第七十五話 オーナーとして

「建て替えですか?」

「あぁ、そうだ。この宿も大分盛況らしいが、こうなってくると部屋数も足りないだろう?」

「確かに最近はずっと満室で、手伝ってくれている孤児院の子どもたちについても、宿泊客から癒やされるって評判もよくて呼び水になってるようなんですよ」


 子どもたちにそんな副次効果があったとはな。まぁでも、幼い子どもが一生懸命仕事を手伝う姿は疲れた大人たちの心を引きつけるのかも知れない。


「へへ、そりゃいいや。厨房もよろしく頼むぜ。あんた魔導具作成のプロなんだろう?」

「だったら水も何とかしてもらいたいねぇ。井戸から組むのもしんどいんだよ」


 この2人は相変わらずだな。とは言え、あれから仕事ぶりは大分良くなってるようだ。一時期は子どもたちに面倒を押し付けようとしていた節もあるようだが、首輪がしっかり機能してひどい目にあったようだしな。


 しかし水に関しては考えさせられるところだ。別にこの宿に限らずこの町はどこも井戸が基本だ。


 正直水なんてものは圧を掛けるだけで全ての家庭に行き渡る程度の水道網を構築できる。私の屋敷でも上下水道は完備していたがそこまで難しい話ではなかった。


 ただ工事そのものはある程度大掛かりなものになるし、街全体に行き渡らせるとなると私個人でどうにかなる話でもないがな。


 なのでとりあえずのところは魔導ポンプでも作って宿内に水栓を設けておくか。風呂も追加してつければ更に客の伸びもよくなるだろう。勿論トイレも全室完備だ。


 そんなことを話して聞かせたら、キャロルとウレルに随分と驚かれた。


「あの、そこまでするとかなり大掛かりな工事になるのでは?」

「お金もすごく掛かりそうです……」

「それは心配しなくていい。開発した魔導具の売上が好調でな。その分の手数料も随分と入ってきてるから余裕があるんだ」


 勿論アレクトがメインで作っているので利益の多くは魔導ギルドに入るのだがその内の一部は手数料として私が受け取る形となっている。


 だがその手数料の金額も結構なものとなった。なのでオーナーとして宿の改装に資金を出すぐらいは問題ない。


「そこまで甘えてしまっていいのですか?」

「私はオーナーなのだろう? それならば必要なら建て替え費ぐらい出すさ。だからお前たちは気にしなくていい」

「はは、だけどよ。これで建て替えの間、俺たちも休めるな!」

「本当だねぇ。久しぶりに羽を伸ばせるよ!」

「そ、そうなったら、たまには2人で旅行とかどうだ?」

「な、なんだい突然。そんなことあんた、全くいってくれなかったじゃないのさ」


 おいおい、何かこの夫婦、勝手に盛り上がりだしたぞ。全く、正直前のままだったら、少々見苦しい気もしたが、以前より多少はまともになったというのもある。


 それは精神的にもだが、見た目的にもだ。実は以前に開発した『魔導でM無駄なくMすっきりSベルト』をこの2人で試したのだがそのおかげか女のほうが大分スリムに、男の方は何故か妙にムキムキになった。まぁやり方次第で鍛えることも出来るのは確かだが。


 とにかくそんなわけで見た目にも大分変化している。女の方はたまにキャロルの代わりにカウンターに立つが、これはこれでありと一部の層から人気らしい。


 そんなわけで、男の方は男の方で見た目が変化した妻に欲情しているようでもあるが。


「言っておくが店を休む必要はないぞ」

「「はい?」」


 夫婦揃って目を丸くさせた。ただ、キャロルとウレルもこれは同じ思いのようだが。


「それだけの工事で休む必要がないのですか?」

「工事をしながら営業が出来るの?」

「そういうことだ。そして働いている側も宿泊客も工事をやっていることには殆ど気づかないだろう」


 一様に疑問符の浮かんだ顔を見せる。なので私はそれを証明するために部屋に来てもらい、例の扉を抜けた。


 ちなみにこの扉が魔導具であることは元の経営者である2人も知っている。勿論他言無用とはしておいたので話そうとした途端幻覚に襲われることになる。


「あれ? 俺らなんでまた宿の入口に?」

「おかしいね。外は、あんたの部屋だよねぇ?」

「あ! そうか、この中に宿を再現したんですね!」


 夫婦は怪訝そうだったがウレルは流石に察しが良かった。


「そういうことだ。部屋の構造は設計図次第で変化できる。前に建て替え用の資料に図面を預かったがそれを反映させたのさ」


 この建物は中古で購入したものらしいが、図面の保存状況は良かったししっかりしていたからな。殆ど手を付けることなく再現できた。


「工事の時にはこれを入口の前に置いておく。ついでに外側もパット見今までと変わらないような細工をしておく。この中を含めて防音性もしっかりしているからな。全く違和感なく営業を続けられるだろう」

「でもよぉ、こんなのがあるならもう工事なんてしなくてもこれでいいんじゃないか?」

「ばかいえ。これはあくまで私の私物だ。工事の間だけ臨時に貸すに過ぎない」

「なんだい。沢山儲けてるし魔導具なんてどうせまた作ればいいんじゃないのかい?」


 そんな簡単な話ではない。そもそもこの魔導具はこの周辺の素材だけでは作れない上、術式も複雑だ。アレクトの腕はかなり上がったが、それでもこれを構築するにはかなりの時間が必要だろう。


 かといって誰も対応できないのにこれで済ましてはいざ故障などが発生した時に対応できなくなる。それでは困るのだ。


 勿論、私は自分の魔導具に自信はあるが、それでも絶対に何もないといいきれる程、傲慢でもない。


「ここまでしてもらっているのですから文句をつけては天罰が下ってしまいますよ。オーナーこの店の為に一生懸命考えて頂き本当にありがとうございます」

「別にそんな大したことはしてないさ」


 そこまで話したところで全員仕事に戻っていった。午後からはまた忙しくなるだろうからな。


 ちなみに子どもたちも店を建て替えして大きくなることを喜んでいた。休まなくてもいいことにもだ。子どもたちは手伝いが楽しいらしい。


 全く当時のあの夫婦とは大違いだな。まぁ、最近では真面目になってきているし、この子どもたちに触発されている部分も多少はあるのかもしれない。


 さて、私は店を出た後、筋骨建団に向かった。そこであの女棟梁と再会したわけだが。


「いや坊主はてぇしたもんだ! あのまんどりるっての? あれのおかげで作業がはかどってはかどって仕方ないしねぇ」

「魔導具だ。ところで前に話したと思うが、宿の建て替え工事は予定通り行けそうか?」

「おお! 任せとけ! 丁度現場が一つ終わったところだ。なんなら明日にでもいけるぜ!」


 そういいながらバンバン私の背中を叩いてくる。物理防御が反応しない絶妙な力加減なのがな。だから少し苦手なタイプだ。


「作業はどれぐらい掛かる?」


 私は改めて最終図面を広げながら相談する。ちなみに図面を引いたのは私だ。こうみえてこういうのは結構得意なのだ。


「そうだねぇ。あんたが作成してくれた道具のおかげで作業は大分早くなったけど、それでも10日はもらいたいね」


 10日か、そんなところだろうな。


「ならそれで頼む。見積もりはどんな感じだ?」

「そうだね。あんたには世話になってるし、今回はこれでいいよ」

「……ん? 本当にこれでいいのか?」


 自分では頓着がなかったから、そこまで建築費用に詳しいわけでもない。だからメイには前もって適正金額を算出させていた。


 それと比べて半分以下の金額である。


「いいってことさ。心からあんたには感謝してるからね」

「そうか、そこまで言ってくれるならこれで頼む」


 折角の好意だしな。ここは甘えておこう。さて、話も纏まったし、次は魔導ギルドの人手について考えないといけないからな。


 だから、あそこに向かって見るとしよう――

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