第79話 アースドラゴン

 ドラゴン――この地上で、魔族を除けば最強の種となる生物。

 頑丈な鱗はいかなる物理攻撃や魔法攻撃を弾き返し、強靭で巨大な爪や牙は鋼鉄の鎧を紙切れのように引き裂き、口から吐くブレスは全ての物を一瞬で燃やし尽くす。

 先程のスライムよりも更に大きなドラゴンが、今俺の目の前に居る。


「お兄さん。流石にこれは厳しくないかな? ドラゴンの形をした悪魔なら退治した事があるけど、純粋なドラゴンとは戦った事がないよ」


 ドラゴンの咆哮には、心を挫く効果があるという伝説があるのだが、それにより心が折れ掛けているのか、マーガレットが随分と弱気になっている。

 だが、太古より竜を倒した者は「ドラゴン・スレイヤー」の名と共に、英雄扱いされるのが世の理だ。

 数少ない生きたドラゴンと戦えるなんて、またとないチャンスだと言える。


「貴方。戦うというのなら私も加勢するけど、ここでは魔法が使えないという事を忘れないでね。……誰かが深手を負った時点で、もう助からないわよ」


 アタランテは俺と共に戦ってくれるみたいだが、警告の言葉も添えられる。

 そして、


「お兄ちゃん。どうしてそんなに力んでるのー? もしかして初めてで緊張してるのー? ルミも初めてだから大丈夫だよー。もっとリラックスしよー」


 未だにピンクスライムの毒が抜けていないルミが俺にしがみ付いたままだった。

 ……うん、無理だ。

 直接攻撃をしてこないピンクスライム程度ならともかく、本気で戦って勝てるかどうかというドラゴンと戦うというのに、ルミという足枷を着けたまま戦って勝つのは不可能に限りなく近い。

 一度出直して……って、扉が閉まったんだった!

 ルミには悪いが、無理矢理にでもを引き剥がして、戦うべきか?

 それとも何とかして扉を壊す手段を考えるべきか?

 考えがまとまる前に、


――GYAAAAA


 再びドラゴンの咆哮が響き渡る。

 くそっ! やるしかないのか!?

 ルミをどうやって引き剥がし、クレイモアを具現化させよとした所で、緊迫したアオイの声が響く。


『ヘンリーさん、待ってください!』

(それは戦うなという事か? 出来れば、今の状況で俺も戦いたくは無いんだが、向こうが待ってくれないだろう)

『違います! あの容姿だから、そう思ってしまうのも分かりますが、あのドラゴン――アースドラゴンに戦う意志はありません!』

(あの黄土色のドラゴンはアースドラゴンっていう種類なのか? ……いや、それよりも先程の戦う意志が無いというのは、どういう意味だ? アオイにはドラゴンの言葉が分かるのか?)

『完璧には分かりません。ですが、大体は分かります。そして何より、あのドラゴンは未だ子供です。人間に換算すると五歳か六歳くらいで、ただ遊んで欲しいみたいです』

(……子供!? あの大きさで!?)


 俺の身長の五倍くらいはありそうな、ただただ見上げるしかないドラゴンが、子供!?

 だったら、大人のドラゴンは一体どれ程の大きさだというのか。


(……アオイ。あのドラゴンに戦う意志が無いというのは本当だな?)

『えぇ。ただ、あの大きさです。向こうは遊ぶつもりで軽く腕を払われただけで、人間側は良くて全身打撲、最悪死にますけどね』

(それ、全然ダメだろ)


 とはいえ、戦う気がないというのであれば、こちらも無用な戦いは避けたい。

 今の状態では、戦っても負ける可能性が強いしな。


(で、あのドラゴンは何て言っているんだ?)

『えーっと、大体の意味としては……遊びに来たの? と』

(……本当に?)

『本当ですって。概ね、そういう感じです』


 アオイの訳が誤って居ない事を願いつつ、一先ずこちらがドラゴンに攻撃する意志が無い事を伝えてみると、


「おーい! 遊んでも良いけど、何して遊ぶんだー!」

「お、お兄さん? 誰に向かって……しかも何を言っているの?」

「あ、貴方。まさか、ドラゴンの咆哮で恐怖状態に陥り、混乱しているの!? しっかりして!」


 マーガレットとアタランテから心配されてしまった。

 まぁ二人にはアオイの声が聞こえていないから、突然ドラゴンに向かって、何して遊ぶ? なんて大声で叫び出したら、変に思われても仕方がないか。


『あ、あの、ヘンリーさん。多少私が竜言語を理解出来るので、あのドラゴンの言葉をヘンリーさんにお伝えしました。ですが、ヘンリーさんが叫んだ人の言葉を、あのドラゴンは理解してくれないと思いますけど』

(マジで!? じゃあ、どうすりゃ良いんだ?)

『……ジェスチャーとかですかね』


 子供のドラゴンにジェスチャーで遊ぼう……って、どうやったら伝えられるんだよ!

 人間同士でも難しいジェスチャーの内容を、ドラゴンになんて無理だと思っていると、


――GYUAAA


 再びドラゴンが咆哮する。


『……あ。つ、伝わってますね。何でも良いって感じの事を言っています』

(なるほど。子供の遊びだろ? 鬼ごっこはあの巨体でタッチ……というか踏みつぶされたら死ねるし、かくれんぼはあの巨体を隠す場所が無いな)

『というか、私は子供のドラゴンが人語を理解している事に衝撃を受けているんですが。通説は古竜っていう、高齢のドラゴンが多大な知識を集め、人語も理解するようになる……という話なのですが、これは然るべき所で発表したら、凄い事になると思うんですけど』

(いや、悪いがそれどころではないんだ。子供ドラゴンでも出来る遊びって何だろう)

『別に何でも良いんじゃないですか? ジャンケンとかでも』

(ドラゴンにジャンケンが伝わるか? というか、今更だけど人間の遊びとドラゴンの遊びって同じなのか?)

『うーん。私が話した事があるのは、先程言った古い竜だけで、子供ドラゴンとは話した事がないので何ともですね』


 というか、アオイはドラゴンと話した事があるかよ!

 しかしアオイに竜言語とやらを教えてもらったとしても、俺が正しく発音出来る自信がないので、今のままドラゴンが話してアオイが訳し、俺が自分の言葉で話すのが良いと思う。

 と言う訳で、人でもドラゴンでも子供ならば共通で出来そうで、かつ安全そうな遊びを言ってみた。


「よし! じゃあ、ままごとはどうだ!」


 ドラゴンだって親は居るだろうし、ままごとという遊びがドラゴンになかったとしても、趣旨はきっと伝わるだろう。

 相変わらず、心配そうな表情を俺に向けるマーガレットとアタランテの視線を一先ず受け流していると、子供ドラゴンが「ままごととは何?」と返してきたので、


「父や母、それから子供などの役になる、ごっこ遊びだ!」


 と伝えると、予想外のリアクションが返って来た。

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