第197話 妊娠?

 教室に向かって歩いていると、顔を真っ赤に染めたソフィアが走って来た。


「あ……アンタが持ってるそれって、もしかして……」

「ん? あぁ、ソフィアが忘れていった制服だけど」

「あぁぁぁ……へ、変な事してないでしょうねっ!?」

「変な事って?」

「匂いを嗅いだり、袖に腕を通して包み込まれているような気分に浸ったり……」

「いや、流石にそんな事はしてないけど」


 ちらりと手の中にある制服を見てみる。

 匂いか。ジェーンの胸からは甘い香りがしたけれど、ソフィアからはどのような匂いがするのだろうか。


「ほら! 今、アンタ匂いを嗅ごうとしたでしょっ!」

「し、してないってば」

「嘘よ! 異性の制服を前にしたら、一度はやってみたくなるはずだもの!」

「だから違うって。それに、匂いを嗅ぐのはともかく、袖に腕を通そうにも、ソフィアの制服に俺の腕が通ると思うか?」

「でも羽織ってみたり、抱きしめるくらいは……って、そんな事より早く返してっ! 着替えるからっ!」

「はいはい」


 ソフィアに制服を渡すと、再び訓練室の中へ入って行ったので、こっそり俺も入ろうとついて行き、


「着替えるんだから、覗かないでっ!」


 流石に怒られてしまった。

 訓練室で予想外に時間を費やしてしまったので、急いで基礎魔法コースの教室へ。

 廊下から教室の中を覗いてみるが、エリーの姿は見えない。

 今日は休みだろうかと考えていると、代表委員――金髪三つ編みで眼鏡っ子のロレッタちゃんと目が合う。

 見られてしまったのを放置すると面倒な事になりかねないので、ちょいちょいと手招きすると、小首を傾げながら廊下に出て来てくれた。


「ヘンリー君、どうしたの? もうすぐ授業が始まるから、席に着いた方が良いと思うよ?」

「いや、ちょっと訳ありでさ。暫く俺は授業に出られないんだよ」

「えぇっ!? それって、ついにエリーちゃんを妊娠させたって事? おめでとー!」

「にっ……どうしてそうなるんだよっ!」

「あれ、違うの? だって、最近エリーちゃんの様子が変だったし、今日も学校をお休みしているみたいだから、ヘンリー君の子がお腹の中に居るのかなーって思って」


 とんでもない勘違いだな。

 だけど、勝手にエリーの家の状態を言う訳にもいかないし、エリーが休みである事は分かったから、とりあえず俺が学校に居る事の口止めだけしておこうか。


「あ、もしかして……そ、そういう事なのね? だ、ダメだよ。ヘンリー君にはエリーちゃんが居るのに。エリーちゃんに怒られちゃうよー」

「何の話?」

「だって、妊娠中はエッチな事が出来ないからって、男の人が浮気しちゃうんでしょ? 私もそういう事に興味はあるけど……せめて、屋上とかトイレとか、人気の無い所にして欲しいかな」

「だから違うってば。エリーは妊娠してないし、しかもエリーに怒られると言いながら、場所を変えれば良いのかよ!」

「私はちゃんと一回断ったから。なのに、獣と化したヘンリー君が、抑えきれない欲望を私にぶちまけて……」

「おーい、ロレッタちゃーん。帰ってきてー」


 ロレッタちゃんが明後日の方向を向いたまま、一人でとんでもない事を呟いている。

 代表委員をやっている上に、三つ編みで眼鏡と、物凄く真面目そうな見た目なんだけど……妄想癖があるのか?

 もしくは、そういう事をされてみたいとか。

 俺で良ければ相手をするけど、エリーの友達という所がマズいんだよね。


『ヘンリーさん、ダメですよ。この女の子も、若気の至りで変な事を口走っているだけなんですから。本当に実行したら、確実に捕まりますよ』

(いやでも、これってある意味誘われているよね?)

『それはヘンリーさんが自分に都合良く解釈しているだけです。それに、ユーリヤちゃんを連れてそんな事をする気なんですか?』

(あ、確かに。流石にこの会話の意味は理解していないだろうけど、今はユーリヤもしっかり起きているし、絶対にダメだな)


 あまり長居すると、先生に見つかって面倒臭い事になるので、ロレッタちゃんの両腕を掴んで軽く揺すり、


「ご、強引なんですね。こんな場所でしちゃうなんて……」

「本当に違うから。それより、最初に言ったけど、俺がここに居た事は絶対に言わないで欲しいんだ。……わかった? 頼むよ?」


 何故かギュッと固く目を閉じたロレッタちゃんに念押しをして、その場から立ち去り、誰も居ない事を確認してテレポートで屋敷へと戻った。

 すると、屋敷の扉を開く前に、ユーリヤがくぃくぃと俺の手を引っ張る。


「にーに。ねーねのおなかのなかに、こどもがいるのー?」

「ち、違うぞ。ユーリヤ。あれは、あの女の子が勘違いしているだけだからね?」

「どうして、おなかのなかに、こどもがいるのー? どうやってはいるのー?」

「お腹の中に子供は居ないし、入らないんだって。ユーリヤ、さっき聞いた事は忘れようね」

「にーに。ねー、どうしてー? どうしてなのー?」


 誰かに聞かれて勘違いされると、とんでもない事をユーリヤが言い続けていたので、暫く屋敷に入れなかったのだが、庭の手入れをしていたワンダが可愛いお花を持ってきて、ユーリヤの気が逸れる。

 ユーリヤの傍での会話は、本当に気をつけようと改めて心に刻みながら、ようやく屋敷の中へ入る事が出来た。

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