第十八話 奴隷のウレルと奴隷商ジャニス

 こうしてウレルの購入を決めた私だが、そこで姿を見せたのは店の主であるジャニスだった。

 彼は小奇麗なスーツ姿であり、清潔感のある銀髪を整えていた。身なりは非常にしっかりしている。目は細く、吊り上がり気味な瞳。


 薄い笑みを浮かべており、そのおかげか第一印象は悪くないが、かなりギリギリの線にも思える。


 全く笑みがなければ警戒心を抱くであろうし、かといってあからさまな笑顔だと途端に胡散臭く感じる。その両方にもよらずお客に不信感を抱かせないラインをしっかりと保っているな。


 それだけこのジャニスという奴隷商は自分という立場を理解しているということか。同時に他の奴隷商とは違うんだということを暗にアピールしているようにも感じる。


「失礼致します」

 

 一つ頭を下げ、私の対面の席に座る。購入を決めたウレルに関しては既に退席済みだ。


「この度は奴隷のご購入を決めて頂きありがとうございます。ウレルは優秀な人材です。きっとお役に立つことでしょう。早速ではありますがご購入金額は金貨100枚となります」


 奴隷の権利書を机の上に添え、金額を伝えてきた。どう致しますか? とも問わない。もう買う前提で話を進めているが、これもきっと自信の現れなのだろうな。


「メイ、頼む」

「はい、ご主人様」


 ジャニスはちらりとだけメイを見たが、それだけだった。並の奴隷商ならメイを奴隷として褒めるような見当違いな真似をしたかもしれない。


 だけどこの男はそれをしなかった。首輪のありなしをしっかり見ているということもあるだろうが、当人同士にしかわからない関係に土足で踏み込むような真似をしない辺りは好感が持てる。


「確かに――」


 メイは机の上に白金貨を一枚置いた。白金貨は金貨100枚分の価値がある。それをジャニスは眉一つ動かさず受け取った。


 金額に対する価値と考えれば特におかしくはないが、通常白金貨を持ち歩く者は多くはない。なので並の奴隷商なら何らかの反応を見せるところだが、これだけ落ち着いているということはやはりここは階級が上な人間や大商人あたりが常連なのだろう。


 尤も白金貨に関しては実は内心私が驚いていたりする。メイ、よく持ってたなこの貨幣……。


「それでは、奴隷に関する注意事項を読み上げさせていただきます」


 ジャニスの説明を聞く。内容は私としては至極当たり前のことだったが、あの猫耳の扱いを見ているにきっと他の奴隷商は異なるのだろう。


 ジャニスは説明だけでは終わらずしっかり契約書に記されていることも強調した。先ず奴隷とはいえ最低限の人権は保証されていること。衣食住の提供は必ず行うこと。不当な暴力を振るってはならずそれが発覚した場合、奴隷は再びジャニスが引き取る上、返金もなし。また不当な暴力によって今後に影響が出るような傷が遺った場合、その分の賠償金は必ず・・支払ってもらうという旨も記載があった。


 なるほど、ここまで徹底した奴隷商もそうはいないだろうな。確かにここならあえて奴隷として売られるのを希望する場合があるというのもわからなくもない。

 

「以上となりますが、どこか不明な点はありますか?」

「問題ないがウレルはすぐに連れて行って構わないのかな?」

「隷属の首輪の設定が終わりましたらすぐにでも」


 隷属の首輪か。おそらく購入前はこの店が主として登録されているが、購入後は当たり前だが購入者を主として定め直すのだろう。


 作業完了まで30分ほど待たされた。正直私からすれば長すぎだが……とにかくこれで購入完了だ。


「またのお越しをお待ちしております」


 そしてジャニスと店員の2人に見送られて俺たちはウレルを連れて店を出た。


「ご主人様、僕に出来ることがあればなんなりとお申し付けください」

「あぁ、おそらく早速お願いすることになると思うからよろしく頼むぞ」

「早速ですか。先ず一体何を?」

「とりあえず宿にもどることだな」


 判りました、と返事したウレルを連れメイと一緒に宿に戻る。

 

 これは、少し急ぐ必要があるな。


「おかえりなさい。うん? その子は?」

「私の連れだ」

「そうですか。お一人追加となるとその分料金を頂きますが」

「そうか、だがその話は今はどうでもいい。それより、あの猫耳の少女を呼んでもらおうか」

「猫耳、うちの奴隷の事ですか? あの子が何か粗相をしましたか?」

「粗相をしたのは少女じゃない。そういえば判るだろ? とにかく呼んでくれ」


 女が不快そうに眉を顰めた。怪訝そうな目で私を見下ろし。


「もうしわけないけど、あの子は今出てるんだ」

「いつ戻る?」

「暫く戻らないかもね」

「なら厨房に立ってるあの男はいるか?」


 口調も変わり、女はあからさまに嫌そうな顔を見せた。余計な詮索はするなとでもいいたげだ。


「旦那もいやしないよ! なんだい別にうちの人間がどこに行って何をしてようとあんたらに関係ないだろ! そんな態度で泊まってもらっても迷惑だ! あんたらみたいのはお断りだよ、荷物まとめてとっとと出ていきな!」

「な、お客様にそんな言い方はないのでは?」

「は? なんだい奴隷が生意気な。あんたも奴隷まで購入していい御身分だね。ふん、全くガキの癖にちょっと魔導具が売れたからってもう無駄遣いかい!」

「ほう? 良く私の魔導具が売れたと判ったな?」


 女がギクリとした顔を見せる。


「そ、それは、前にきた魔導具屋に教えてもらったんだよ!」

「そんな詳しいことを教えるわけがないだろう? 大体その段階では取引の内容も決まってなかったはずだ」

「くっ」

「旦那様、部屋を見てきました」

「な、いつの間に!」


 女が驚いていた。尤も金貨の入った袋がないことなんてとっくにわかってたんだけどな。あくまでこれはポーズだ。


「それで、何かなくなっているものはあったか?」

「はい、金貨の入った革袋が消えてました」

「そうか……」


 あの袋は囮みたいなものだった。この宿はどこか怪しく感じたからな。だから少し試した。結果としてあの子が手を付けなかったのは救いだ。なんとなく踏みとどまる子だなという気持ちはあったけど。


「だ、だからなんだい!」

「部屋にあった金貨の入った袋が盗まれたってことですよ」

「……そうかい。通りであの奴隷、姿が見えないわけだよ! さてはお客さんの荷物をかっぱらって出ていったんだね! とんでもない獣だよ!」

「さっきは出掛けていると言っていたよな?」

「そ、それは奴隷が勝手に出ていったなんて示しがつかないからだよ!」

「待ってください。それはおかしいですよ。もしその方が奴隷なら、首輪があるはずです」


 さすがに聡いな。すぐにそこを指摘するか。一見当然そうだが、とっさの時にすぐにその判断にいたるものは実はそう多くない。


「確かに私もしっかり首輪を見ている。あの首輪があるかぎり、主人の許可がない限りそこまでの距離は離れられないはずだろ?」

「し、知らないね! そんなもの上手いことやったんだろうさ!」


 やれやれ、いよいよごまかしも苦しくなってきたな。ま、もう十分か。


「とにかく、疑わしい以上、こっちで調べさせてもらうよ」

「ちょ、どこいく気だい!」


 その声を無視して、私は食堂の厨房に入った。


「こんなところで何する気だい! ここには料理に使うものしかないよ!」

「それはどうかな」


 厨房の奥にある木製のドアをあける。そこには棚がありワイン樽などが並んでいた。


「いいかげんにしな! ここはただの物置だよ! さっさと出ていきな」

「メイ、この樽をどかしてくれ」

「承知いたしました」

「な!」


 絶句する女をよそに、メイが手早く数個の樽をどけた。


「え、これって地下への入り口?」

「そうだ。そしてこの下におそらくここの主人と奴隷が――」

「この野郎!」


 女が俺たちに向けて肉切り包丁を振り下ろしてきた。分厚い刃の包丁だ。重量を乗せて切れば十分に人を殺傷出来る。


 ま、人ならな。残念ながらメイはアンドメイドだ。そんなものじゃ傷一つ付けられないし、反射神経も当然人間の比じゃない。だから女が包丁を振り下ろした瞬間にはあっさり片手で刃を受け止め、そのまま腕を捻り上げた。


「いた! いたた! な、なんなんだいこの化けもんは!」

「全く、そんなもので攻撃してきておいて随分な言い草だ。メイ、正当防衛だ。軽くひねって気絶させておけ」

「はいご主人様」

「ナ、何をするつもりグフぇ!?」


 首をトンしたらあっさり気絶した。尤もこれはメイだから出来る芸当だけどね。普通は首を手刀で殴打しても気絶させられない。


 さて、地下への扉を開けて木製の階段を降りていく。地下は結構広くて高さもあった。地面に足をつけるとメイが直立しても十分余裕があった。


「ん~ん~!」

「へへへ、さぁ、いつもはあいつがうるせぇが、俺はもう我慢できねぇぜ! 一度獣人ってのを味わってみたかったのさ、ゲヘヘ」

「いや……お前何してんだ?」

「何ってお前、これからこのメス猫をたっぷりかわいがってて、は?」


 異変に気がついたのか、男が私たちを振り返った。すっぱで……。


「な、なんだお前らは!」

「それはこっちのセリフだこのド変態が」

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