第五十六話 魔核から魔石へ

「とにかく、先ずは下準備から始めるぞ」

「下準備ですか?」

「そうだ」

 

 私は先ず、用意した桶に水を張った。アレクトが興味深そうに覗き込んできている。

 水を張った桶に、ロートの店で購入した粉末を混入する。植物を加工して出来た粉で本来は薬用だが、今回は別の用途で使用する。


「これは何をしてるんですかぁ?」

「別に大したことじゃない。水にこの粉を混ぜて溶液を作っただけだ」

「溶液ですかぁ?」

「そうだ。よし出来た。後はこの中にこの粉を入れる」

「また粉ですかぁ? これは何の粉なんですかぁ?」

「これはアダマンのところから貰ってきた鉄と魔法銀の粉だ。本当は魔法銀の粉だけ欲しかったんだがわざわざ分けるような真似をあいつがしているわけがないからな。だからこのやり方で鉄の粉と魔法銀の粉で分別するんだ」

「ふぇえ、そんなことが可能なんですかぁ?」

「まぁ見てろ」

 

 私は溶液の中に金属粉を投入した。それから10秒程待つと、沈殿化した粉と溶液の表面に浮かび上がってきた粉とにきっちり分かれた。


「ふぇえ! 凄いです! 完全に分かれましたね」

「あぁ、そしてこの浮かんできたのが魔法銀の粉だ」

「へ~でもどうしてこんなことがぁ?」

「比重の差だ。鉄に比べると魔法銀の方が比重が軽い」

「ふぇ~エドソンくんってお子様なのに凄い物知りなんですねぇ」

「だから頭を撫でるな!」

 

 私はアレクトの手を振り払って怒鳴った。全く、子ども扱いするなというのに。


「でもこれ、普通の水だと駄目なんですかぁ?」

「駄目だ。鉄粉は普通の水だと反応して発熱することがある。それが結果的に魔法銀の粉にも悪影響を及ぼす。この溶液ならその心配はないからな」


 それに水だけだとここまではっきり分離しないからな。だからこの溶液が丁度いい。


「さて、きっちり分かれたら魔法銀の粉をこの布ですくい上げる」


 この布は溶液だけが浸透するので、魔法銀の粉だけが残る。


「後はメイ、これを乾かしてもらえるか?」

「承知いたしました」

 

 ちなみにこの溶液は乾きやすい性質なので、30分もあれば乾く。


「どうだ判ったか?」

「はい! 勉強になりましたぁ」

「そうか、ならこっからはお前がやれ」

「え! 私がですかぁ?」

「当然だ。自分でやらないと覚えないだろうが」

「う、確かに。判りましたぁ」


 というわけで残りはアレクトにやらせる。これも本当ならもっと簡単に出来るのだが、今後アレクトがやる必要を感じて多少原始的ではあるが、このやり方を採用した。


「ご主人様、最初の分が乾きました」

「あぁ、ありがとう」

「メイさん! こっちも出来ました」

「お前は自分で乾かせ!」

「えぇえ~!」


 何を驚いているんだ何を。大体最初とは言え分別するのに時間掛け過ぎだ。


「今乾かしてますぅ」

「なら早くこい。次だ」

「まだ何かあるんですかぁ?」

「当たり前だろ……お前、これ何のためにやっていると思っているんだ?」

 

 え~と、とつぶやきながら疑問符を浮かべている。お前なぁ……。


「メインは魔核の加工だろうが」

「あ、そうでしたぁ。あれぇ? でもそれならどうしてこんなことしてるんですかぁ?」

「必要だからだ。とにかくまずは見ていろ。いいか? この乾いた魔法銀の粉を、今度はシリコーン油と混ぜるんだ」

「ほえ~あ、だんだんネバネバしてきましたね」

「そうだ。こうやってペースト状になるまで混ぜたら、出来上がりだ。判ったら混ぜてみろ」


 続きはアレクトにやらせた。だんだんと粘り気が出てくるのが楽しいらしく、おもしろ~い、などとはしゃいでいる。


 私なんかよりアレクトの方がずっと子供っぽいだろうこれ……。


「もうそのぐらいでいいぞ」

「えぇ、もっとやってみたかったですがぁ。う~ん、でもこれ、何かザラザラした粘土みたいですねぇ」

「あぁ、ちなみに擦る強さに比例して研磨力が上がる。油断していると指が削げるぞ」

「ひぃ!」


 アレクトがパッと出来上がったそれから手を放した。ま、ちょっと触ったぐらいなら問題ないが。


「さて、これで準備は整ったな。さぁ、いよいよ魔核の加工に入るぞ」

「やっとなんですねぇ。なら早速ハンマーを――」

「いらん! なぜ殴ろうとするんだお前は!」

「えぇ? でも、殴らないと割れないですよぉ?」

「割るな! 全く、一体何のためにこれがあると思っているんだ」


 私は用意した物の中から細長いナイフを取ってみせた。アレクトがキョトンとした顔を見せている。


「そんなのどうするんですかぁ?」

「決まっている。これで魔核をカットするんだよ」


 私がそう説明すると、アレクトがプッと吹き出し、そしてやれやれと頭を振った。


「やっぱりお子様ですねぇエドソンくんは。ハンマーでやっと加工できる魔核がそんなナイフなんかでどうにか出来るわけがありません」


 腕を組んでドヤ顔を見せ始めた。うん、こいつ、人をイラつかせる才能だけは人一倍あるな。


「もし切れたらどうする?」

「何でもしてあげますよ!」

「言ったな」


 ふふんっと高をくくるアレクトに見せつけるように、私は魔核を手に取り、アレクトが小馬鹿にしているナイフで、スッ、スッ、と魔核に刃を通していった。


「ふぇ? えぇえええぇえええ!?」

「ほら、切れたぞ。お前何でもしろよ」


 私から魔核を受け取ったアレクトは目をぐるぐるさせて、そんなぁ、と喚いている。


「なんでもしろよ?」

「う、うぅ、わかりましたよぉ。あ、でもお子様なんですから、え、エッチぃのは駄目ですよ?」

「安心しろ貴様にそんなものは何一つ求めてない」


 ガビーン! と一丁前にショックを受けるアレクト。お前は残念なんだからな?


 ま、何でもと言ってもとりあえず3日で術式1000個ぐらい覚えてもらう程度だ。我ながら甘いな。


 それを伝えたら死にそうな顔してたが、なんだこれぐらいで情けない。


「でも、なんでこんなナイフでぇ?」

「このナイフだからだ馬鹿者が。いいか、このナイフは魔法銀製のナイフだ。魔石づくりは最低限これぐらいないと始まらない。その上でお前がやったみたいに砕くのではなく、カットしていくんだよ」

「ふぇええ~でもこんなナイフ一本でよくカットできますね?」

「見てないでやってみろ」

「え!」

「え、じゃない。お前が出来るようにならないと仕方ないんだからな」


 わかりましたぁ、と返事し、アレクトがナイフを受け取った。そして魔核に刃を当てるが。


「ぐぎぎぎぎぎ! だ、駄目ですぅ、一体どうやったんですかぁ? 全然刃が通らないですよぉ」

「そんなことはない。メイ、ちょっと試してみろ」

「承知いたしました」

 

 そしてアレクトからナイフを受け取ったメイが刃を当てると簡単にカット出来た。


「ふぇ、どうしてぇ?」

「ま、こうなるだろうなとは思ったがな。いいか? 魔核はただ切ろうとしても切れない。大事なのは魔劈まへきにそって切ることだ」

「ま、魔劈? 初めてききましたぁ」


 おいおい、本当か?


「魔劈というのは魔核内の魔力の流れてる脈みたいなものだ。この力はマイロギーというのだが、それもわからないか?」

「わかりません」


 過去の理論がことごとく伝わってないな。


「ふぅ、とにかくその魔劈に沿って刃を入れていけば、魔核は簡単に切れる。力もいらないぐらいだ」

「ふぇ~でもその魔劈がわかりませんよぉ」

「お前が本当に魔術師なら判るはずだぞ。魔核を持って先ずは指でゆっくりなぞってみろ。魔劈に流れる魔力が判るはずだ」


 アレクトが魔核を手に取り、私が説明したとおりに指で触れなぞっていく。最初は首を傾げていたが。


「あ! 判った、判りました! ここから、こう流れてるんですね!」

「そうだ。出来たじゃないか」

「えへへぇ」

 

 もっとこのポンコツなら掛るかと思ったが、こういう直感的なものにはすぐ適応するんだな。


「ならカットしてみろ」

「はい、え~とこうやって……」


 そしてアレクトが魔核をカットしていく。うん、悪くないな意外にも。


「よし、それでカットは終わりだ」

「はい! 魔石が出来ましたねぇ」

「は? 何言ってるんだお前は?」

「ふぇ、でも中々な魔石が出来ましたよねぇ?」


 おいおい、冗談だろ。カットが終わった魔核はかなり歪な卵型といった状態でまだまだ完璧には程遠い。


「まさか、前もこれで終わらせていたのか?」

「はい! 勿論このままでは格好悪いのでぇ、水晶の中に閉じ込めたりと一手間必要だったりしましたけどねぇ」

「はぁ、また一つ、今の魔導具が駄目な理由が判ったぞ」


 アレクトがキョトンとしているが呆れてものも言えない状態だ。


「むしろ魔石への加工はここからが本番だ。よく見ていろ。ここで活躍するのがさっきお前に混ぜてもらったこれだ」

「あ! 粘土のようなのですね!」

「正確には研磨剤だ。これを布に塗布し、そしてこの歪な魔核をこうやってゴシゴシと磨いていくんだ」

「ふぇ~そんなことして何か変わるんですか?」

「変わる。見ていろ」


 それから磨き続け、段々と角が取れていき、魔核もなめらかになっていく。こうすることで魔石全体に魔力が行き渡るようになるのだ。ハンマーで砕いただけのような歪なままでは魔力の流れも歪になる。


「ほら、出来たぞ」

「ふわあ~キラキラしてますねぇ」

「そうだろそうだろ」


 完璧に仕上がった魔石は宝石のような輝きを見せるからな。魔力、厳密にいえばマイロギーが満ち溢れている証拠だ。


「でもかなり小さくなっちゃいました」

「カットして研磨すれば当然そうなる。今までのが大きすぎたんだよ」


 今の大きさは指でつまめる程度だしな。


「さて、これで一通りやり方は判ったな? 今度は最初から全部自分でやってみろ」

「や、やってみますぅ!」


 それからアレクトが完璧に出来るようになるまで付き合った。その結果、明け方近くまで掛かってしまったが、それでなんとか形にはなるようになってくれたな――

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