第五十四話 合格
フレンズ商会に頼んだ件は、彼が知り合いに片っ端から当たってみると言ってくれた。
その後、私とメイはロートの薬店に向かう。そろそろ必要かなと思うものがあったからな。
店には大きくロート薬店と刻まれた看板があった。石造りの箱型の建物だ。通りからは少し外れていて、あまり人通りは多くない。通りの先では野良猫同士がシャー! と威嚇しあっていた。
店に入ると薬品の独特の匂いが鼻につく。店はそこまで広くはなく、多段式の木棚にびっしりと薬が陳列されていた。騒然としてそうだがよく見ると症状や用途ごとにしっかりと薬が分けられている。
メイが興味深そうに大きな蛇の入った瓶を手に取り眺めていた。いや、そこ精力薬系の棚だぞ?
「ロートはいるか?」
正面のカウンターまで行き、声を掛けると奥から、おう! と声を上げロートが姿を見せた。前はしていなかった眼鏡を掛けている。身に着けている前掛けが随分と汚れていた。汁が飛び散ったような染みが目立つが、汚れはまだ新しい。きっと奥で薬の調合でもしていたのだろう。
「久しぶりだな。だが丁度よかった。実はまたアロイ草や他にもちょいちょい必要な魔草が出てきて、頼みにいこうかと思っていたんだ」
「そうか。言ってくれれば依頼は受けるぞ。フレンズにも頼んだところだが、今はどんな仕事でも請け負っている状態だ」
「本当か? それは助かるな。てことは今日は依頼を探しに来たのかい?」
嬉しそうに笑いながらロートが問い返してきたが、こちらにはこちらで用事がある。
「いや、実はシリコーン油が欲しいのだがあるかな?」
「シリコーン油だって? う~ん、またえらく難しいものが欲しいんだな」
「難しい?」
またけったいなことを。シリコーン油はケツモロコシから採れる油だが、万能油と言えるぐらい様々な用途に使える。
それが難しいとは、なんとも妙な話だ。
「シリコーン油の原料となるケツモロコシが中々入ってこないんだ。あれはもともと育ちにくく見つけにくい植物だからな。その上群生地には凶悪な魔物も多い。おかげで冒険者ギルドからも依頼料をどんどん値上げされた。今の状態で仕入れても買い手がつかないからこっちも依頼できないでいたのさ」
なるほど……ケツモロコシは確かに環境の変化に敏感でちょっとしたことですぐ枯れる。自然界においても天敵が多く育ちにくいのは確かだ。
「しかし、それなら栽培すればいいだけだろう?」
「は? いやいや馬鹿いっちゃいけねぇや。あんなの栽培に成功したなんて話、聞いたことがない」
いや、そもそも私の屋敷に戻りさえすれば大量に栽培されているものなのだがな。
勿論それなら屋敷に戻って取ってくればいいだろうという話だが、今回の件はこの町を中心に手の届く範囲でやると決めているからな。
「ふむ……難しいというのは肥料や水やりなどの管理か?」
「あぁ。ちょっとした気温や天候の変化で扱いが大きく変わるからな。正解のない植物とはよく言ったもんだ」
「いや、そんなこともないぞ。確かに色々細かく気を配る必要があるが、だからこそそういった人間の手で難しい部分は道具に頼るといい」
「道具だって?」
ロートが眼鏡をずらし疑問の声を上げた。訝しげでもあるか。
「まるで栽培したことがあるみたいな言い方だな」
実際そのとおりだからな。だから屋敷で大量に育っている。
「それなりに費用は見てもらう必要があるが、可能なら試したいか?」
「そりゃ勿論だ。何せシリコーン油はおかげ高騰に歯止めが聞かず、ほとんどの客は代用品で我慢している始末だ。だが、代用品は所詮代用品よ」
質はシリコーン油と比べると相当に低いらしい。だからもしシリコーン油が量産出来るならそれにこしたことはないようだ。
ふむ、また一つ仕事に繋がる話が舞い込んできたな。尤もそのためにもブランド化を成功させないといけないが。
「それはいつ頃できそうなんだ?」
ロートも話を聞いてすっかり乗り気だな。
「ブランド化をまずは成功させないといけない。そこでだ」
私はロートににもフレンズと同じ話をした。するとフレンズが大きく頷き。
「実は知り合いに困っているのがいてな。ちょっと話を通してみるとしよう。あぁ、それとだ。難しいとは言ったが全くないわけじゃない。これを持っていってくれ。最後の1本だがあんたに譲るよ」
そう言ってカウンターの上にシリコーン油の入った瓶を置いてくれた。
「ありがとう助かるよ。幾らだ?」
「いいさ。前に貴重な花も貰ったしな。その御礼も兼ねてだ持っていってくれ」
「それだと申し訳ないな……そうだ。量産はすぐにはできないが、私もどうせまだ必要になる。だからケツモロコシを採ってくるとしよう」
「え? いやいや、しかしさっきも言ったが、ただでさえ数が少ない上、群生地は凶悪な魔物が跋扈している山だぞ?」
「問題ない。その山ならすでに一度素材確保のために行っている」
何せハザンやアレクトと登ったあの山だからな。
「行っただって? あんな危険な山にか?」
「あぁ、ヘヴィーバイソンを狩ってきた。他にもついでに色々狩ったが、メインがそれだったからな」
「…………」
ロートが目を丸くさせて、口を半開きにさせて立ち尽くした。
「なんだ? 一体どうしたのだ?」
「驚きすぎて絶句しているのかと」
そうなのか? そんなに驚く要素があっただろうか?
「はぁ、全くいろいろととんでもない子どもだな。前に一緒にギルドに行ったときから感じていたがなぁ」
なにか感心しているのか呆れられているのかわからない反応をされてしまった。
「まぁでもそういうことならぜひともお願いしたいところだ」
「判った。あぁそれとこれも貰えるか? 後は依頼の方も聞いておこうか」
「あぁ、じゃあこの辺りの採取もお願いしたいんだ」
私はロートから欲しい魔草の記された紙を頂戴する。ふむ、これならすべてあの山で済みそうだ。
「……ご主人様。ご一緒にこれを購入してもよろしいですか?」
「いや、何に使う気だよその精力薬……」
蛇が丸ごと入った瓶なんて持ち帰ってもどこに置いて置くつもりなのか。
とにかく、必要な物も購入し私たちはロートの店を後にする。続いてアダマン鍛冶店に顔を出した。
「どうだ調子の方は?」
「は、なんだ敵情視察か? ま、構いやしないがな」
「そういうわけでもないが。ふむ、魔法銀の加工にも取り掛かっていたか」
これは丁度いいな。
「ふん、鉄でも魔法銀でも息子以上のものを作ってやらぁ!」
随分と強気だな。酒も大分抜けたようでやる気は感じられるが、さてその自信がどう転がるか。
それはそれとしてだ。
「この辺の粉末を貰っていいか?」
「あん? そんなもの何に使うんだ まぁゴミが片付くからこっちは嬉しいけどよ」
苦い顔を見せつつも許可は出た。集めたのは作業工程でた鉄や魔法銀の粉だ。まぁ魔法銀に関しては私が提供したものではあるのだがな。
さて必要なものを集めたし、私とメイは魔導ギルドに向かう。結構時間が経ってしまったな。時計を見たら午後の3時を回っていた。
「ぐぎゅぅうぅぅう――」
そしてギルドに入った私の目に飛び込んで来たのは、妙ちくりんな声を上げて机に突っ伏し目を回しているアレクトの姿だった。
うん、平常通りだな。
「それで術式は出来たか?」
「いきなりそれ! この状況でもっと他に言うことはないのですかぁ!」
「いいから術式見せてみろ」
そんな馬鹿げた寝言を言えるぐらいなら問題ないだろう。
「うぅう、これですぅ」
「ふむ――」
術式の書かれた
「よし、とりあえずはこれでいいだろう」
「はいはい、どうせやり直しなんですよ、え? 今なんと?」
「……とりあえず合格と言ったんだ」
「ごう、や、やったぁああぁああ!」
さっきまで目を回していた癖に、今度はぴょんぴょん飛び跳ねて喜びだした。全く現金な奴だ。
「念の為言っておくが、これでようやくスタート地点に立てたといったところだからな」
「うぅ、そこはもっと喜びを分かち合ってくれてもいいのにぃ、お子様なのにいけずですぅ!」
「黙れ。それより次だ。今度は魔核の加工をやるぞ。魔導具を作るのにこれがないと話しにならないからな」
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