岬け家訓第43条『旅の道連れあの世にゃ渡せ』

「どうすんだよ! 優依が、落っこちちゃったじゃないか!」

 美砂ちゃんがあわただしく、生徒会室の中を走り回る。

「おおお、落ち着いて、美砂ちゃん」

 そう言う緑ちゃんも、あわあわとあちこちに目を泳がせ、落ち着いている様子はない。

「どうすんの? ニア」

 広人くんが軽ーい調子で、ニアさんに意見を求める。だけどいつもと同じ調子の広人くんが、この場でいちばん落ち着いて見える。

「イッペンさん、悪いことをしたなら、ぼくは怒る」

 怜央くんは強い力のこもった目で、ずっと窓の外をにやにやと見ているイッペンさんをにらむ。

「……蒼馬、この状況も想定ずみ?」

 シオン先輩が『生徒会長』と書かれた席に座ったまま、重苦しく口を開く。

「いいえ。最悪を超えた最悪を想定しておかなかったのは、ぼくの落ち度です」

 立ったままうつむいている蒼馬先輩が、くやしそうに首を横にふった。

「さて、おれもこの状況ははじめてだ。なにせ、完成した『器』なんていうもの自体、はじめてだからな」

 ニアさんは腕組みをして、窓の外を見つめる。

「先生、死神の権限を使うことは……」

 ヨルさんがミナミさんにたずねるけど、ミナミさんは困ったように笑う。

「ええ、不可、ですねえ。あれは、わたしよりも高位の次元干渉ですから。ごめんなさい」

「ハッ、ここまでやってきて、最後がこれとはな。オレたち、これからどうなる?」

 ロックの言葉に、卑屈に笑うゴーナが答える。

「ヒヒヒ……もうわかってるんじゃないの? わたしたちはただの、燃料だよ」

「ンンンン! まさしく! われら死神の存在を燃やし! 世界の中心へと! 穴をうがつのです! それこそが! 岬けの悲願!」

 そう言って笑うイッペンさんのからだは、じょじょに焼け焦げたようにくずれていく。

「み、みんな! からだが……!」

 死神のみんなの身体がくずれていくのを見た緑ちゃんが、目を回しそうになるくらい、あちこちを見わたす。

「……そうか。死神もまた、この儀式のいけにえということか」

 蒼馬先輩は顔をあげ、生徒会室を出ていこうとする。

「蒼馬?」

「止めなければ。優依くんを完成にみちびいてしまった責任が、ぼくにはある。それに……」

 生徒会室の中を見わたして、小さく笑う。

「ゴーナを、こんなかたちで失いたくない」

「あっ! まてよ蒼馬!」

 かけだしていく蒼馬先輩につづいて、美砂ちゃんも外に飛び出す。

「美砂ちゃん! 危ないよ!」

 すこしのあいだ迷ってから、緑ちゃんもまたあとにつづく。

「先生」

「ええ。われわれの役目は、変わっていませんから」

 ヨルさんとミナミさんも、それぞれのパートナーを追いかけていく。

「どうすっぺよ? ニア」

「おれたちだけ、静観するというわけにもいかん。新しい死神が生まれるのをふせぐというおれの目的も、まだ変わっていない」

 広人くんとニアさんも、ちょっとだけ駆け足で生徒会室を出た。

「イッペンさん……」

 怜央くんは、窓の外をながめ続けるイッペンさんに、声をかける。

「ぼく、イッペンさんには、感謝してるんです。おかあさんに会わせてくれて。たとえ、それが夢みたいなものでも」

 イッペンさんは、すこしおどろいたようにまゆをあげた。だけど視線は変わらず、窓の外。

「ぼくは、優依おねえさんをたすけたい。それに、イッペンさんと、このままお別れするのも、いやだ」

 怜央くんはそれだけ言うと、みんなのあとを追いかけていく。

「……やれやれ。考えがあってのことなのか……」

 シオン先輩がイスから立ち上がり、ロックと向き合う。

「ねえ、ロック。ひとつ、聞かせてほしいの」

「なんだ」

「わたしが死神になれたとしたら、七人の死神の中から、解放されるのは、だれだった?」

 ロックは、さみしそうに、笑った。

「順番としては、オレだ」

「……そう。ひどいひとね。あなたは」

「ハッ、最初からそうだったろうが」

「ええ。そうだった。じゃあ、もうすこし、つきあってくれる?」

 生徒会室を出ていくシオン先輩のあとを、なにも言わずに、ロックがついていく。

「ヒヒヒ……さあて、いつまでだんまりだ? 

 ゴーナがそう言って、生徒会室のまんなかで力なくただよっているレーコさんの前に飛んでいく。

「次にその呼び方をしてみろ」

 レーコさんがぎろりとゴーナをにらむ。

「ヒヒヒ……場をなごますためのジョークだよ。もうしない」

 大きくのびをして、ゴーナはレーコさんのとなりで体育座りをする。

「ようやく、岬けの悲願ってやつが、かなうのかねえ」

「……おまえが、そんなことを言うなんて思わなかった」

「ヒヒヒ……場をなごますためのジョークだよ」

 岬けによって、戦いに送りこまれた『器』。

 その失敗作のふたりは、しばらく無言でぼけーっと宙に浮かんでいた。

「でもさあ、わたしだって、優依くんをたすけたかったよ。これは、本当」

「岬けの悲願よりも?」

「当然だよ。そんなものより、勝手に『器』にされて、勝手に依童としてささげられる子を、たすけることのほうが、大切に決まっている」

 レーコさんは力なく、笑った。

「そうだ。わたしたちは死神として存在してきた中で、そう結論づけた。だけど、守れなかった。だったら、もう……」

「ンンンン……どうにも、様子がおかしいですなあ」

 ずっと窓の外をながめていたイッペンさんが、わざとらしくまゆをひそめる。

「穴はたしかにあいていますが、まだお嬢様が溶けきっていませんなあ。これでは……まだ、たすけれらてしまうかもしれませんなあ」

 そこでイッペンさんは、ふたりのほうをふりむいて、ふしぎな笑顔を浮かべた。

「……どういうつもりだ」

「今回のお嬢様は、たしかに成功作でした。ですが、あまりに完成されすぎています。激しく抵抗して、穴を破壊してしまうことも、ありうるのです。そうなれば、お嬢様もろとも、穴はふさがってしまうでしょう。再び穴をうがつことにすら、気の遠くなる年月が必要になるでしょうなあ」

 レーコさんは、あきれたようにイッペンさんを見る。

「あいかわらず、遠回りな言い方しかできないんだな」

「ンンンン! なんのことやら!」

「なにか考えはあるの?」

 ゴーナに聞かれても、イッペンさんの調子は変わらない。

「さあて、どうですかなあ。最低限必要になるのは、七人の死神……でしょうなあ」

 うなずきあい、レーコさんとゴーナはイッペンさんを両脇からつかまえて、生徒会室を出ていく。

 昇降口は大混乱になっていた。

 校庭にいきなり現れた黒い穴。

 それを直接見ようと、生徒たちが教室からあふれてきていたのだ。

 それを止めようと、先生たちが総出でドアの前に立ちふさがり、だれも外に出さないようにふんばっていた。

「どうすんだよー! これじゃあ優依をたすけになんて行けないぞ!」

 美砂ちゃんがおおごえをあげる。

「死神はおかまいなしに出られるが……はっきり言って分が悪い。霊体のおれたちがあの穴にふれれば、それで終わりだ」

 宙に浮かんでいるニアさんのからだも、どんどん焼け焦げていく。

「死神は全員、それぞれの死神つきと行動をともにしろ!」

 レーコさんのひとこえ。

 それで死神たちはみんなはっとして、言われたとおりに死神つきのもとへと飛んでいく。

「みんな、ちょっと集まってもらえるかな」

 先生たちの目が届かないげた箱の裏で、蒼馬先輩が声をあげる。

 その頭の上にはゴーナが浮かんでいて、みんなはそれを目印に集まる。

「七人の死神は、七人であることで儀式を成り立たせている。『七人』という数自体が、この儀式のための重要なポイントなんだ。だったら、ぼくたち死神つきにも、同じことが言えるはずだ」

 蒼馬先輩はポケットから、白くなった『シノカ』をとりだした。

「ぼくの『シノカ』は失効しているけど……それでも『シノカ』であることに変わりはない」

 それを聞いて、みんなが『シノカ』をとりだし、六枚の『シノカ』で円をえがくように手を突き出す。

「七人になるには、ここに、優依くんが必要だ。儀式は『七人』に人数を固定しようとする。だったら、死神七人、死神つき六人。みんなで優依くんをよびもどす!」

「いや、優依先輩をたすけることは大賛成なんすけどね?」

 広人くんが、軽い調子だけど、冷静な目つきで、疑問を口にする。

「よびもどすって、具体的にはどうりゃいいんすか?」

「そうなんだよ……そこが、どうしてもたりない……」

「なんだよ蒼馬! そこはちゃんと考えとけよー!」

「美砂ちゃん、落ち着いて……あっ!」

 緑ちゃんが、今にも蒼馬先輩にキックしそうな勢いの美砂ちゃんをおさえながら、なにかに気づく。

「そうだ、美砂ちゃん! あのときの戦いの清算を、まだ優依ちゃんとやってなかったでしょ?」

「うげー、今そんなことを思い出させるなよー。いいじゃんかー、優依が言ってこなかったんだからさー」

 蒼馬先輩が、一気に身を乗り出す。

「美砂くん! 優依くんに、まだ渡していない『縁』があるんだね?」

「そうだと思うけど、なんでいまさら、そんなことを責められなきゃならないんだよー」

「責めるものか! きみは最高だ!」

 興奮した様子の蒼馬先輩を、ドン引きした目で見る美砂ちゃん。

「とにかく、外に出ることが必要だ。みんな、どんな手を使ってでも、校庭に集合するように」

 そう言ってかけだす蒼馬先輩。

 渡り廊下から外に出て、ぐるっと回って校庭に向かっていく。

 そう。ミサキ小学校は、校舎がとんでもなく大きいわりに、生徒数は少ない。

 つまり、そのぶん先生の数も少なく、見張りに出られる先生の数にも、かぎりがある。

「先生がた、すみませんが、生徒会長権限で、外に出させてもらえませんか?」

 シオン先輩が、堂々と昇降口から外に出ようとする。

「なにを言っているんだ。生徒会長権限なんてものはないでしょう。飯田さんもはやく教室にもどりなさい」

 ガーン! とショックを受けている様子のシオン先輩。

 そこに現れた広人くんが、肩をからませながらはなれた場所へつれていく。

「ウーイ! シオン先輩、ごあんなーい! ヒィアウィゴ!」

「や、やめなさい! 広人さん!」

 1年生と2年生の教室がある廊下に向かうふたり。

 あき教室はいっぱいあるから、そのどこかから外に出るつもりなのだ。

「緑! 怜央! あたしたちも行くぞ!」

 うおおおお! とさけびながら、ダッシュしていく美砂ちゃん。

「美砂ちゃん! 目立たないように!」

 怜央くんの手をとって、心配しながらあとを追いかける緑ちゃん。

「全員、無事にそろったようだね」

 校庭の木のかげになっている場所で、蒼馬先輩が集まった六人の死神つきたちを見わたす。

「美砂くん、きみにはすこし、危険なことをたのむことになる。やってくれるかい?」

「優依をたすけるためなら、どーんとこいだ!」

 よし、とうなずき、蒼馬先輩は『シノカ』をとりだす。

「みんなも、『シノカ』を」

 言われる前に、みんな自分から『シノカ』を手に持っていた。

「それと、死神のみんなは……」

「だいじょうぶよ。全員、そろっています」

 シオン先輩が、死神を見ることができない蒼馬先輩にかわって確認する。

「では、美砂くん。きみは、その『シノカ』を、反応するまでこの穴に近づけてもらいたい」

「穴にって……それで『シノカ』が反応するのか?」

「この穴は今、優依くんそのものと言ってもいい……と思う。優依くんのからだ自体が、『シノカ』としての機能を持っていたんだから、この穴もまた、『優依くんのシノカ』としての機能を持っているはずだ」

「正解だ」

 レーコさんがそう言うと、蒼馬先輩以外の全員が、はっとレーコさんのほうを向いた。

 蒼馬先輩はみんなの反応に気づいたみたいだけど、気にせず自分の考えを話していく。

「美砂くんの『シノカ』から、優依くんの『シノカ』に『縁』が移動すれば、それがここから穴の中に通じるパス……わかりやすく言うと、命づなのようなものになるはずだ。それをたどって、優依くんがもどってくることができる……かもしれない」

「って! 『かもしれない』かよ!」

「すまない。確証はないんだ」

「いや、正解だ」

 また、レーコさん。

「ただ、そこにたりないとすれば、優依を連れもどすためのレスキュー隊員……だな」

「レーコさん、まさか……」

「グワハハハハ!」

 緑ちゃんの言葉に、悪役みたいに笑ってこたえるレーコさん。

「ありがとな、みんな。優依は絶対に、わたしが守る。必ず、つれて帰ってくる」

「なんだかよくわかんないけど、『シノカ』をタッチできればいいんだろ? やーって、やるよ!」

 猛然と穴のほうへと突き進み、『シノカ』をふりかざす美砂ちゃん。

 ピッ! と音がして、美砂ちゃんの『シノカ』から『縁』がわたしに向かって流れこんでくる。

 レーコさんは、その流れをたよりに、穴の中に飛びこんだ。

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