第三十七話 必要な術式
途中、妙なチンピラに絡まれたがそいつらを排除して、魔導ギルドに戻った。
「戻ったぞ」
「あ、エドソンくん」
「おかえりなさいませご主人様」
メイが出迎えてくれた。アレクトは丸テーブルの前に腰掛けて紅茶を啜り焼き菓子をぱくついていた。
テーブルはメイが用意したものだろう。このギルドに足りないものを購入して欲しいと頼んでおいた。
改めて見ると建物もかなり綺麗になっていた。外観も見窄らしかったものだが、掃除をしたり看板を取り替えるだけで随分と雰囲気も変わるな。
勿論内部もピカピカだ。蜘蛛の巣も取り払われてるし埃も見当たらない。元々立地条件が最悪な上、見た目も酷かったからな。
ならせめて外見だけでも取り繕っておかないと。どちらも酷いのは最悪だ。
「それにしても随分とのんびりしているなお前も」
「酷いですぅ、直前まで猛勉強していたんですよ!」
「いくら勉強しても結果が伴わなければ焼け石に水だ。それで実際どうだメイ?」
「はい、魔導具に関する基本的な知識は伴っておりますし、中々応用もききます。ご主人様と比べてしまうと、天上と地獄以上の差はありますが」
「何か酷い! うぅ、メイさんも結構キツイですぅ」
「当たり前だ。この程度の術式に時間を掛けてもらってもこまるからな。メイには厳しくしてもらわんと」
「うぅ、だけどぉ、これを見ればきっと私を見る目も変わりますよ!」
アレクトが、バーン! と私に術式の書かれた紙を見せてきた。この用紙は込められた魔力が可視化される
術式の構築にはただ記述するだけでは意味がない。記述と同時に魔力を込める必要があるし、その魔力を定着させる必要もある。
ちなみに実際に魔導具に術式を構築することを記術するとも言う。
とりあえずアレクトが見せてきた術式を確認する。これは起動術式。
通常の魔法は一つの流れで魔法を構築することが多いが、魔導具の場合誰もが分け隔てなく同じ効果の魔法を道具として行使出来るようにする必要がある。
そのため術式も気を遣う必要がある。魔導具においての術式は大まかにわけると、起動術式、効果術式、停止術式、条件術式にわけて考える。
当然だがその内一つでも不具合があれば魔導具としては欠陥品だ。起動術式が上手く出来てなければそもそも魔導具として使えず、効果術式がチグハグなら思っていた効果が期待できず、停止術式が間違っていれば魔導具は行使されっぱなしになる。
条件は起動、効果、停止、全てに関わることだ。ここで記述ミスがあると魔導具が暴発したり、突然効果が切れたりする。
さて、アレクトが作成したのはこの内の起動術式だ。魔導具の起点となる部分だな。本来なら同時に効果術式と条件も作成していくが、今回は作るべき魔導具ははっきりしてるから一つ一つ身につけてもらっているが――
「ふぅ、まだまだだな。術式は無駄が多いし、魔力の込め方にも粗が目立つ。お前、まさかこんな稚拙なもので得意になっていたのか? 25点」
「に、25点!」
ガーンって顔を見せ、眼鏡がずり落ちた。そして、うぅ、と呻いた後、席に座り、焼き菓子をガツガツ食べ始めた。食欲だけは立派なやつだ。
「メイ、この程度しかできてないのにこの待遇は甘くないか?」
「申し訳ありません。ですが、頭から煙が出てきてもおかしくない程でしたので、むしろ続けるのは効率が悪いと思いまして」
それはわからなくもない。頭を使う作業はただがむしゃらに続けても効率は上がらないものだ。脳の疲れに糖分は良い。私も研究中に無意識にメイの用意した菓子を食べていたことは多々あった。
せっかくなので皿から1枚取って口に含む。
「ふむ、しかしメイの作る菓子は旨いな」
「ありがとうございます。ご主人様に喜んで頂けるとすごく幸せな気持ちになります」
微笑を浮かべてメイが述べた。やはり見た目が美人だと笑顔も映える。
「しかしこのペースで、いつ出来るようになるんだ?」
「大丈夫です! 1ヶ月もあれば構築出来るようになってみせますよ!」
「遅い! 3日でやれ」
「えええぇえええええぇええ! 無理ですよ3日なんて! ドワーフじゃないんですから!」
「泣き言を言うな」
ちなみにドワーフなら3日はいつ頃からか人々に囁かれるようになった逸話だ。ドワーフは頼めば3日で作ってくれると誰かが語ったことをきっかけに広まった。
勿論実際はドワーフによって違うのだがな。基本的なものなら3日もかからず作ったりするが複雑なものならそうもいかない。だが、この逸話のせいで3日でできないと知るとガッカリするのもいるんだとか。
「ご主人様、私も3日は少々厳しいかと思います」
「むぅ、そうか。なら6日だ」
「む、6日……」
「そうだ。考えても見ろ。3日が6日になったんだぞ? なんと倍も猶予が与えられたのだ。これなら余裕だろう?」
「う、うん! そう聞くと出来る気がしてきたよ!」
単純な奴だ。実際は最初に言っていた1ヶ月から随分と縮んたのに。
「ところでご主人様。術式はいいとして素材はどういたしましょう?」
「あぁ、勿論それもこの辺りで調達しないとだけどな」
魔導具で大事なのは術式は勿論だが道具となると器も必要になる。マジックバッグで言えばバッグ本体だな。ただ鞄状にすればいいというものではなく記術するためのコアも重要だ。
さて、それらをどこで調達するかだが……。
「ここが魔導ギルドでよろしかったですかな?」
するとギルドの出入り口のドアが開き、問いかけるようにしながら一人の男性が入ってきた。
頭を剃り上げた男だ。ニコニコと人の良さそうな笑顔で近づいてくる。全身を覆うような赤ローブに包まれた男だった。年の功は人族で言うなら50歳は間違いなくこえてるといったところか。
「おいアレクト」
「え? あ、はい! ここが魔導ギルドでしゅう!」
でしゅうって……やっぱりどこか残念なやつだ。
それでもこの女が今このギルドを任されているわけだから、やってくる客への対応はしてもらわないとな。
まぁ本来なら受付嬢がいればいいのかもしれないが。
「いやはや、最初は場所がわからなくて迷いそうになりましたが看板があったことで見つけることができました」
早速外観を改善した効果が出たか。しかし、いずれ案内用の魔道具も作成した方がいいかもしれない。
「そこまでして来てもらえて嬉しいです。あの、ところでご用件は?」
「うむ、実は、仕事をお願いしたくてね。魔草採取の依頼なのだが、受けてはもらえるだろうか?」
「え! 魔草採取! で、でもどうしてここに?」
「ふむ、もしかしてあの薬師に聞いてきたのかな?」
私は少し気になってやってきた男に聞いてみた。
「え? あ、はい。そうなんですよ、あの薬師から聞きまして」
「そうか。トーロから聞いてきたのだな」
「そうそう! 薬師のトーロから聞いてですよ」
「え? トーロ? ろ、むぐぅ!」
アレクトが余計なことを言おうとしたのでメイが口を塞いだ。
さて、これでこいつがまともな客でないのはわかったが。
「しかし、魔草採取なら冒険者ギルドに頼むものじゃないのか?」
「それが、冒険者ギルドも今は依頼が立て込んでいて難しいようでしてな。そこでアロイ草の件で魔導ギルドの話をお聞きしまして、これならお願い出来ると思ったわけです」
なるほど。そこだけとるならありえなくもない話ではある。本当に彼の紹介なら何の問題もないとこだが。
「それで依頼というのは?」
「はい、エスイッヒという魔草の採取をお願いしたいのです。年に数回ビネル山の頂に生える魔草でして」
「ふむ、なるほど。しかしその魔草を何に?」
「はい、ところでエスイッヒはご存知で?」
「いや、知らないな」
「そうでしたか……実はエスイッヒはとある難病に効く薬とされており、実は私の孫娘がその難病に苦しんでいて、できるだけすぐにエスイッヒから作成した薬が必要なのです……」
「プハッ! 受けます!」
「え?」
もがいて口が自由になったアレクトが叫んだが、おいおい……。
「娘さんが、大変なのですよね? そういう事情なら、なんとしても請けないと!」
「本当ですか! いやありがとうございます!」
「待て待て、それなら依頼料を聞く必要がある」
「え? そんなぁ、娘さんが大変なんですよぉ」
「それでも依頼は依頼だ」
「そんなぁ!」
「いえ、言われていることは尤もです。勿論報酬はお支払いします。一束銀貨500枚でいかがでしょうか?」
「銀貨500枚か」
「はい、本当は自分でいけたらいいのでしょうが、あの山はそこまで危険な魔物は出ないのですが頂上にいくまでには狼も出るので、そこでなんとか勿論この通り依頼書もご用意してますので」
危険はないねぇ。
「それで、どうする気だ?」
「勿論引き受けますぅ!」
全く単純な女だな。とは言え、こいつの嘘はわかったが、エスイッヒか。丁度いいかもな。
「いやはや、依頼を請けて頂きありがとうございました。ただ、急に来てこのようなことも心苦しいのですができるだけ早く採取して頂けると……」
「あぁ、わかった。急ぐとするよ」
とりあえず素直に依頼を聞き、依頼書も受け取ると、男はギルドを出ていった。
さてと、とりあえず依頼はこなしておくか。
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