第七十二話 建築用騎乗ゴーレムブリギッド
「建築用ゴーレムだって? なんだそりゃ?」
女棟梁が眉を顰める。とても訝しげだ。
「これは職人が自ら乗り込み操作が可能なゴーレムだ」
「これに乗るだって?」
ますます眉間の皺が深まる女棟梁だが、他の職人は興味深そうにブリギッドの傍まで寄り、しげしげと眺めたり触ったりしていた。
「ゴーレムってもっとデカいのをイメージしてたぜ」
「あぁ、しかも乗り込むなんてな」
「いや、でもこれ、形がいいな。すげーわくわくするぜ」
ふむ、その気持ちはわかる。ゴーレムと言ってもそのフォルムには徹底的に拘ったからな。本当は全て魔導合金で仕上げたかったところだが、費用や材料の問題があるからある程度は妥協している。
彼らの言うように、大きさは精々この男たちの倍程度だ。ゴーレムのイメージで言えば小型に思えるだろう。
「とりあえず誰か乗ってみるといい」
「じゃあ俺が乗るぜ」
「待て、本当に大丈夫なのか?」
女棟梁が心配そうに眉を顰めた。心配性だな。
「私を信じろ。未完成品を持ってくるほど愚かではないのでな」
一人唸っていた女棟梁だが、こういったものには男のほうが食いつきが良いようで、すぐに乗り込んでくれた。
「こいつ、本当に動くのか?」
「あぁ、そっちの穴に腕を入れて、そうだ。脚はそこに突っ込め。後は魔力を込めるとロックが掛かる」
「おお、確かに固定された。それで、これでどうすればいいんだ?」
「その騎乗型ゴーレムは直感性を大事にしている。その穴に入れた両手と両足ごと動かすイメージで操作してみるといい」
「これごと――お、おお!」
ブリギッドが動き出す。最初は戸惑っていた職人たちだったが、その直感性にすぐに慣れていき、数十分後には楽しそうにブリギッドを動かしていた。
このゴーレムは関節部分にも拘っている。指も自由に動き物を掴んだり運んだりも楽にこなせる。
「姐さん、これすげーっすよ!」
「パワーが全然違う! この石もガンガン壊せるぜ!」
当然だ。それこそがこのブリギッドの利点だからな。職人の作業が確実に楽になる。
「どうかな? この魔導具は?」
「……気に入らねぇ」
「気に入らない。ふむ、一体何がだ?」
どうやら女棟梁はこのブリギッドに不満があるようだ。それならば今後の課題としてしっかり聞いておかないとな。
「このやり方がだ。こんなもの結局お前の作った魔導具に頼ってるだけだろうが。こんな道具に頼っていちゃ職人の腕が伸びなくなる! あたいたちはこの腕で飯食ってるんだよ! ただでさえ他の大工は冒険者ギルドに頼ってあんな身勝手な連中に棟梁の真似事させてたり腹たってんだ。だけど、これじゃあ冒険者が魔導具に変わっただけじゃないかい」
そういうことか。なかなか頑固な女のようだがな。
「私はそうは思わんぞ。現にこの魔導具は職人たち自らが動かしている。魔導具の力を借りてはいるが何より大事なのは動かす職人の経験と勘だ」
「……だとしてもねぇ」
「お主の気持ちもわからなくもない。だが、これは結局の所ただの道具だ。おまえたちだって建築するのに道具は使うだろう? ノコギリを持ち、鉋を扱い、スコップやシャベルで土を掘る」
「そ、そりゃそうだけど、それとこれとは話が違うんじゃ……」
「同じだ。これだって結局はただの道具。活かすも殺すも使い手次第だ。だがこれは使いこなせれば大工にとって大きな力になる。建築するスピードは上がるしこれまで出来なかったようなことも出来る」
「……これまで、出来なかったことか――」
ここまで話して、ようやく女棟梁も魔導具について向き合ってくれる気になったようだ。
「そういえば、結局新しいコンクリートというのはどうなったんだ?」
「あぁそうだったな。今壊した石はそこから徹底して砕き砂にしてもらう。それとここに集めた材料を組み合わせてコンクリートよりも更に優れたマンクリートにするのだ」
「マンクリート?」
女棟梁は首を傾げたが、私は配合方法を詳しく教えて、マンクリートを完成させた。これは簡単に言えばマイフを多量に含んだコンクリートだ。
「おお、何か凄い粘土みたいだ。自由にこねることが出来る」
「それこそがそのマンクリートの利点だ。暫くは魔力を込めることで粘土のように形を作れる。ちなみに魔力を込めるのを止めてから半日ぐらいすると完全に固まって定着するからそこだけは注意するように」
「へい! いやしかし、これはすげーな」
「これなら今までのやり方じゃ出来なかった形も再現出来るぜ」
「……驚いたな、コンクリートでこんなことが出来るのか……」
これまでは角にしたコンクリートを積み上げていくのが主流だったようだしな。それに比べたらこれの方が遥かに自由度が高い。
「しかし、こんな画期的なコンクリートの作り方、そんなあっさり教えてもらって本当に良かったのか?」
「構わない。私にとってのメインはこっちのブリギッドだからな」
私が説明していると、女棟梁の視線の変化に気がついた。さっきまで訝しげだったというのに今は新しいおもちゃを目にした少年のようだ。
「まだ1台ある。気になるなら乗ってみるといい」
「え? いや、でも……」
急にモジモジしだしたな。ちょっとかわいく見えてしまうぞ。とは言え、今さっきまで否定的な立場だったから気まずいと思っているのか。
「出来ればこれはいずれ本格的に商品化したいと思っている。だから可能なら棟梁からみた忌憚のない意見を聞けると嬉しい」
私がそう告げると、女棟梁がワクワクした顔になった。結構わかりやすいな。
「そ、そっかぁなら仕方ないかなぁ。ほ、本当はこんな軟弱なもの使いたくないけど、し、仕方ないよなぁ。そこまで言うなら、なぁ?」
何を確認しているのか知らないが、結局女棟梁はブリギッドに乗り込み、そして操縦を始めたわけだが。
「きゃー! なにこれなにこれ! すっごい、たっのしぃいいいい!」
うん、めちゃめちゃハマってるな。凄くはしゃいでるし、何か男っぽさが消えてる気もしないでもない。
「ちなみにこれは豊富なアタッチメントも売りの一つだ。例えばこのアームのついたシャベルを背中に装着すれば――」
「おお! 凄いラクラク掘れる!」
「更にこのローラーを使えば」
「こんな簡単に地面が滑らかに!」
ふむ、最初の不満はどこいったのかと思えるぐらい盛り上がってるな。すっかり気に入ってもらえたようだし。
「どうやら受け入れてもらえたようだな」
「え? ま、まぁまぁかな」
一旦ブリギッドから下りて腕を組み、顔を逸しながら話してくる。流石に降りたら態度が元に戻ったか。それでも最初よりは大分軟化したが。
「そ、それでこれは一体製品化したら幾らするんだい?」
うむ、やはりそこが気になるか。
「これはそのまま購入したら1台あたり白金貨5枚はする計算だ」
「たか! そ、そんなの買えるわけないじゃないかい!」
ちょっとキレ気味に言われた。気持ち的にはもう買う気満々だったようだ。
「安心しろ。だからこれはリースという形をとるつもりだ」
「リースだって? なんだいそれは?」
「うむ、ようは貸し出すということだ。期間を決めてあくまで貸し与える契約にするのだ。月々など期間を決めてリース料金を支払ってもらうことになるがそのまま買うよりはずっと安く済むぞ。勿論予定だがな」
「そ、そうなのかい! それはいいね!」
そう、そしてこれの利点はそこまで大量に作る必要がないことだ。後にリース契約を結ぶ相手が増えたとしても同時に必要な数は限定されるからな。
ちなみに予定では相手と直接リース契約を結ぶのはフレンズ商会になる予定だ。
「うん、確かにこれなら十分支払える! これで結ぶぜ!」
「それは助かる。だがその前に……」
私はブランド化について説明したがそれも十分納得してもらい、顧客としての署名を貰う事ができた。
「もしそれでグダグダ抜かすようならうちら全員で商業ギルドに乗り込むぜ!」
「はは、お手柔らかにな」
流石に血の気が多いだけある。もし本当に交渉が決裂したら本気で乗り込みそうだ。
とは言え、これでまた契約に繋がりそうな顧客を掴むことが出来たわけだ。
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