第五十七話 再び森へ

 朝方まで掛かったが、なんとか魔石作成は形になった。これでマジックバッグの作成が前に進むな。


 そんなわけで、少しだけ仮眠をとった後、私たちは件の山に向かった。ハザンも呼んできた。

 

「何か最近良く兄弟に付き合ってる気がするなぁ」

「別に他に依頼があるならそっち優先でもいいのだぞ。そのかわりアレクト1人で魔物を相手してもらうが」

「無茶ですよ! 絶対無理ぃい!」

「安心しろ。今日はともかく、約束通り1000個は術式覚えてもらうが、その中に役立ちそうな植物系魔法の術式も仕込んでおいてやる」

「あの約束覚えてた!」


 忘れるわけがないだろう。早速今日の夜からでもやらせるからな。


「ところで今日は何の用事で来たんだ?」

「魔草採取を依頼されてな。それとケツモロコシもな」

「ふぁ! いや兄弟それは無茶だぜ!」


 ケツモロコシの話をすると、ハザンが変な声を上げ神妙な顔で言う。


「ケツモロコシはギルドでも受けるやつなんて殆どいない厄介な代物だ。先ず採れる数が少なく、それでいて見つけるのが難しく、更にケツモロコシがあるのはこの麓の森の奥の奥、凶悪な魔物がゴロゴロしている場所だ」

「お前、前も凶悪だなんだと言っていただろう」

「いや……そう言われると確かにそうなんだが、今回は更にやばいAランク級のがごろごろいるんだって」


 やれやれ随分と及び腰だな。しかし私とてこのあたりの魔物については既に頭に叩き込んでいる。


 それを踏まえて考えれば――まぁ確かに今のハザンでは厳しいかもな。今のというのは私が作成予定の装備にかえさえすればまた別だからだ。


 とはいえだ、やはり最初は2人にも戦ってもらうけどな。その上で現在の自分たちの力を知ってもらう。


 アレクトも私のリボルバーを貸し与えているが、あえて弾丸は基本的な物しか与えていない。


 そもそもリボルバーにしてもこれぐらいは自分で術式を組んでやってもらいたいところだ。

 尤もこのあたりになるとアレクトに教えた魔石の作成と術式の構築だけでは不十分なのだがな。それこそマイロギーを利用した魔導回路にもある程度踏み込む必要が出てくる。


 とは言え、マジックバッグまではそこまで必要はない。あれば単一の魔石でもなんとかなるからだ。


 だが、今後は間違いなく必要となる知識だ。早い内に教え込まないとな。


 そんなことを考えつつ、アロイ草などリストにあった魔草を採取していく。途中、魔物とも出くわしたが、このあたりならハザンとアレクトのコンビで倒せていた。


 前にヘヴィーバッファローを相手した時より、連携もとれているな。この調子でいければいいんだが。


 そして魔草の採取を終えた私たちは、いよいよケツモロコシを採取するため、麓の森の奥地にまでやってきた。


 すると、早速上空から耳障りな羽音を奏で、超重量級の魔物がやってきた。途中で羽をしまい、地面に落ちるように着地する。


 ドスン! という重苦しい響き。地面が大きくめり込んだ。


「こ、こいつはヘラクレスビートル!」


 ハザンが叫んだ。アレクトは、相変わらずで、ひぃ、と尻もちをついている。


 最近はちょっとマシになったかと思ったが、初見の相手だとまだまだだな。ハザンはここに来る前は動揺も見られたが、いざ戦いになればしっかり剣を構え、戦う姿勢を見せている。


 このあたりはBランク冒険者の意地といったところか。


「アレクトも早く抜いて援護しろ。ハザンだけだと厳しい相手だ」

「は、はいぃ!」


 立ち上がりリボルバーを抜く。さて、このヘラクレスビートルだが魔物としてみた場合は至極単純な特徴を有した相手とも言える。

 

 というより結構見た目通りだが、甲虫系の魔物だけあって、黒光りするその体は当然固い。純度の高いオリハルコンほどでは無いにしてもな。


 ハザンの今の剣だと、傷をつけるのも一苦労かもな。そして攻撃手段だが――これは角のみだ。長大な一本角が奴の最大の武器だからな。


 一応短い角も何本かあるが、それは攻撃ではなく相手の攻撃をいなしたりするのに使うことが多い。


 ただ、単純なようだが、だからといって油断するのは間違いだ。ヘラクレスビートルはあれでわりと体が柔らかく、その柔軟な動きで角をまるで一流の槍使いの如く使いこなす。


 実際、今もハザンの大剣と魔物の角で激しい切り合いを演じていた。ヘラクレスビートルの角は片端が刃のように鋭いため切ることも可能なのだ。


「な! こいつ!」


 ハザンの顔に驚愕が張り付く。ヘラクレスビートルの三連撃を目にしたからだろう。右、左と払っていき、最後に鋭い突きをねじ込む。戦闘経験が少ない冒険者ならとっくに切り株か、胴体を貫かれているかだ。


 ハザンは流石にすべて避けるか剣でガードするからで凌いだが、その表情に余裕は感じられない。


「援護しますぅ!」


 アレクトがヘラクレスビートルの横に付き銃を構えた。引き金に掛けた指に力がこもったと思えば、魔物の側面が爆発する。


「やったよぉ!」


 アレクトが腕を上下に振って喜びを表現するが、そう上手くはいかない。


「そ、そんなぁ……」


 煙が晴れた後、姿を見せたヘラクレスビートルは平然とそこに立っていた。胴体に傷一つ無い。


 それもそうだろう。ヘラクレスビートルはただでさえ固い甲を更に頑丈にする魔法を扱う。リボルバーの爆発だけではビクともしない。


「くそ! 切っても全然刃が通らないぞ!」

「私の攻撃も全くですぅ」


 やれやれ、やはりこいつは厳しいか。


「2人、一旦離れろ!」

「ん? わ、判った」

「は、はい!」


 即座にヘラクレスビートルとの距離を取るハザンとアレクト。無限収納リングからマイフルを取り出し構えていた私は、ヘラクレスビートルへと魔弾を撃ち込んだ。


「カブッ?」


 魔物の体に幾何学模様の描かれた魔法陣が幾つも浮かび上がり、そして弾けた。ヘラクレスビートルが怪訝そうに小首を傾げる。


 何が起きたのか理解出来てないか。これは直接ダメージを与えるのが目的ではないからな。


「メイ」

「はい、ご主人様」


 メイが疾駆した。ヘラクレスビートルの角を最低限の動きで軽やかに躱しながら懐に入り込み、膝を顎に叩き込んだ。


 メイドドレスのスカートが風圧に靡き、雪のように白い太ももが一瞬顕になった。う~ん、我ながら人工生命体と思えない見事な肢体だ。


 と、重要なのはそこではないな。メイの膝によってヘラクレスビートルの顎が跳ね上がり、仰け反るようにしてそのまま見事にひっくり返った。


 ヘラクレスビートルはその衝撃で一度は動きを止めたが、気がつくとなんとか起き上がろうと脚をバタバタさせた。


 だが、このタイプは一度ひっくり返ると中々起き上がれない。


「今だハザン。そいつの裏側は甲より柔らかい」

「は! そうか!」


 すぐさまハザンが駆け出し、ヘラクレスビートルに近づき、その腹に大剣を突き刺した。


 バタバタと藻掻く動きが激しくなるが間もなくして動きを止めた。よし、これで仕留めたな。


「やったなハザン」

「あ、あぁ。でも喜んでいいものでもな。これは兄弟とメイさんがいたからこそだしよぉ」

「メイさんは見た目にそぐわないパワーの持ち主ですもんねぇ」

「うん? 確かにメイの力はかなりのものだが、今のは精々ハザンと同程度ぐらいの力で攻撃したに過ぎないぞ?」

 

 え? と2人が目を丸くさせた。そんな馬鹿なとでも言いたげだな。


「まぁ、何もなくこれが出来たわけじゃない。最初に私が使った魔弾はヘラクレスビートルが使った魔法以上に相手の防御力を下げる効果が付与されていた。だからハザンぐらいのパワーでもひっくり返ったんだ」

「俺ぐらいってのが若干傷つくな……」

「う~ん、でもやっぱりエドソンくんは凄いんですねぇ。私よりずっとお子様なのにぃ」

 

 いやいや、別にこの程度そんな大したことではないのだが、アレクトにはしっかり理解してもらわないとな。


「アレクト、やろうと思えばお前でもこの程度の術式は組める。それにヘラクレスビートル相手の手段はこれだけじゃない。いいか? 今後はそのリボルバーの構造や魔弾の作成も含めて徹底的にその体に叩き込むからな」

「ふぇ? え~!」


 何を驚いているんだ何を。それはあくまで貸しているだけなのだからな。


 今でも大変なのに~などと泣き言をアレクトが言い、その肩を叩きながら、頑張れよ、とハザンが励ましていた。


 何れは2人だけでこの山程度は自由に歩き回れるようになってもらわないとな。


 さて、ヘラクレスビートルも倒したし、ケツモロコシを探すが……。

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