第66話 人質ソフィア

 女の子の声が響いたので振り返ると何故かソフィアが立って居た。


「ソフィア? どうして、こんな所に?」

「え? そ、その、アンタが士官学校側へ歩いて行くのを偶然……そう、偶然見かけたから。また何か変な事をしでかすんじゃ無いかなって思ったのよ」


 なるほど。確かに魔法学校側から士官学校側へ行こうとする奴なんて珍しいが、だからといって後をつけなくても良いと思うのだが。

 もう少しで全員纏めて吹っ飛ばして、この無意味な戦いを終わらせる事が出来たのに。

 ソフィアの登場で驚いたのか、今にも俺に襲いかかろうとしていた生徒たち全員が硬直して、動きを止めているし。

 ソフィアの余計なおせっかいに、どうしたものかと考えていると、生徒たちの一人が何かに気付いてポツリと呟く。


「そうだ。確かチャーリーの腰巾着たちが言っていたぞ。ヘンリーには可愛い彼女が居るって」

「何だと!? じゃあ、あの女の子がアイツの彼女なのか!?」

「確かに可愛いが……くっ! 少し前までは俺たちと同じ灰色の青春を送っていたはずなのに! 畜生っ!」


 また変に話がこじれているな。

 そもそもチャーリーの腰巾着って、今日の昼休みにエリーを見ているし、ハッキリと彼女じゃないって言っていたじゃないか。

 俺が訂正しても信じないだろうから、そいつに訂正させ……って、その腰巾着って、さっき吹き飛ばした奴の一人か。

 完全に気を失っていて、起きる気配がないな。

 仕方が無い。どこまで効果があるかは分からないが、俺が訂正してみようか。


「待て。彼女は俺とは無関係だ。何の関係も無い、ただの魔法学校の一生徒だ」

「嘘吐け! さっき、親しげに名前で呼んでいただろうが! ……なるほど。彼女を巻き込みたくないからって、無関係を装って庇ったのか。はー、モテる男は違いますなー」


 いや、ソフィアは本当に俺と何の関係も無いんだけど。

 強いていうなら、パンツを見せてもらう関係なのだが、それをこいつらに言う必要も無いが。

 しかし、名前を呼んで居たという誰かのツッコミで、生徒たちが口々に俺とソフィアの事を好き勝手に言ってやがる。

 曰く、教室で「はい、アーン」ってしてもらっていたらしいとか、一緒に登下校しているとか、人目もはばからず抱きついたりしているとか。

 それ全部エリーの事だし、そもそもソフィアは教室どころか学年すら違うからな。

 そこそこ大きな声でざわついているので、少し不安に思いながらソフィアを見てみると、顔を真っ赤にして怒っている。

 どーすんだよ。俺は全員殴って終わらせるつもりだったけど、イフリートの魔法とか使われたら、こいつらレベルだと再起不能になりかねないぞ。

 怒り過ぎて、俯いてしまったソフィアをどう宥めようかと考えていると、一陣の風切り音と共に、ソフィアのローブが中のスカートと共に少し破れた。


「おい、このリア充野郎! 俺は接近戦を得意としていないが、見ての通り弓矢の扱いは学校随一の腕だ。今のは警告で服だけだが、大人しくしておかないと、お前の可愛い彼女に傷が付くぜ」


 生徒たちの中からふざけた声が響く。

 既に弓矢を構えておらず、誰が矢を撃ったのかは分からない。

 それと俺に向けられた攻撃では無かったため、射撃を察知出来なかった。


 ……ふざけやがって!


「よくも……よくも、ソフィアのスカートを破ったな!」

「誰かは分からねぇがナイスだ! 彼女を攻撃されて怒っているみたいだが、奴は人質を取られているも同然だからな。くっくっく……確か全員一斉に攻撃して良いんだよな」

「お前ら。俺のソフィアに手を出して、全員無事で帰れると思うなよ」

「はっはっは。女を連れて来たのがバカだったな。この状況で、お前に何が出来るんだよっ!」


 誰かの声が響く中で、再び風切り音が聞こえた。

 だが、先程までの甘い俺はもう居ない。

 俺の横を通り過ぎようとしている矢を手に取ると、その手でへし折って地面に捨てる。


「なっ!? 何だと!?」


 驚きの声を上げた奴……あいつが矢を放ったのか。

 許さん。

 スカートを破って、俺の……俺のソフィアのパンツを見ようとしやがって!


「お前ら! ソフィアのパンツを見て良いのは、俺だけだっ!」


 怒りを露わにしながら、地面を思いっきり殴りつけ、前方に向かって衝撃波を起こす。

 それだけで全員が後ろへ吹き飛ぶが、あの矢を撃った奴はこれだけでは許せん。

 前に向かって駆け出し、死なない程度に殴っておいた。

 すると、吹き飛んだ一人がヨロヨロと起き上がる。


「お前、噂では召喚士になったって聞いたんだが、精霊使いだったのかよ」

「いや? 俺は召喚士だが?」

「……じゃあ、どうして土魔法が使えるんだよ! さっき俺たちを吹き飛ばしたのは土の精霊魔法だろ!?」

「違うぞ。さっきのは地面を殴って発生した衝撃波でお前たちを吹き飛ばしただけだ。魔法ではなく、ただの体術だ」

「……マジかよ」

「マジだ。それと、お前ら全員良く聞け。そっちにどう伝わっているかは知らんが、俺を倒したら代わりに仕官出来る訳ではなく、俺に力を示したら、俺の部下として推薦するって話だ。あと男は要らん。他の奴らにも言っておけ!」


 一先ず、これで士官学校側の生徒が俺に挑もうとする奴は居なくなるだろう。

 まぁ士官学校側にも女子生徒が少し居るから、ゴリラみたいな女子に力試しとして挑まれる可能性はゼロではないが。


「ソフィア、大丈夫か?」

「え? えぇ。それより、ウチが止める必要なんてなかったのね」

「ん? こいつらの事か? まぁこのレベルなら何人束になっても負ける事はないが……それよりも、すまない。変に巻き込まれてスカートが破れてしまって」

「べ、別に大丈夫よ。ちょ、丁度制服を新調しようと思っていた所だし」

「そうなのか? けど、ソフィアが家に帰るまでがな……そうだ。瞬間移動の魔法で送って……って、ダメか。行った事のある場所とか、見えている場所にしか行けないんだ」

「え!? う、ウチの家にアンタが……だ、ダメダメダメダメ! 今、ウチの部屋片付いてないし、お、男の人を家に連れて行くなんて初めてだし……」


 いや、スカートが破れているから、誰かにパンツを見られないように家まで送ろうとしただけで、家の中に入るつもりなんて一切無いのだが。


「じゃあ俺のローブで悪いが、一先ずその破れたローブの代わりにしてくれ」

「えっ? こ、これアンタの……」

「よく分からないけど、家まで行くのは良くないんだろ? だから、俺のローブで破れたスカートが見えないようにしてくれ。じゃあな」

「う、うん。ありがと……」


 ソフィアも誰かにパンツが見られるのが嫌なのか、俺の話を珍しくすんなり受け入れたので、俺はテレポートで王宮へ向かった。

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