第二話 人魚のアクセサリー作家
人魚のうろこは、背伸びをしない等身大のあなたを支えてくれる。
思春期の、少女から女性へと移り変わる頃に自然と抜け落ちる人魚のうろこがいちばん繊細でうつくしい。
とは言うものの、
うろこは色も透け感も硬さも人魚それぞれだ。青、ピンク、緑、黄色、紫。一言では言い表せない複雑な色をもつそれを加工してアクセサリーに仕上げるのが私の仕事だ。
人魚のうろこは高価で繊細なのだけれど、ていねいに、こころを込めて扱えば必ずそれに応えてくれる。まるでうろこそのものに人魚のこころが宿っているかのように。
胸元をさりげなく飾るネックレスは男性から女性への贈り物に人気で、女性が友人へのプレゼントに、または自分へのご褒美に贈るものはイヤーアクセサリーが人気だ。
世間ではおおぶりのアクセサリーが流行っているけれど、人魚のうろこと言えば、スパンコール状に小さく切り出したうろこを
私は、自分と同じ年代か少し若い人魚のうろこがいちばんその人の良さを引き立てると思っている。人生の喜びとか悲しみが
私のアクセサリーを購入してくれるお客様は独身の二十代前半から三十代前半の方が多いから、私が仕入れるうろこの多くは思春期から三十歳にかけて抜け落ちたものだ。
人魚のうろこを使ったアクセサリーは、原料や専用の道具代、加工の手間を考えるとどうしても五桁以上の値段がする。独身の二十代前半から三十代前半の女性なんて、人生でいちばん自分のためにお金をかけられる時期だ。だから個人で取引している職人の客層はどこも同じようなものだ。もっと年を重ねたおばさま方は、由緒ある家系の人魚のうろこだけを扱った、ブランドものを買い求める傾向が強い。
それはまったく悪いことではないのだけれど、もったいないなと私は思う。確かに育ちの良い人魚のうろこのきらめきは一度知ったら病み付きになるかもしれない。けど、ごくふつうの生まれの人魚のうろこが見劣りするなんてことは絶対に無い。むしろ、あなたの優しいお顔立ちには、こちらのほうがあっていますよ、なんて言いたくなる時もある。『ブランド』に惹かれるお客様にそんなことを言うのは喧嘩を売っているようなものなので、言ったことはないけれど。
今回私の工房に足を運んでくれたのは、品のある初老のご夫婦だった。ご夫婦は子供が出来にくく、紆余曲折を経てようやっと生まれてくれた可愛いひとり娘の成人祝いにネックレスを贈りたいのだという。
「四月から社会人になるから、会社にも着けていけるようなものがいいかな」
だったらこれは
デザイン画と実際に使用するうろこを見せると、お母さまは一目で気に入って下さった。こういう時の主導権はだいたい妻にある。お父さまはお前がそこまで言うならと、苦笑交じりにお母さまの選択に便乗した。
繊細な形も綺麗に抜き出せる、日本製の
優しく木槌を降ろし続けていると、ある時するん、とうろこが抜型どおりに抜ける。これを十枚ほどつくって、海の
丸一日かけてペンダントは完成した。製作はほとんど休みを入れないぶっ通しの作業が多いから、いつも体のあちこちが痛くなる。けれど、作品を完成させた充足感は何ものにも代えがたい。
ペンダントトップをチェーンに繋げて目の前にかざしてみると、うろこが複雑に色を変えてしゃらしゃらと揺れた。
このうつくしいうろこが物足りなくなる頃、娘さんはどんな女性に育っているのだろうか。
出来れば若さに
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