第十九話 お粗末な変態

 地下への隠し扉を見つけ降りていったら、あの猫耳が猿ぐつわをされたまま壁に磔にされていた。


 それを下卑た顔で見ている素っ裸の変態オヤジという実にド変態なシチュエーションが目の前に広がっていた。変態の手には棒状の硬鞭が握られている。


「く、くそ、人がお楽しみのところに、客だからとやっていいことと悪いことがあるぞ!」

「奴隷を磔にし、粗末なものを熱り立たせるという状況はやっていいことなのでしょうか?」

「いえ、奴隷とは言え不当な扱いは許されてはいません! でも、確かに粗末ですね」

「お前たちも結構辛辣だな。確かに粗末だが」

「やめろぉおおおぉおおお!」


 変態オヤジがちょっと涙目だ。特にメイに粗末な物扱いされたのか堪えてるのかもな。


「なんなんだテメェらは! 勝手にこんなところまでやってきて! 衛兵呼ぶぞ!」

「呼びたきゃ好きにしてくれて構わないが、それで困るのはお前じゃないか? この状況、奴隷だからって許されることじゃないだろう?」

「は、こいつはうちの奴隷だ! それをどう扱おうが俺の勝手だ!」

「そんなわけないだろう。何のために法があると思っている?」

「法? は! そんなの守っている馬鹿いるかよ! 奴隷商だってそんなこと織り込み済みだ!」

「僕を引き取ってくれた奴隷商は違います! ちゃんと奴隷のことを考えてくれてます!」


 ウレルが反論した。奴隷が奴隷商を擁護するって中々珍しい光景に見えるぞ。それだけ信頼されてるってことか。


「黙れ! そもそもこいつは主人の言うことを聞かなかった! だから罰を与えてるんだよ!」

「その言うことというのは私の部屋から金貨の入った袋を奪うことか?」

「……な、なな、何を馬鹿なことを!」

「メイ。そこに脱ぎ捨てられている服の下だ」

「はい」

「あ、ちょ、待て!」

 

 変態が慌てるがメイの動きは早かった。翳した手の正面に魔法陣が浮かび上がったと思えば炎が吹き出て衣類を消し炭にし革袋だけが残った。


 私は魔法が使えないが、メイは扱えるよう作ってある。魔法式をコードとして記録出来るため、一度覚えてしまえば詠唱もいらず発動も早い。


 メイは後に残った革袋を広い私に手渡した。袋を開き、逆さまにするとジャラジャラと金貨がこぼれ落ちた。


「これでも何か言い訳することはあるか?」

「そ、それは、違う! こいつが、この奴隷がやったんだ! だからこうやって罰を!」

『おい、これは何だ?』

『……それは、ここのお客様の持ち物です』

『そんなことを聞いてるんじゃねぇ! テメェ、どうして俺に嘘をついた! 奴隷の分際で!』

『その様子だとやっぱり渋ったんだね』

『あぁ、こいつこんな金貨の入った革袋目にしてながら、何もないって嘘を付きやがった』

『へぇ! 金貨かい! それはいいね!』

『あぁ、しかも紙にはあの魔導具を今日売りに行くともあった。相当な大金を掴んでくるぜあれはよ。へへ、ついでにそれも奪っちまおうぜ。だがそのまえにこの獣をしつけるぜ!』


 変態がポカーンとした顔でその映像を眺めていた。それはウレルにしても一緒だった。観察虫は常にこの男の側にいた。そして観察虫は見たことを記録し、立体映像として映し出す事が出来る。


「凄い、これも魔導具なのですか?」

「うむ、私の作ったな」

「ば、馬鹿な! ありえねぇ! こんな魔導具聞いたこともみたこともないぞ!」

 

 やれやれこの程度の映像を記録して再生する技術も広まっていないとは。技術は全て大きな都市のみに収束させて広めてないということなのか? どちらにしろ残念な話だ。


「みたことなかろうとあろうと、これでお前が私の袋を盗んだことが証明されたぞ。むしろそこの猫耳奴隷は止めようとさせしていたわけだし」

「う、うるせぇ黙れ!」


 変態が私に鞭を振ってきた。だが割り込んだメイが男の手首をひねるようにして投げ壁に叩きつけた。


「ご主人様大丈夫ですか?」

「あぁ、メイのおかげで全く怪我はないよ」

「ふ、ふざけやがって!」

「あ!」


 変態の行動を見てウレルが声を上げた。どうやらその位置には鉄槌が置かれていたようで、それを持って立ち上がったのだ。


「俺を怒らせやがって。俺はな! 冒険者として活躍していたこともあるんだ。全く、わざわざやってきやがったかと思えばくだらないことばかりいいやがって! ぶっ殺してやる!」


 随分と物騒な事をいいだしたな。下半身丸出しで。


「貴方では無理だと思いますが」


 メイが前に出て鉄槌を持った変態と相対した。ここはメイに任せておいてもまぁ十分だろう。


「そんな、いくらなんでもあんな武器持った相手に女の人では……」

「大丈夫だ。まぁ見ておけ」


 ウレルが緊迫した声を上げるが私は全く心配していない。


「ふん、メイドが偉そうに。だが姉ちゃん、俺はお前みたいな気の強い牝は嫌いじゃないぜ。そんなガキ止めて、俺に奉仕するなら許してやるし可愛がってやってもいいぞ?」

「お笑いですね。そんな粗末なもので喜ぶのは同じ穴のムジナな女ぐらいでしょう。全くそんなものさらけ出してよくもそんなセリフがはけたものですみっともない」


 め、メイ、確かに自由意志をもたせてはいるけど、こうして聞いてるとなんか意外といや、かなり辛辣だな。

 相手も顔を歪めてプルプルと震えているし。


「よく判った! テメェは四肢を砕いてから泣き叫ぶまで徹底してやりまくってやる! オラァ!」


 変態がメイの肩めがけて鉄槌を振り下ろした。常人なら肩がぶっ壊れる一振り、だけど、それをメイは片手でパシッと受け止めてみせた。


「……は?」

「やれやれ、どんなものかと思えば、貴方の粗末なソレの如く、貧相な攻撃ですね」

「な、なな、なんだとこのアマ! て、くそ動かねぇ!」

「主人様どう致しますか?」

「うん、適当に意識を奪っておけ」

「了解です」

「うぉ!」


 メイは受け止めた鉄槌の頭を支点にヒョイッと変態のおっさんを持ち上げた。慌てるその様子を一頻り眺めた後、後方に振り下ろし地面に叩きつけた。


 ぐぇッ! と苦悶し、そのまま男は意識を失った。全く口ほどにもない変態だったな。


「え、え~と、何者なのですか?」

「なんてことはない普通のアンドメイドだな」

「え? あ、あんど?」


 ウレルの頭には大量の疑問符が浮かんでいるようだ。ま、この辺はおいおい説明する必要があるだろう。


「メイ、猫耳を」

「はい、ご主人様」


 変態のことは一旦置いておき、メイが壁に磔にされている猫耳の拘束を解いた。猿ぐつわも外すと、メイの胸に飛び込み泣きじゃくった。


 そりゃこんな目にあったら怖いよな。

 

「もう大丈夫か?」

「え? あ、ごめんなさい!」


 軽く頭を撫でながら問いかけると、猫耳が慌てたように飛び退いた。顔がちょっとだけ赤い。


「どうした熱でも出たか?」

「……そういうわけではないと思いますよ」


 メイが妙に冷ややかな目で口を挟んできたんだが、なんだ? 私は何かおかしなことを言ったか?


「あの、ところで助けたのはいいのですがこれからどうするのですか?」

「え~と、この方は?」


 ウレルが今の状況を確認しつつ疑問の声を上げ、猫耳は初めて見るウレルに疑問を抱いたようだ。それも仕方ないことかな。


 なので私は先ずウレルについて猫耳に説明する。


「つまり、エドソンさんの奴隷なのですね」

「今はまだな」

「今はまだ?」

「どういう意味ですか?」


 2人が疑問符を浮かべる。まぁこの段階じゃ何もわからないか。


「とりあえず、そろそろ名前を聞かせてもらってもいいか?」

「え? 私ですか?」

「そうだ」

「でも……」

「なんだ? まだこの連中に遠慮しているのか? もう判っていると思うがこいつらは私の金貨を盗もうとした泥棒だ。その上、それを止めようとしたお前に酷い真似をした。そんな奴らに遠慮する必要もないだろう」


 そこまで言うと、猫耳は少し考える仕草は見せたが。


「そうですね……はい、私の名前はキャロルです」

「キャロルか、いい名前だ」

「え? そ、そうですか?」

「うん、僕も良い名前だと思う」

「え、えへへ」

 

 猫耳……もといキャロルが照れくさそうに笑みを浮かべた。名前を褒められたことが嬉しいんだな。名を自分から口にすることすら禁じられていたからよりそう思えるのだろう。

 

 とは言え、これで準備は整った。とにかく名前を知らないと話にならなかったし。


 転がってる2人を適当な縄で縛りメイに起こさせた。


「う、う~ん、な、なんだこりゃ!」

「なんで私たちが縛られてるのさ!」

「縛っておかないと暴れるだろう?」


 地べたに寝かされた状態の2人に問うように告げる。すると恨みがましい目で私たちを睨んできた。


「こんなことしてただで済むと思ってるのかい!」

「思ってるよ。どう考えても悪いのはお前らだ」

「ふ、ふざけるな! クソガキ! 俺たちが何をしたっていうんだ!」

「人の部屋から金貨を盗んだ。それを指摘したら襲いかかってきた。これ以上ないぐらいの罪だろう」


 私が指摘すると、2人が歯ぎしりして悔しがる。


「おいお前! そいつらをなんとかしろ!」

「え?」

「そうだ、あんたは私らが買ってやったんだ! 言うことききな!」

「無駄だ」

「な、なに? 無駄とはなんだ!」

「隷属の首輪をしていても、罪になる行為は強制出来ない。これだっておまえたちの罪のせいでこうなった以上、奴隷とは言え強制権は発動しない」

「そ、そんな馬鹿な!」


 男のほうが叫んだ。信じられないという目をしているが……実際そのとおりだ。


 確かに隷属の首輪には犯罪になる行為までは強制出来ない機能はある。だが、所詮は過去の遺物をほぼそのまま利用した魔導具に過ぎない。


 だから、あまり細かい判定は出来ない。今のも本来なら命令に従わなければ激痛に襲われたことだろう。


 だけど、それも今は意味がない。当たり前だ。そんな術式はもうとっくに書き換えてある。


「さて、お前らには罪を償ってもらうかな」

「ど、どうする気だ! 衛兵にでも突き出すというのか!」

「そうだな、そうすれば彼女も奴隷から解放されるかもな」

「解放? はは、馬鹿なこと言ってんじゃないよ! 奴隷にそう簡単に自由なんて与えられてたまるもんか! 例え私たちの手から離れても権利は奴隷商が引き継いで別な誰かに売られるだけさ!」


 うん、予想はしていたけどやっぱりそうなるか。ま、予想通りだけど。


「なら、お前らの罪はそれで購ってもらうか」

「……は? それ、一体何を?」

「とりあえず――」

 

 私は懐から一本のペンを取り出し、それを使ってササッとキャロルとウレルの首輪になぞらせた。するとだ。


――カシャン。


「え?」

「へ?」


 うん、これで大丈夫だな。無事、首輪が外れた。


「「な、なんで隷属の首輪がぁあああああああ!?」」

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