第Ⅳ章 賊たちの宴

第Ⅳ章 賊たちの宴(1)

 エルドラニア王国・ガウディールの港を出航してから三週間後の夜のこと……。


「――皆さん、今宵はようこそおこしくださいました。大したおもてなしもできませんが、どうぞゆっくりしていってください」


 新天地におけるエルドラニア最初の植民地・エルドラーニャ島の北に浮かぶトリニティーガー島……


 現在、海賊達の巣窟と化しているこの島の港に停泊するレヴィアタン・デル・パライソ号の上甲板で、用意されたテーブルの上座につくマルクが来客達に挨拶をする。


「滅多に姿を見せない〝魔術師船長マゴ・カピタン〟さまが、パーティーにご招待とはいったいどういう風の吹き回しだ?」


 大きな長机の正面奥に座るマルクの左手側、一番端の席に腰かけた小太りの男が、招かれた者すべてが抱いているその疑問をまずは口にする。


 濃い緑色をしたビロードのプールポワンに白い襞襟を着け、首からは〝神の眼差し〟付きの数珠ロザリオを下げた、一見、エルドラニアの貴族のようにも見える中年男であるが、その上等な衣装に反して下品な空気をメタボ気味の体から漂わせている。


「しばらく見ない間にずいぶんと奇妙な格好になったね。そのお面は何かのおまじないかい?」


 続いて、そのとなりに座る全身白いリネンの衣装に身を包んだ長髪の伊達男が、自分も他人のこと言えないと思うが、マルクの不気味な鉄仮面を見て訝しげに尋ねる。


「ま、そんなところだよ。今回の計画がうまく行くようにね」


「計画? 我らをこんな所に集めて何を企んでいる? まさか、全員騙し討ちにして集めた財宝を独り占めするつもりではあるまいな?」


 伊達男に答えたマルクの言葉を拾い、今度は右手側一番端に座る商人風の男が、片メガネを指先で直しながら疑り深い眼差しをその丸いレンズ越しに向けてくる。


「やだなあ、企むだなんて人聞きの悪い。僕はあなたと違って、そんな悪どいことを考えてなんかいませんよ」


 先っちょのピンと跳ね上がった口髭を生やすその商人…というより、むしろ詐欺師に近い男の疑念に、マルクはそう答えると仮面に描かれた瞳でテーブルを囲む来客達の姿を見渡した。


 今、発言した三人からしてずいぶんと怪しげな者達であるが、残る四人の人物も負けず劣らずの異様な雰囲気を醸し出す輩である。


「………………」


 その内の右手側二番目の席。


 青いジュストコールに黒い羽根付き帽をかぶり、腰には海賊の好む湾刀〝カットラス〟ではなく、なぜか細身の直剣〝レイピア〟を下げた眼光鋭い長身の男が、じっと押し黙って椅子に腰かけると、その猛禽のような眼だけを宵闇の中に光らせていたのであるが……。


「そこもとの剣の妙技、かねてより聞き及んでおりまする! こうしてお会いしたのも何かのご縁。是非一度、手合わせをさせていただきたく…」


「ご主人さま、お気持ちはわかりますが、話がややこしくなるんで控えてくださいね」


 鋭い殺気を漂わせたその近寄りがたい客に、ドン・キホルテスが目をキラキラと輝かせながら声をかけようとするが、慌てて彼の腕を掴んだサウロが笑顔で静かに嗜める。


「おい、てめえ、さっきからなにガンつけてんだコラ」


「ああん? てめえこそ誰にイチャモンつけてんだコラ」


 また、その右どなりに座る黒髪をリーゼント&ポンパドールにバッチリ固めた素行の悪そうな男は、正面に立っていたリュカに因縁をつけ、睨み返す彼と何やら揉め事を起こしている。


 素行の悪さならリュカも他人のこと言えないが、背に赤いドラゴンを刺繍した黒い提督風ジュストコールを素肌の上から羽織り、その肩には大きな鉄製メイス(※柄頭付き棍棒)を威嚇するようにして担ぐといった、もう完全にヤンキーなバッドボーイだ。


「ちょ、ちょっとやめなよ、リュカちゃん。話をブチ壊す気?」


「おお! ユーはかの有名な〝錬金処女〟だね。ぜひ今度、うちの船にも遊びにおいでよ。君のような美少女にはお似合いのカワイイお洋服やおいしいお菓子もたくさんあるからさあ」


 そんなヤンキー客と一触即発になる仲間を注意するマリアンネだったが、すると左手側三番目に座る口髭の髭剃り跡も青々とした、黒髪オカッパ頭に不気味なほど色白の肌を持つ怪しげな男が、彼女をイヤらしい目つきで見つめながら妙に馴れ馴れしく声をかけてくる。


 その身には銀色に輝くカラビニエールアーマー(※キュイラッサーアーマーのより軽量型)を纏っており、一見、キホルテスのような騎士に見えなくもないが、その眼差しや言葉遣いがどこか気色の悪いものを醸し出している。


「ひっ…! さ、サウロちゃん……」


「ああ、ユーの方は〝歩く武器庫〟くんだね? うん。噂通りカワイイ顔をしてる……君も一緒に遊びに来るといい」


 全身を舐め回すような不気味な視線に怖気を感じ、傍らのサウロにしがみついて助けを求めるマリアンネであるが、すると今度はサウロの方へとその眼差しを移し、またも意味深な言葉を口に自らの船へ招待してくる。


「え、ええ…もしも万が一、そんな機会がまかり間違ってあったりなんかしましたら……」


 マリアンネ同様、その何か愛玩物でも眺めるかのような眼にはやはり危険なものを感じ、サウロは苦笑いを浮かべると、そのお誘いを遠回しながら丁重にお断りした。


「ともかくも、まずはご説明願おうか。まさか、我らをただ船上パーティーに招いたなんてことはあるまい?」


 そうして各々、問題ありまくりな連中が好き勝手な発言をしている中、最後に残った一人、マルクと反対のテーブル端正面に座る赤いアングラント風ジュストコールを着た男が、この混沌とした場をまとめるようにその口を開いた。


 服装だけでなく、頭には白い巻き毛の鬘までかぶり、なんだかアングラントの郷紳ジェントリ(※有力農民)のような恰好をしている。


 招待された客達は全員、その格好もてんでバラバラで珍妙ならば、その言動も粗野で行儀悪い者ばかりであるが、それもこの面子ならば無理からぬことである。


 なにせ、彼らはこのトリニティーガー島を根城とする名だたる海賊の船長達なのだ。

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