第80話 拘束の首輪

――GYOAAAAAAA


 な、何だ!? 今までよりも、長い咆哮が返ってきたけど、どうしたんだ?


『ヘンリーさん。どうやらあのドラゴンは、両親の事を思い出して、悲しんでいるみたいです』

(あー、人間換算すると五歳とか六歳くらいだっけ。そりゃ、親が傍に居ないと寂しいよな。……でも、このドラゴンはどうしてこんな所に居るんだ?)

『流石に私もそこまでは分かりかねます。このドラゴンも、「お父さん」とか「お母さん」って言っているだけですし』


 ふむ。もしかして迷子なのだろうか。

 いや、でもこの洞窟の入り口は一つだし、迷い込む事なんて無さそうだ。

 唯一何か知っていそうなルミは、未だに混乱状態でまともに話が出来ないし、どうしようか。


「あのさ。このドラゴンなんだけど、どうやら親とはぐれた迷子みたいなんだ。で、泣いているんだけど、どうしたら良いと思う?」

「えっ!? お兄さん。迷子って、このサイズで子供なの!?」

「というより、貴方……ドラゴンと話が出来るの!? そして、さっきまでの変な言葉は、ドラゴンと話してたの!?」


 残念ながら、マーガレットとアタランテからは、俺と同じリアクションが出ただけで、迷子に対する意見は何も出てこなかった。

 親の事を思い出して悲しんでいる子供に、「親はどこに居るの?」とか「どこではぐれたの?」とかって聞いても良いのだろうか。

 ますます悲しんで、会話が出来なくなっても困るし、暴れだされたら最悪の事態にもなりかねない。


『えーっと、泣いているドラゴンの言葉から判断すると、家の近くに居たはずなのに、突然この洞窟にワープしていたって感じですね』

(という事は、自分の意志で来た訳じゃないって事か?)

『おそらく。単なる推測にしか過ぎませんが、この洞窟を守らせる為にあのバカエルフ――リンネア=リーカネンが何らかの手段を使って、この子供ドラゴンをこの場所へ拘束しているのではないかと』

(何らかの手段って?)

『分からないです。召喚魔法でしたら、術者が亡くなっているので無効だと思えますし……あ! そういえば、ここへ来るまでの扉も、特殊な仕掛けがなされていました。何かしらのマジックアイテムが用いられているのではないでしょうか』


 マジックアイテムか。

 これだけの大きなドラゴンを拘束するのだから、小さい物では無いと思う。

 それなりの大きさで、かつ強い魔力を消費しているはずだ。


「マーガレット。この空間で一番強い魔力を放っているのが、どこか分かるか?」

「え? 分かるも何も、目の前に居るよ?」

「どういう事だ?」

「あのドラゴンだよ」


 あー、子供といえどもドラゴンだもんな。

 魔力も凄いよね。


「じゃあ、ドラゴン以外では?」

「それならルミちゃんじゃない? 今は大変な事になっているけど、エルフだし」

「……えっと、じゃあルミも除いて」

「んー、じゃあお兄さんかな。人間にしては、かなりの魔力量だと思うけど」


 俺かよ! 正しくは俺というより、アオイな気もするけれど。

 しかしこの結果からすると、アオイの言うようなマジックアイテムは設置されていなくて、別の方法で拘束されているという事だろうか。


『ヘンリーさん。マーガレットさんが言っていたじゃないですか。一番魔力を放っているのは、目の前のドラゴンだって』

(ん? あぁ、そうだな。ドラゴンだし。だけど、マジックアイテムは無さそうで……)

『そうではなくて、あのドラゴン自体に付けられているんじゃないですか? そのマジックアイテムが』

(あ、そういう事か。この手の拘束するマジックアイテムの定番と言えば、指輪や首輪だと思うんだけど……よく見えないな。少なくとも手に異物は無さそうだが)


「おーい! もしかしたら、親に会えるかもしれないぞー! だから、話を聞いてくれー!」

『ちょ、ヘンリーさん!? そんな無責任な事を……』


――GYAUUUUU


(アオイ。何て言っているんだ?)

『……本当か? って感じの言葉ですね。というか、そんな事を言ってしまって大丈夫なんですか?』

(大丈夫。何とかなるだろ……たぶん)


「もしかしたら、首に変な異物とか付いてないか? ちょっと見せてくれないかー!」


 今度は返事の代わりに、ドラゴンがその頭をゆっくりと地面に降ろしてきた。

 これは見ても構わないという事だろう。


「二人とも、ちょっとそこで待っていてくれ」

「お、お兄さん!? まさか……」

「貴方、大丈夫なの!?」


 不安そうな二人に大丈夫だと告げ、大きな頭や太い首を見ていく。

 そして、


「……これだな。明らかに自然の物ではない、金属の輪だ」


 俺の腕よりも幅の広い、黒い金属の輪が首に巻かれている。

 アオイの見立てによると、巻かれたドラゴン自身の魔力を消費して、拘束しているそうだ。

 自らの魔力を強制的に奪われ、かつ動きを制限するとは、中々に凶悪なマジックアイテムだ。


(で、これはどうやったら外れるんだ?)

『すみません。魔力構造までは分からないですね。けど、この手のマジックアイテムは、無理矢理外そうとすると、爆発したりするのが常套ですね』

(確かに……性質が悪いな)

『えぇ。マジックアイテムというより、呪いのアイテムですね』


 呪いか……って、待てよ。


「マーガレット。来てくれ」

「えぇっ!? そ、そこに? 大丈夫なの?」

「大丈夫だ。それより、これを見てくれ。何だか、禍々しく無いか?」

「そうだね。闇系統の魔法が組み込まれている気がするよ」


 やはりか。

 リンネア=リーカネン自身がこれを作ったのか、他の誰かが作ったのかは分からないが、少なくとも人々の暮らしが良くなる良いマジックアイテムとは言えないようだ。


「これって、解除出来る?」

「たぶん出来るけど……大丈夫? 解除した瞬間、ドラゴンに襲われたりしない?」

「大丈夫だって。ちょっと、解除してくれよ」

「良いけど……ここだと神聖魔法が使えないよ?」

「あ! そうか。どうしよう。ドラゴンを連れて洞窟から外に出れないしな」


『そもそも、このマジックアイテムのせいで、ここから出られないんだと思います。そうでなければ、洞窟を壊して出れば良いんですから』

(まぁそうだな。ドラゴンなら真銀の洞窟でも壊せそう……って、そうだ! おそらく、このドラゴンが聖銀を守る最後の壁だろ?)

『まぁ、そうでしょうね。ドラゴンなんて大物ですし』

(だったら、すぐそこに聖銀が有るんだから、そこに含まれる光の力で、光系統の魔法――神聖魔法が使えるんじゃないか?)


 疑問に思ったら、即実験。

 未だに俺の腰へしがみついているルミに手を当て、


「キュアコンフューズ」


 混乱を治す神聖魔法を使ってみる。


「あ、あれ? お兄ちゃん? ルミ、どうして抱きついてるの?」

「よし、神聖魔法が発動したな。マーガレット、頼む」

「神聖魔法が使えるんだね? じゃあ、任せて……プリファイ」


 アオイも知らないという、神々しい輝きを放つマーガレットの魔法の光が収まると、ドラゴンに付けられていた首輪が綺麗に無くなっていた。

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