岬ケ……ン……イ条……『……………………』

「聞くな! 優依!」

 レーコさんが、いきなりそう声をあげて、蒼馬先輩を張り倒そうと飛びかかる。

 だけどレーコさんのからだは、蒼馬先輩をすりぬけて、なんのダメージもあたえることができない。

「ンンンン……いけませんなあ、お嬢様。お嬢様への教育は、わたくしめがすましておきました。どうぞ安心して、そのときをおまちください」

 わたしは……なんだかうまく、頭が働かない。

 ちゃんと考えることはできているし、蒼馬先輩の話も聞こえているんだけど、まるで自分のからだを上からながめているみたいに、現実感がどんどんなくなっていく。

 ただこの場で、流れに身を任せているだけ……それが悪いこととも思えなくて、まあいいか、とぼんやりしていく。

 イッペンさんとレーコさんが、なにかを言い合っているのはわかるんだけど、話の内容はまるで頭に入ってこなかった。

「優依? 優依! しっかりしろ! 持っていかれるな!」

 レーコさんが、わたしの肩を激しくゆらす。

 うるさいなあ……もう。

 パン!

 わたしの手が、勝手にわたしをつかんでいたレーコさんの手を、払いのけていた。

 えっ? と思ったけど、そんなことも、もうどうでもいいか、となってしまう。

「優依……!」

 がくぜんとした顔で、わたしを見下ろすレーコさん。

 わたしはその顔を見上げることもなく、ただ床にへたりこんでいた。

「フルチャージされた『シノカ』に移動した、超過したぶんの『縁』が消失すると言ったけど、これは正確じゃなかった」

 蒼馬先輩の推理はつづく。

 そうそう。そうして話していてくれればいいんだよ。

「超過したぶんの……あふれた『縁』は、それをためておくための器に、どんどんたまっていく」

 からだが重いのに、いやな感じはしない。

 大きなエネルギーが、からだの中に静かにたまっているみたいだった。

「ぼくが最初に、この戦いが『出来レース』だと言ったのは、このためだ。つまり、あふれた『縁』をためておくための『器』が、死神つきとして戦いに参加していた。これでは、どうやっても『器』に勝つなんてことはできない」

 みんなが、わたしを見ていた。

 そうだね。

 あふれた『縁』が自動的にたまっていくなんていうズルをされたら、どれだけ『縁』を巻き上げようと脱落させることはできない。

 だって、このからだには、最初に1縁もチャージされていなかった。

 なのに、このからだは『シノカ』として機能した。

『縁』がつきても脱落せず、ほうっておいても『縁』がチャージされていく。

 岬ケ……ン……イ条……『……………………』

 ミ……カク……第……ウ『……………………』

 ウウウウウウウ…………『……………………』

 頭の中でわけのわからない言葉が回り続けていた。

 いや、今のわたしには、それがすべて理解できる。

 わからないけど。

 理解できる。

「岬けは、昔から、この『器』を送りこんでいたのだと思う。だけど、そうなんども送りこめたわけじゃない。それに、そのほとんどは失敗だった」

 だけど、わたしはちがう。

 わたしは成功だ。

「そして、この『器』こそ、この儀式の重要な役割。『縁』のすべてをその身にためこみ、願い事をかなえるために、その身を……ささげる」

 わたしは、目を閉じていた。

 まぶたが重くて、しかたがない。

 だけど、この生徒会室でなにが起きているのかは、よく見えていた。

 夢を見ながら目覚めているみたいに、わたしはどんどんぼんやりしていく。

「ンンンン! いよいよ! 完成が近い! ですなあ!」

「優依ちゃん? どうしたの? ねえ……」

 緑ちゃんが心配そうに、わたしをゆすった。

 だいじょうぶだよ。目は閉じてるけど、ちゃんと見えてるから。

 もうなにも話せないくらい、からだが重いだけだから……。

「蒼馬、どうしてその推理にいたったんです?」

 シオン先輩がわたしを不安げに見ながら、蒼馬先輩にたずねる。

「会長のおかげですよ。最初の日、ロックが優依くんをおそい、それをレーコさんが撃退した。このときの『縁』の移動は、死神同士のなぐりあいという戦いとして、40縁以上は移動しなければおかしい。長く戦って、そのあたりの金銭感覚は身についていきましたからね。だけど会長から『縁』を受け取った優依くんの『シノカ』は、通常どおりの反応しか示さなかった」

 怜央くんに『縁』を渡したとき、八百長じゃんけん一回で、10縁の移動だった。

 それを三回くりかえしたら、怜央くんの『シノカ』からは、いつもとはちがう、ぴろん! という音が鳴った。

 それが、フルチャージのサイン。

 だけどシオン先輩から『縁』を受け取ったこのからだは、いつもどおりの、ピッ、という音しか鳴らなかった。

「加えて、優依くんは『シノカ」を持っていないのに、『シノカ』の機能を、自分のからだであつかうことができた。どうやら優依くんは、この戦いのジョーカーらしい……ということから、あとは足と頭で推理を進めたんです」

 蒼馬先輩は、あのあとも旧校舎に出入りしていたみたいだし、ひょっとしたら以前に岬けのお屋敷にしのびこんでいたのかもしれない。

 資料は、残されている。

 今のわたしには、それがわかる。

「優依くんは、おそらく、『器』として完全な成功作だった」

 そう。

 この身は、この世すべての願いをかなえるために。

「さあ、話はここまでだ。岬優依を安全な場所に移動させなければならない」

 ニアさんがそう言って、へたりこんでいるわたしの肩をつかんだ。

「わたしも今回はニアに同意。蒼馬くんの推理、お見事だったよ」

 ゴーナも、ニアさんとは反対側のわたしの肩を持って、立ち上がらせようとする。

「ンンンン……いけません。いけませんなあ。おふたりとも」

 イッペンさんが、にんまりと笑ってふたりの前に立ちふさがる。

「お嬢様は、今まさに、完成をむかえようとしているのです。これこそ岬けの悲願。それがこれより果たされるというのに、じゃまは……ゆるされません」

「ヒヒヒ……たいした忠臣ぶりだねえ。わたしが言っても聞く耳持たずかな?」

「無論です。わたくしは岬けのお嬢様にお仕えする身。あなたはそれにあてはまりません」

「そうだろうねえ。わたしは、失敗作だから」

 わたしより前に、『器』として戦いに参加し、勝ち残り、死神となった……ゴーナ。

 その記録も、手にとるようにわかる。

 だけどゴーナは、岬けの悲願を果たすことはできなかった。

 今こうして死神として存在している時点で、それは明らかだ。

 わたしはちがう。

 わたしならできる。

 ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり

 ふるへ ゆらゆらと ふるへ

「優依ちゃん!?」

「優依!」

「まて! 優依!」

 わたしをよぶ声がしたけど……全然気にならない。

 だれかがわたしをつかまえようと、しがみついてくる。

 わたしは的確な位置に肘鉄を入れて、ふらふらと歩いていき……窓から飛び降りた。

 校庭に着地する。黒い穴から広がったもやのようなものがクッションになり、痛みもしびれもない。

 わたしは、黒い穴の中心へと、ずぶずぶと穴に沈みながら、進んでいく。

「優依ーーーー!」

 レーコさんの悲鳴が聞こえた……ような気がした。

 だけどそのときにはもう、わたしのからだは頭の先まで、穴の中に沈んでいた。

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