしないさ。元々これは少しでも緊張感を持って真剣勝負が出来ればと思って言っただけの物で本気ではない。おいドイル、お前だってそう思っていただろう?」
「えぇ、えぇ、それはもう。そもそもで言えばガイアク卿がこんな子ども相手に負けるわけがありません。きっとそのつもりでわざと負けて上げたのでしょう」
「ふむ、まぁそういうことだな」
それはない。こいつはこういった勝負事に関しては真剣な奴だ。手加減など微塵も考えていなかっただろう。ただし真剣なのはあくまで勝負に対してだけだ。それが終われば例え筋が通ってなかろうと平気で約束を反故にする、その程度の男だったということだ。
「メイ」
「はい。ガイアク様、貴方がどう思おうと、こちらにはお互い納得して交わした誓約書があります。これがある限り決して言い逃れは出来ませんよ」
「そのとおりです。これは明らかな証拠となる」
メイが、何故か胸元から誓約書を取り出したが、とにかくそれを見せ、フレンズも追従する。
「明らかな証拠? はは、何を馬鹿な。そこの子どもがどうしてもというから私はままごとに付き合ったまでさ。最初から本気になどしとらんよ」
「それは無理な相談だ。この誓約書がある限り、お前には拒否権がない」
「何を馬鹿な……ふん、おいフレンズ。お前こそさっさとそこのガキを黙らせろ」
「なんですと? 何故私が」
「そんなものは決まってるだろう。私が折角お前の用意したチェスとも契約してやると言ってるんだ。今後の取り引きも継続してやろう。だが、これ以上そこのガキに失礼な言動を続けさせているとそれも考え直さなければいけんぞ?」
「それで結構です」
「何だと?」
契約を盾に脅しをかけてきたガイアクだったが、フレンズは決意のこもった顔で反論し。
「今日の件で貴方の全てがわかった。奴隷の件もそうですが、どうやら私の目は曇っていたようだ。少しでも貴方のような相手と契約を続けたいと考えた自分が恥ずかしい」
「なんだと!」
「馬鹿が血迷ったかフレンズ! ガイアク卿にそのような口を開いて! 今後まともに商売を続けられなくなるだけぞ!」
「いや、よく言ったぞフレンズ。これでまだこいつとの付き合いを続けたいなどと思う愚か者だったなら、私の方こそ今後の付き合いを考え直すところだった」
「はは、そんな失敗はおかしませんよ。気がつけなかった自分が情けないとは思いますがね」
「何、誰だって見紛うことはある。大事なのはそれに気がついてからの行動だ」
「はい、そのとおりです。それに御主人様だって色々と間違うことはありましたから」
「よ、余計なことはいい」
メイが小悪魔っぽい態度でそんなことを言ってきた。うぅ、付き合いがながいとこういう時に困る。ただでさえメイは覚えたことを絶対忘れないのだし。
「なんて不愉快な連中だ。もういい! だったらとっととそのチェストラテジーだけ置いて帰れ!」
「何をわけのわからないことを。お前なんかに私の大切な魔導具を渡すわけがなかろう。それよりもまだ約束の奴隷を引き渡してもらっていないぞ」
「それこそ馬鹿を言うな! そんなもの守る気など毛頭ない!」
「いや、そんなことを言っても無駄だ。そもそも貴様はこの約束は破れない」
「またわけのわからないことを」
「ま、待て! お待ちをガイアク卿、このエドソンという小僧は奇妙な魔導具を使うのです。お前、まさか前に見せたような妙なものでまた電撃を!」
「いや、そんな真似はしないさ。今回のはもっと単純さ。ガイアク卿、貴様が約束を守ればいいのだからな」
裁きくんのことを言っているのだろうが、そもそもあれは相手がドイルだけだったから成立した。だが今回はそのドイルがみているわけで、そんな状況で強引な真似もできない。
「一応聞くが、おとなしく引き渡す気はないのだな?」
「当たり前だ、何度言えば」
「ならばもういい。発動だ、
訝しげな顔を見せるガイアクだったが、メイの持っている誓約書の文字が光り始め、そして光が収まった。ガイアクもドイルも何が起こったのかわからないといった顔だが。
「さて、では約束通り、奴隷たちを引き渡してもらおうか」
「はは、何を馬鹿な。さっきから言っているだろう? これはあくまでお遊びでガイアク卿は……ガイアク卿?」
まるでガイアクの代弁者のように振る舞うドイルだが、奴の変化にどうやら気がついたようだな。
そして肝心のガイアクは歯を食いしばり、悔しそうに顔や肩を震わせているが。
「く、くそ、こんな、こんな馬鹿な、ぐ、ぐぅ!」
「さぁ、ガイアクよ。約束は約束だ。さっさと奴隷をこちらに渡してもらおう!」
「が、があぁあああ! くぅう、わ、わ、わ、わかった。約束は、約束は、まも、ろう……」
「へ?」
ドイルが面を食らったような顔を見せる。まさかガイアクが奴隷の引き渡しに応じるとは思っていなかったのだろう。だが、誓約書は絶対だからな。
「エドソンさん、きっと何かあるだろうなとは思ってましたが、やはり?」
「あぁ、あの誓約書は魔導具だ。あの紙には約束を守らせる催眠魔波が放出される仕組みになっていて、発動すれば誓約書に書かれたことは絶対に破れない」
囁くように聞いてきたドイルに耳打ちして答えた。そう、だからこの賭けは誓約書を取り交わした時点でとっくにチェックメイトしていたというわけだ。そもそも私はこの男が約束を守るなどとは全く思っていなかったからな。
そして約束通りチェスの駒にされていた奴隷は全て引き渡してもらった。帰りには門番も何が起きたのかわけがわからないといった顔を見せていたが。
「それじゃあ約束通り奴隷は貰い受けるぞ。あぁそれと私のチェスは当然お前には売らん」
「き、貴様、何をしたかは知らんが、絶対にこのことは忘れないからな!」
「そうか。私はすぐにでも忘れるとしよう。それじゃあな」
そして私たちはガイアクの屋敷を離れた。奴隷たちは何が起きたのかよく理解できていない様子だったが、とりあえず、奴隷は
急ぎで引き渡してもらったから首輪の問題はあるが、これは私が書き換えるよりも専門家に任せたほうがいいか。丁度人材派遣の人手が必要だった筈だしな。
「しかし、エドソンさん。彼らは救うことが出来ますが、ガイアクはまたあのチェスの為に奴隷を購入してしまうのでは?」
「それについては抜かりはないさ。この誓約書を見てみるといい」
「誓約書ですか、え~と、あ! 誓約書の中に二度と命を弄ぶようなゲームはしないという一文が、あれ? ですがこれは、最初見た時にはなかったような?」
「あぁ、そんなの普通に書いてもあいつが認めるとは思わなかったからな。だからドイルの手を逆に利用させてもらった」
「利用……あ! 前に聞いた魔ぶり出し文字ですか!」
「ご名答」
勿論私が使ったのはあんなすぐにバレるようなものではないがな。まぁどちらにせよ、これで奴は二度とあんなふざけたチェスは出来ないということだ――
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