ミサキ小学校の七人!

久佐馬野景

岬け家訓第1条『別れるときも笑顔であれ』

 みさきけ家訓第1条『別れるときも笑顔であれ』。

 夏休みがはじまる前に転校することになったとき、わたしはその教えをかみしめながら、きちんとやりとげた。

 四年間同じ小学校でいっしょだったともだちとはなればなれになるのだと、最後の日には本当に泣きだしそうになってしまった。

 だがそこで、わたしは自分をふるい立たせるために家訓を読み上げた。

「岬け家訓第1条! 『別れるときも笑顔であれ』!」

 みんな、出た、いつものやつだ、と笑いだした。わたしは最後までわたしらしく、楽しい時間をすごすことができた。

 わたしの家には代々伝わる「家訓」というものがある。わたしが教えてもらった中でいちばん数が大きいのは、第150条。

 って、さすがに多すぎない? 盛ってない? と疑ったことは何回もある。

 だけどわたしに家訓を教えてくれたおとうさんをふくめ、親戚のおじさんやおばさんに「岬け家訓第○○条!」とよびかけると、きちんとわたしの知っているとおりの家訓でかえしてくる。

 でもじっさい、わたしは迷ったり困ったりしたときには、教えてもらった家訓を読み上げてどんと胸を張る。そうするとふしぎとぱあっと目の前が開けたような気分になって、まあなんとかなるか! と前向きになれるのだ。

 そしてわたしがこれから向かうのは、その家訓が生まれたという場所。

 ミサキ小学校。

 昔も昔、それこそ学校というものができはじめた時代に創立されたという、すさまじく古い歴史のある小学校だ。

 で、その小学校の創立に、岬けがかかわっていたらしい。まあ同じ名前だしね、とわたしが納得しかけると、

「いや、名前は偶然だよ」

 と、おとうさんのツッコミ。偶然なんかい。

「岬け家訓第62条『わかった気になったときこそ疑え』、だぞ」

 えー、それはじめて教えてもらったやつなんですけど……とすこしすねつつ、新しく第62条を心に書きとめておく。

 おかあさんの運転する車の後ろの席でわたしのとなりに座っているおとうさんは、岬けとミサキ小学校のあれやこれやについてにこにこと話していた。

 おとうさんは生まれつき視力が弱くて、自動車の免許もとれないらしい。

 わたしが一度試しにかけてみたら、げんこつを食らったみたいな頭痛がしたくらい度の強い眼鏡をかけていれば、ふだんの生活には問題はないみたいだけど、車の運転は危なくてできない。

 これはどうもうちの家系らしく、おとうさんほどのひとはいなくても、親戚のひとたちはたいてい目が悪い。

 だからわたしが眼鏡もコンタクトもしていないことを、いつもすごくよろこばれる。

 岬け、期待のホシというやつなのです。そのためにも家訓はきちんと覚えないとね。

 でもふしぎなことに、家訓はいつもいちど聞いたらまず忘れることがない。まるでパズルのピースがきちんとはまるように、家訓は第何条というのもふくめて完璧に暗記できる。

 これが学校の勉強にもいかせたらいいのに……とわたしは家訓だけに発揮される才能に、なんともいえない感情をいだいているのだった。

 暗記系、あんまり得意じゃないんだよね……。

 なんで家訓だけはこうもしっかり覚えられるんだろう?

「おとうさん、あれ?」

 運転席のおかあさんがハンドルから片手をはなして前を指さす。

「そうそう。一発でわかるだろ?」

 車の進む道の先には、行き止まりとばかりに巨大な校舎が待ち受けていた。三階建てで、横幅もたっぷり。というか、野球とサッカーが同時にそれぞれ二試合くらいできそうな校庭よりも、校舎のほうが広くない?

 そしてやっぱり、すさまじく古い。

「うわー、木造の学校なんてはじめて見たよ……」

「ははは、あれでも新校舎だぞ」

 げ、マジで? いつの時代から見た「新」なんだ……。

 と、目の前のミサキ小学校はわたしが転校する学校で、岬けが引っ越す家では当然ない。

 なのでおかあさんはミサキ小学校をぐるりとまわるように車を走らせ、校舎の裏手にある、校舎など足もとにもおよばない古いお屋敷の庭に車をとめた。

 お屋敷、とよぶのがたしかにしっくりくる。社会の教科書で見たことがあるような洋風なんだけど歴史を感じるつくり。

 ただあまりに古いのと、あまりきちんと手入れをされていないせいで、上品な感じよりぶきみな感じのほうがはるかに強い。

 車からおりて、大きく息を吸うと、古いというより、森のようなにおいがした。

 なるほど、これを見ればあの校舎を「新校舎」とよびたくなるのもわかる。

「よし、引っ越し屋さんはもうきてるな。じゃあ優依ゆい、ようこそ! ここが岬けの旧家だ。まずは……掃除だな!」

 ミサキ小学校の裏手にどんと構える岬けのお屋敷。

 今まではおじいちゃんが管理していたんだけど、からだを悪くして入院することになり、今後のことをいろいろと親戚のあいだで相談した結果、おとうさんがうつり住んで管理することに決まった。

 なにやら遺産だとか相続だとか不動産だとか、わたしには聞かせられない話もいろいろあったみたいだけど……さいわいはじめから骨肉の争いというやつになるような親戚関係ではなかったので、みんなにこにこしながら話はまとまったみたいだった。

 さてさて、じつはわたしはこれでも、このお屋敷にかなり興味津々だった。

 ここが岬けのはじまった場所。

 家訓がだいだい刻まれてきた場所。

 そうなればわたしも、みょうにテンションあがってしまってもしかたがないことなのである。

 さあ、目の前にはおそろしく古いお屋敷。

 その前に仁王立ちするわたし。

 なにをするか? ははーん、聞くまでもないでしょう!

「岬け家訓第27条! 『いつでも鋼の冒険心』!」

 冒険、探検、探索!

 では、いざ!

 わたしはほこりの舞うお屋敷の中に、猛然とつっこんだ。

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