岬け家訓第108条『願いは弱さにかなわない』
「というわけで、わたしがミサキ小学校生徒会会長、6年1組出席番号1番、
どういうわけなのか……というと、今はお昼休み。わたしと緑ちゃんはまたあのあき教室にやってきていた。
そこで待ち受けていたのが、朝の優等生……生徒会長のシオン先輩だった、というわけなのです。
あき教室には「死神」も三人そろって、たがいにむすっとにらみをきかせあっていた。
うわー、このムードで午前中ずっとそのままだったのか……レーコさんヨルさんも4年1組にはもどってこなかったので、いちばん不機嫌そうなロックを見張っていたのだろう。
「このミサキ小学校には、昔から死神がついているんです」
シオン先輩は円をえがくようにならべられた机のひとつに腰かけている。緑ちゃんはその左にふたつとなりの席に。
わたしはとりあえず、突っ立っていた。
「それで、死神は1年生から6年生までの生徒ひとりずつに、とりつくの」
緑ちゃんがシオン先輩にかわって言うと、シオン先輩はぴくりとまゆを震わせる。
「緑さん? 今はわたしが優依さんに説明をしているのですけど」
「わわっ、ごめんなさい! でも優依ちゃんをおどろかそうとしても、あんまり効果はないと思いますよ……」
「そのようですね……」
のほほんと突っ立っているわたしを見て、シオン先輩がためいきをつく。
あっ、そうか。シオン先輩はどうやらわたしをびっくりさせるつもりだったらしい。
まあしかし、きのうから今日まで、いろいろなことがあったおかげか、いまさら死神の話を出されてもおどろいたりはしないのもそのとおりなんだけど。
「死神は学年にひとりずつ。合わせて六人。ですが、これは四十年前からはじまった、ミサキ小学校の歴史からすれば、ひじょうに新しい取り決めなのです」
四十年前……当然、わたしも緑ちゃんもシオン先輩も生まれてすらいないくらい昔。
だけどそれをついこのあいだのことのように話すシオン先輩は、きっとこの小学校の歴史にほこりを持っているのだろう。
「四十年以上前には、死神は七人いたんです。とりつくひともばらばらで、決まっていたことはたったひとつ」
「戦って、勝ち残れ」
シオン先輩の後ろでぷかぷかと宙に浮いていたロックが、淡々とそうつぶやいた。
「戦い……ヨルルン、それって、いったい……」
「戦いは戦いだよ」
緑ちゃんの肩のあたりに浮いているヨルさんがつまらなそうに口を開く。
「なんでもいい。じゃんけんでも、鬼ごっこでも、ドッジボールでも……なんなら、なぐりあいでも」
「そこで必要になるのが、これです」
シオン先輩はシャツの胸ポケットから、黒いカードをとりだした。
「『死神のカード』。略して『シノカ』」
緑ちゃんがこのあき教室のドアを開けるときに使ったものだ。
けどその略しかた、おもしろいけどなんかぶっそうじゃない……?
「『シノカ』には一枚ずつに決まった量のエネルギーがチャージされています。戦いに勝ったひとは、負けたひとの『シノカ』からチャージをうばうことができるのです」
「あっ、それでチャージがゼロになったひとから、脱落するんですね」
緑ちゃんの言葉にまたシオン先輩がぴくりとまゆを動かした。
「緑さん……?」
「わわっ、ごめんなさい」
今度こそ緑ちゃんは反省したようにイスの上で小さくなる。
「まあ、いいです。緑さんの言ったとおり、『シノカ』のチャージがゼロになったひとは戦いから脱落します。そして最後に勝ち残ったひとりが……」
ひとりが……ん? やな予感……。
「どんな願い事でもかなえてもらえるのです」
「またまたあ」
緑ちゃんが笑って後ろをふりかえる。
「緑。これはマジ」
ふりかえった先のヨルさんは、真剣な顔をしてそう言った。
「考えてもみろ。七人の死神のエネルギーを一枚のカードに集めたら、奇跡が起きてもふしぎじゃない」
「そうかもしれないけど……」
「そうなんです。そしてこの戦いを行うには、必ず七人が必要。二十年間行われていなかった戦いをはじめる条件が、今日、そろったのです」
「戦い……」
不安そうにヨルさんを見つめる緑ちゃん。
わたしはそこで、おおごえを張り上げた。
「岬け家訓第2条! 『けんかはやめとけお腹がすくぞ』!」
シオン先輩がびっくりしてイスから飛び上がりそうになる。が、そんなことにかまっていられない。
「わたしは戦いません」
「優依さん……?」
いきなりの家訓にまだ目をしろくろさせているシオン先輩に、たたみかけるようにわたしは言う。
「岬け家訓第108条『願いは弱さにかなわない』」
今度は声のボリュームを落としたけど、シオン先輩はまたびくりと身を震わせた。
「願い事なら、自分の力でかなえます。それに……」
わたしは緑ちゃんとヨルさんを見て、はっきりと言う。
「ともだちが、困ってます」
「優依ちゃん……」
すこしだけ不安がやわらいだ緑ちゃんの顔を見て、わたしはにっこり笑う。
「……ええ。いいでしょう。あなたのスタンスに口だしする権限はわたしにはありません。だけど、あなたはもう、戦いにまきこまれていますよ?」
シオン先輩は立ち上がると、わたしのところまで歩いて、手に持った「シノカ」をわたしのからだにかざした。
ピッ、と音がした。
「はい。朝に起こった、わたしの死神のロックと、あなたの死神のレーコさんとの戦いの『清算』です。あなたの『シノカ』にわたしの『シノカ』からチャージを渡しました」
えっ? わたしはきょとんとシオン先輩の持っている『シノカ』を見る。
「わたし、『シノカ』なんて持ってませんよ?」
「……え? で、でも、たしかにチャージの受け渡しはできています。ポケットに入れたまま忘れているんじゃないんですか?」
「優依。おまえには『シノカ』なんていう小道具は必要ないってことだよ」
レーコさんがつかれた顔でそう言うと、シオン先輩がさーっと青ざめた。
「ま、まさか、優依さん自体が……」
「シオン」
レーコさんが低くうなるようにシオン先輩をにらむ。
「なぜだか戦いにくわしいみたいだけど、あまり口をはさまないほうがいい。優依にはわたしがついている」
「だいじょうぶ……なんでしょうね……?」
シオン先輩はわたしを気遣うようにやさしく見下ろす。
なんだかよくわからないけど、心配してくれているらしいことはわかった。
堅苦しくてとっつきにくいひとかと思ったけど、案外いいひとなのかもしれない。
「まあまあシオン先輩。レーコさんはこんなんですけどたよりになるひとだと思います」
「会って一日でよくそんなこと言えるな……」
むっ、せっかくわたしがフォローしてあげようと思ったのに、あきれられるとは心外だ。
「まあ、いいでしょう。ですが、いいですか? 優依さんが戦わないと言っても、ほかの『死神つき』の生徒のみなさんが納得するわけではないということだけは覚えておいてください」
うーん、たしかに。
どうしてもかなえたい願いがあるひとだって、きっといるだろう。
わたしはまだ、そんなぼんやりとした考えしか浮かばなかった。
だけど次の日、自分の考えの甘さを思い知ることになる。
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