第Ⅵ章 偽りの船影(4)
――カン! カン! カン! カン…! と、遠くで響く早鐘の音……。
さて、船室の奥深くでマリアンネがそうこうする内に、レヴィアタン号自体は全速力で真っ直ぐに波間を進み、満月の蒼白い光の下、宵闇の中でも城砦の様子がよくわかる位置にまで接近していた。
ここまで来るとさすがに向こうも気づいたらしく、不審船の急速接近に警報の鐘を打ち鳴らす音が海風に乗って聞こえてくる。
「お頭~っ! そろそろカノン砲の有効射程距離ネ~っ!」
「よし。リュカ、カノン砲発射!」
再びのマストの上からの露華の報告に、マルクはやはり椅子から立ち上がることもなく、短い言葉で淡々とリュカに合図を送る。
「おおともよ! 前から一度、あの要塞に鉄の弾ぶち込んでやりてえと思ってたんだ……」
その合図を受け、凶悪な笑みを浮かべたリュカはマリアンネの〝ライター〟を使い、火門に刺した導火線の役割をする〝火薬入り羽ペン〟に火を点ける。
瞬間、ドンっ…! という夜気を震わす重低音に続いてヒュゥゥゥゥ~…と笛を吹き鳴らすような小気味良い風切音が聞こえ……。
直後、放たれたその弾は海岸すれすれにそそり立つ石造りの城壁へと見事着弾し、落雷したかの如き激しい轟音を伴いながら、分厚く強固なその城の盾を木っ端微塵に粉砕した。
カミソリ一枚通すことなく積み上げられた石壁を貫き、その前面を広範囲に渡って破壊すると、内部に作られた空間施設を無惨にも露わにする。
普通の砲弾では…いや、たとえ悪魔の力を宿したものであっても稀に見るその破壊力……。
それは、その砲弾にソロモン王の72柱の悪魔の内、序列45番、要塞を破壊する〝獅子頭王ヴィネ〟の魔力が宿されているからである。
「…ゴホゴホゴホ……な、なんの騒ぎだあ?」
「こんな真夜中に…ゴホゴホ……す、睡眠妨害だぞ!」
「ち、チキショー! う、訴えてやる…っウェっホっゴホゴホゴホゴホ…」
ガラガラ…と石材や漆喰が崩れ落ち、もうもうと土埃の巻き上がる中、どこか聞き憶えのある品のない声が聞こえる……。
夜風に吹かれて煙が薄れ、徐々に視界が開けてくると、そこにいたのは錆びた鉄格子を背に咽かえるヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスのチンピラ三人組だった。
偶然にもヴィネの砲弾によって破壊されたのは、彼らダック一味の囚われていたオクサマ要塞の牢獄区画であったらしい。
「…ゴホゴホゴホ……お、おい、ちょっと待てよ? なんか、壁がなくなってるぞ?」
「ほ、ホントだ! おい、これって逃げるチャンスじゃねえのか?」
「きっと、善良な俺達のことを助けようという神さまの思し召しだ。よし! そうとわかりゃあ善は急げだ。くるりんぱ…っと」
突然、寝ているところを砲撃によって叩き起こされ、訳もわからぬまま喚き立てる三人だったが、ようやく牢獄の壁が崩れ去っていることを認識すると、帽子を拾ってかぶるリューフェスを先頭に一目散でその場から走り出す。
「ヘヘヘ、見たか俺達の悪運の強さを~っ!」
「今日はこのくらいで勘弁してやら~っ!」
「憶えてろよ~っ! 今度会ったら訴えてやる~っ!」
そして、実はもう少しで牢獄もろとも木っ端微塵になりかけていたことを知る由もなく、蒼い月明かりの輝く夜空の下、身の程知らずな捨て台詞を叫びながら、狭く足場の悪い岸壁の海岸を大慌てで逃げ去って行った――。
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