第三十八話 頂にあるもの

「きゃ~~~~! なんですかこれぇ、すごい! なんですかこれぇすごい! すっご~~いですぅ、これはなんですかぁ!」

「やかましい女だな」


 耳につく声に目が細まるのを感じた。全く、どれだけ凄いと何ですかを連呼したら気が済むんだ。


 あの男から話を聞いた後、私は早速ビネル山に向かうことにした。地図で確認すると徒歩で1時間以上かかりそうだから今回は魔導車を頼ることにしたわけだが、それを見るなりご多分に紛れず、ギャァ魔獣! とアレクトがとんでもない格好でひっくり返り気絶した。


 仕方ないから乗せて走っていたら途中で意識を取り戻してこの騒ぎだ。


「だから魔導車だと言ってるだろ!」

「マドウシャという魔獣さんですかぁ?」

「あぁもう、そのボケは聞き飽きたんだよ」


 頭が痛くなってきた。額を押さえつつ、説明する。私が魔獣を手なづけたと勘違いしていたが、魔導具師として扱う以上、この程度知っておいてもらわないと困る。


「と、こういう魔導具だ。判ったか?」

「さっぱりですぅ」

「よしメイ、こいつどっかで捨てていくぞ」

「承知いたしました」

「承知しないでください! じょ、冗談ですよぉ。なんとなくわかりましたからぁ」


 なんとなくかよ。


「つまりこれは、凄い馬車の魔導具なんですね!」

「……間違ってなくもないが、もう少しなんとかならんのか……」


 だから残念なんだお前は。


「ご主人様、もう間もなく目的の山に入ります」

「凄い! 馬車よりずっと速いですぅ!」

「当たり前だ。言っておくがこれでもメイは安全運転な方だからな」


 速度計をみると時速80km出ているが、出そうと思えば音速も軽く超えられるからな。


「でも、作ったのはエドソンくんなのに、運転はしないのですか?」

「黙れ」


 したくてもできなかったんだよ。


「少し道が悪くなってますので舌を噛まれないように」


 これはアレクトに向けて言われていることだ。山道は街道ほどしっかりしていないし凸凹だ。尤も私からしたら途中の街道とて褒められたものではないが。


「判りました! 気をつけ、いた! いた! いちゃッ!」


 言ってる側から舌を噛みまくってるぞ。揺れると言ってもサスペンションもしっかりしているのだから街道を走っている馬車よりも遥かに静かだというのになぜそうなる。


「ご主人様、マウンテンウルフの群れです」

「そうか面倒だから轢け」

「承知いたしました」

「ええええぇええええ!?」


 メイの運転で涎を垂らしながらやってきたマウンテンウルフの群れはドカドカ弾き飛ばされていった。


「今、20匹はいたような……」

「20匹しかいなかったの間違いだろう」


 あんなの何匹襲ってきても車体に傷一つつかんだろうがな。


「ご主人様、正面からビッグホーンボアが多数突っ込んできます」

「た、大変ですぅ、興奮したビッグホーンボアは武装した商団すら軽く蹴散らすと言われてますぅ。これは逃げたほうが」

「……そうか。轢け」

「承知いたしました」

「えええぇえええええぇええ!」


 全くいちいち姦しい女だ。この程度で何を驚いているのか。あんなちょっとでかいイノシシ程度の角、見ろ傷をつけるどころか魔導車に当たった途端に次々砕け、イノシシ自体もバンバンふっ飛ばされている。


「何かすごすぎて驚き疲れましたぁ」

「お前は驚きすぎだ」

「ところで、素材はいいのですかぁ?」

「目的の素材ではないしな」


 ビッグホーンベアにしろマウンテンウルフにしろ、役立つ素材は持っていない。魔核にしても保有魔力も弱く魔導適応力も弱い。


「何かもったいない気もしますぅ。でも、何かおかしいですね」

「ほう、お前も気がついたか?」

「それは勿論これぐらいおかしいなってぐらい、私にも判りますぅ」

「ふん、少しは頭が回るようになったか」

「はい! これはあの依頼主の言っていることと矛盾する気がするのです」

「そのとおりだなにせこの辺りの魔物は」

「はい、このあたりの魔物は」

「危険が少ないと言っていたわりに、出てくる魔物が強すぎますぅ!」

「あの言い方なら逆に危険な魔物が多いかと思ったのに弱すぎる!」

「「……ん?」」


 なんだこいつ何を言ってる? 今の魔物が強いって、はぁ?


「いやいや、今のは弱すぎだろ。ただの雑魚だ」

「そんなことないですよぉ、冒険者でもそれなりの実力者が必要な魔物でしたよぉ。あ、きっとエドソンくんはお子様だから知らないんですねぇ。そういうところはやっぱりおこちゃまですねぇ」

「よしメイ、こいつを途中で投げていくぞ」

「はいご主人様」

「はいじゃないですぅうぅ!」


 お前がアホなことばかり言っているからだ全く。


「ご主人様、そろそろ目的の頂上です」

「あぁ、ありがとうメイ」


 MFMには目的のエスイッヒが生えてる位置がしっかり表示されていた。

 頂上はほぼ岩場だ。高い山にぐるりと囲まれている状況なので多少の圧迫感はある。

 

 車を止め、外に出た。正面に紫色の花々が見える。あれがエスイッヒだ。


「もしかしてあそこに生えているのが?」

「あぁエスイッヒだ」

「判りましたぁ。ちょっと私が採ってきますぅ」

「別に構わないが、気をつけろよ」


 パタパタと駆け足でエスイッヒに駆け寄っていく。全く不用心な奴だ。


「大丈夫ですよぉ。私だってあれぐらい採取できますからぁ」

「ですがアレクト様、その魔草は……」


 メイが口を開くが、その時にはアレクトはエスイッヒにはかなり近づいており、そして予想通り、それでいて目的のソレが登場した。


「ケェエエエエェエエエエ!」

「へ? ひ、ひぇえええぇええぇええ!?」


 目的のそいつは周囲を囲む山々の間から来襲した。影で覆われたことでアレクトも気がついたようでまたとんでもないひっくり返り方をした。


 確かに巨大な鳥型の魔物ではあるが、それでも驚きすぎだろう。大げさな奴め。


「さて、予想通り出てきたなショクヨーク。しっかり狩らせてもらうぞ」






◇◆◇

side???

「それで、あの連中は依頼を請けたのか?」

「はい、首尾よく、随分と簡単に信じてくれました」

「そうか。はは、馬鹿な奴らだ。あの依頼は決して簡単なものではないというのに。勿論依頼書に仕掛けも施してあるな?」

「はい。しっかり調整されてますので問題ないかと。しかし流石ですな。ショクヨークに襲われては奴らも逃げ出す他ないのですから」

「そういうことだ。一人は死ぬだろうが、真っ先に餌として狙うのは子どもだからな。それを見れば残った女2人は間違いなく逃げるだろう。あとは、失敗したことを理由に……」

「借金漬けというわけですね。流石でございます――」






◇◆◇

sideハザン

 俺にはずっと気になっていることがあった。それはあの時、誤解から切りかかってしまったエドソンという小僧のことだ。


 結局あれは俺があの連中に騙されたのがわるかったわけで、あの穀潰しどももギルドに突き出してやったがな。


 あの後、連中は冒険者資格を剥奪されたことだろうが、あれから姿は見ていない。


 それはそれとして、改めて思えば誤解とは言え決して許されないことをした。


 だからこそ、謝罪の意味を込めて困ったことがあればなんでも言ってくれと言ったのだが、それから特に何も言ってきていない。


 まだそこまで日は経っていないが、やはり気になる。何か態度で示さないと俺の気がすまないのだ。

 

 そんな時だった、俺の耳にあの坊主とメイドの噂が入ってきた。何でもあの2人、アロイ草関係でうちと一悶着あったらしい。結局それはフログが不正をごまかそうとしていたのが原因だったようだが、まさかギルド職員の不正を暴くとは。


 どことなくただものではない雰囲気を感じていたが、やはり俺の見る目は間違っていなかった。


「ところで聞いたか? こないだギルドにいたあの3人、なんでも今度はビネル山に向かったらしいぜ」


 俺の耳がピクリと反応した。


「おいおいこの時期にビネル山ってマジかよ。また何で?」

「何でもエスイッヒを採取しに言ったそうだ」

「本当かよ! この時期に更にエスイッヒって自殺行為だぜ」

「その話詳しく聞かせろぉおおお!」

「「「うわぁあぁあああぁあ」」」


 俺はギルドで歓談していた冒険者たちの話に食いつき、詳しく話を聞いた。どうやらちょっと前にあの坊主達がビネル山に向かったらしい。

 

 馬鹿な、あの山はこの時期ショクヨークが徘徊を始め危険度が上がる。

 ショクヨークは非常に大食いで知られる魔物で、それを恐れたビッグホーンボアやマウンテンウルフが活動拠点を変えるからだ。


 しかもショクヨークの影響で餌を狩りずらくなったことでこの時期、あの辺りの魔物は人を襲いやすくなる。


 マウンテンウルフは個体の戦闘力は決して高くないが蒸れると厄介な魔物だ。そしてビッグホーンボアは腹を減らしていると興奮状態になって攻撃力が跳ね上がる。


 その突撃一つで大盾を構えた騎士でも小隊程度なら軽く蹴散らす程だ。


 しかも最悪なのは万が一頂上についた場合だ。特にあのショクヨークという魔物はエスイッヒを狙ってくる相手を問答無用で襲う習性がある。


 そしてあの魔物は人の子どもの肉が大好物だ。あの坊主など格好の餌だろう。

 

 だが、それを聞いてみすみす黙ってる俺じゃない。今こそ俺が動くときだ! 町を出て全速力で山へ向かう。


「待ってろよエドソン! 俺が向かうまで死ぬんじゃね~~ぞ~~!」

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