第192話 父娘の挨拶

 朝目覚めると、何故かユーリヤが俺の胸の上で眠っていた。

 おそらく、ユーリヤが怖い夢でも見て、夜中に目覚めて移動したのだろう。

 今日も休日なので、ユーリヤが起きるまで待ってあげようと思ったのだが、身体に違和感がある。

 ユーリヤが俺の胸の上に居るのに、何故か両腕に何かが触れているようだ。

 温かくて、柔らかくて、規則正しく小さく動くこれは何だろうか。

 不思議に思いながら手を動かすと、


「ん……あ、御主人様。おはようございます」

「んー……すぅー」


 俺の右側にパジャマ姿のノーマが、左側にメリッサが居た。


「おはよう……じゃないよっ! どうして、ノーマとメリッサが俺のベッドで寝てるんだよっ! 自分の部屋へ戻るように言ったよね?」

「はい。ですが、あの時点で既に明け方でしたので、だったらもう朝まで御主人様のお傍に居させていただこうと思いました」

「思いました……って、思っちゃダメだから。俺も男だからね? あと、メリッサも起きて!」


 起きた上で、至近距離から俺の顔を見つめるノーマに対して、メリッサは未だに幸せそうな寝顔で眠っている。

 というか、起きたノーマは俺の手に触れる程度だけど、メリッサは俺の腕をしっかり抱き枕代わりにしていて、腕が全く動かせないのだが、


「御主人様。出来れば、少しだけそのままで居ていただけないでしょうか。メリッサが、こんなにも幸せそうに眠っているのを見るのは久しぶりなので」


 ノーマにメリッサを起こすのを止められてしまった。

 これは、昨日言っていた両親を亡くした話から来る事なのかもしれない。

 俺も十二歳から親元を離れて学生寮で暮らしているけれど、自らの意志で騎士になるべく家を出たのと、両親を失って孤児院で暮らすようになったのとでは、話が全く違う。

 孤児院がどういう場所か詳しい事は知らないけれど、今こうしてメリッサが幸せそうに寝る事が出来ているのであれば、ユーリヤが起きるくらいまでは待ってあげても良いかもしれないな。

 そう思って、俺も目を閉じた所で、


「貴方、おはよ……」

「お兄さん。朝だよ……」


 ノックも無しにアタランテとマーガレットが部屋に入ってきた。

 ユーリヤはともかく、ノーマとメリッサの姿を見つけた二人が一瞬硬直し、その直後に怒涛の問い詰めがあって……うん。身の潔白を説明するのが、物凄く大変だったよ。

 それから皆で朝食を済ませ、それぞれの過ごし方について、確認する。

 休息日として身体をのんびり休ませるニーナとジェーンに、対変態――もとい父親用の結界研究のマーガレットとクレア。そして、いつもと変わらず屋敷の仕事をするというノーマ、メリッサ、ワンダの三人。

 シャロンは王都で資料室の仕事もあるので、この後王都へ送る事になった。


「イロナちゃんはー、この土地の植物研究を続けるねー」

「あぁ、頼むよ。何かしら特産品が欲しいからね。あとアタランテは、今日は俺と一緒に行動して欲しいんだけど、構わないか?」

「もちろん。貴方は、私にいつでもどこでも好きな事をして良いんだからさ」


 何故かアタランテが顔を赤く染め、何かを期待するかのような表情を向けてくるけど……まぁ気にしないでおこう。


「皆。これから、領主代行を担って貰う俺の父親を迎えに行くんだけど……何か問題があれば、すぐさま俺に報告する事。俺の父親だからって一切遠慮は要らない。あと、俺とアタランテで警備にあたるつもりだけど、各自でも十分に警戒するようにしてくれ」

「あぁ、何だ。一緒に行動っていうのは、貴方のお父さんを守る事かい? まぁ任せておいで」

「いや、違うんだアタランテ。俺の父親を守るんじゃなくて、俺の父親から皆を守るんだ。中でもユーリヤ、ノーマ、メリッサ。この三名は特に気を付けて欲しい」

「……え? どういう事だい?」

「アタランテには後で詳しく説明するけど、とにかく全員気を抜かないように。最悪、殺さない程度であれば攻撃も許可するから」


 怪訝な表情のアタランテに加え、シャロンとユーリヤを連れて、先ずは王都へと瞬間移動する。

 そこでシャロンと別れ、いよいよ俺の実家へ移動だ。

 アタランテに俺の父親がロリコンだから気を付けろと念押しした後、実家の扉を開く。


「ただいまー。父さん、迎えに来たよ」


 家に入って大声で呼ぶと、廊下の奥から大量の荷物を持った父親が姿を現した。


「おぉ、ユーリヤちゃんは今日も可愛いねぇ。お爺ちゃんだよー」

「おぃ。シレッと何て事を言うんだ」

「はっはっは。ヘンリーに娘が出来た時を想定して、今からシミュレーションを……な、何ぃっ!? ヘンリー、素晴らしい。我が息子ながら、素晴らしいぞっ!」

「今度は何だよ」

「初めまして。綺麗なお嬢さん。私はトリスタン=フォーサイス。マジックアイテムの分野において、少し名の売れた者です。よろしければ、お嬢さんのお名前を教えていただけないだろうか」


 父親が俺を無視して、アタランテに恭しくお時儀をする。

 ……おかしい。俺の予想では、父さんはロリコンだと思っていたのだが、そうではなかったのか!?


「……はじめまして。ヘンリーの妻のアタランテです。お義父さん、これから宜しくお願いいたします」

「え? アタランテ?」

「おぉ、やはりヘンリーの妻でしたか。という事は、私の義理の娘でもある訳です。父娘ですので、何かあったら、どんな事でも遠慮なく、このトリスタンに相談してください。父娘ですから!」


 父さんがアタランテと握手を交わし、続けてユーリヤの頭を撫でようとして逃げられる。

 というか、アタランテは俺の嫁だなんて、どうしてそんな自己紹介をしたんだ!?

 今更ながらに、人選を誤ったような気もしつつ、一先ず大量の荷物と共に、父さんを屋敷へと連れて行く事にした。

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