第206話 心臓の音

 ソフィアと超至近距離で目が合ったかと思うと、唇に柔らかい何かが触れ、その直後にガチッと歯に何かがぶつかる。

 ちょっと痛い……って、これキスじゃねーかっ!

 俺のファーストキスの相手はソフィア!?

 ……いや、でも前にアタランテからキスされた……というか、口を舐められた事があるんだけど、でもちゃんと口と口でキスしたのはソフィアが初めてになるのか。

 しかし、これは父さんに頭を抑えつけられてされたから、自分の意志じゃないし……って、いったい何時まで抑えつけているんだよっ!

 ソフィアはソフィアで、俺とキスするのが嫌らしく、ぎゅっと目を閉じているし、父さんの手があるから、ずっと唇と唇が触れあったままだし……あれ?

 違う……後頭部に何も無い。でも、俺の顔が動かないぞ……って、俺の頬を抓っていたソフィアが、いつの間にか両の掌で俺の顔を挟んでいる? ……いや、そんな訳ないか。

 一先ず、力づくで顔を動かし、


「ちょ、ちょっと、父さん! 何て事をするんだっ! すまない、ソフィア。うちのバカ親父のせいで、変な事になってしまって」

「……べ、別にウチは……」


 ソフィアに深々と頭を下げたのだが、サッと顔を逸らされてしまった。

 まぁそりゃ怒るよな。

 パンツを見たなんてレベルじゃないからな。

 長々と唇と唇を重ね合わせ……って、いやマジで何て事をっ!

 ソフィアは貴族令嬢で、統治について教えてくれる先生で、おまけに未成年なのに。

 ……だけど、ソフィアの唇って柔らかかったな……じゃないっ!


「父さん。本当にちゃんとソフィアに謝れって」

「ふむ……しかし、最初こそ私が手助けしたものの、父さんはすぐに手を離したぞ?」

「いや、でも暫く俺の顔が動かなかったぜ!?」


 そう。途中でソフィアから離れようとしたのに、普通には動けなかったんだ。

 ちょっと力を込めて、ようやく動いた訳で。


「だから、それは父さんではなくてだな。ソ……」

「いやぁぁぁっ!」

「おい、ソフィアッ!?」


 唐突にソフィアが立ち上がり、部屋を出て逃げ出したっ!


「ちょっと待てって! ソフィア!」

「やだーっ! 恥ずかしいっ! おうちに帰るぅぅぅっ!」

「帰る……って、走って帰れる距離じゃねぇよっ! 本当に帰りたいのなら、ちゃんと送ってやるから、一度落ち着けって」

「やだぁぁぁっ! アンタはこっちに来ないでっ!」

「ソフィアッ!」


 全力で逃げ出したソフィアを二階の廊下の奥へ追い詰めたのだが、尚も俺から逃げようとしたのでギュッと抱きしめる。

 原因はどうあれ、キスした上に抱きしめてしまって悪いとは思うが、このまま屋敷や敷地から走り去り、王都から遠く離れたこの村で行方不明にさせる訳には行かないので、不可抗力だと許して欲しい。

 心の中でソフィアを抱きしめた事の言い訳を考えていると、


「……暫くこのままでも……いい?」

「あぁ、もちろんだ」


 落ち着く時間が欲しいらしいので、暫く動きを止める。

 ただ、こんな場所――俺の胸の中で落ち着きを取り戻そうとしなくても良いのに。

 あ、でもユーリヤも俺の胸の上で眠ったりするよな。

 確か、どこかで心臓の音に落ち着く効果があるとかって話を耳にした気がする。

 そういえば、俺も夜にジェーンの胸へ顔を埋めたら、すぐに寝てしまったよな。それと同じ……同じなのか?

 今度、ソフィアの心臓の音を聞かせてもらう……って、ダメだダメだ。

 ソフィアにそんな事をしたら、冗談抜きに跡形も無く燃やし尽くされる。

 しかし、ユーリヤを寝かしつけている時と違って、ダッシュした直後という事もあり、今の俺の心臓は随分とドキドキして鼓動が速いと自覚しているのだが、これでも落ち着く効果はあるのだろうか?


『あのー、ヘンリーさん。暫く前からのソフィアさんとのやりとりについて、あえて口を出さなかったんですが……何て言うか、もっと経験値を積みましょう』

(何が? 何の経験値だ?)

『せっかく素晴らしいシチュエーションが沢山あったのに、ヘンリーさんの内心が残念過ぎます』

(どういう事だ?)

『そういうトコですよっ!』


 むぅ……相変わらずアオイの魔法以外のアドバイスは分かり難いな。

 そんな事を考えていると、心臓の音効果のおかげか、ソフィアが俺の胸に埋めていた顔を離した。


「ごめんね。流石に初めてだったから、恥ずかしくなっちゃって」

「それは、俺も同じだよ。それより、大丈夫か? もう今日は家に帰る?」

「えっ!? だ、ダメだよ。逃げ出しちゃったウチが言うのもなんだけど、ちゃんと最後まで……ね?」

「そうか。じゃあ、行こうか」


 ソフィアはかなり責任感が強いらしく、こんな事が起こったと言うのに、ちゃんと統治の話をしてくれるらしい。

 一先ず、父さんが居るゲストルームへ戻ろうとすると、俺の腕にソフィアが抱きついてきた。

 落ち着いたとは言っていたものの、全力で走ったからか、一人で歩けない程に疲れているらしい。

 ソフィアに合わせ、ゆっくりと先程の部屋まで戻ると、先ずはソフィアを座らせ……何故か座ってからも俺の腕を離してくれないので、その隣に腰掛ける。


「さて、ソフィア。いろいろあったけど、教えてくれ。俺たちがこの村を統治するのに、先ずしなければならない事は何だ?」

「……」


 あれ? ソフィアが心ここにあらずといった様子で、うわの空になっている。


「ソフィア……おーい、ソフィアー」

「えっ!? ど、どうしたの?」

「だから、これから俺たちは何をする? って話なんだけど」

「……子作り」

「えっ!?」

「な、何度も言わせないでよっ! 子作りよ、子作りっ!」


 ソフィアが俺の顔をじっと見つめてくるが、どういう意味だろうか。

 領地を統治するのに子作りが必要? どういう事だ?

 ソフィアに解説をしてもらわないと、サッパリ分からないなと困っていると、


「なるほどっ! わかったぞ! そういう事かっ!」


 困惑する俺を余所に、父さんが何か閃いたらしく、突然立ち上がった。

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