第65話 校舎裏への呼び出し

 今日も無事に授業を終えたのだが、昼休みの一件がイザベル先生の耳に入ったらしく、ホームルームが終わると共に先生が俺の所へやって来た。


「ヘンリー君。ちょっと小耳に挟んだんだけど、これから士官学校の生徒と戦うのかしら?」

「えぇ。何だか盛大な勘違いをしているみたいですし、また昼休みに来られても困るので」

「でも、相手は複数だったんでしょ? 先生、ちょっと心配だわ。ヘンリー君……相手を再起不能にしちゃダメよ?」


 あ、心配ってそっち?

 俺が負けるとか、怪我をするって発想はそもそも無いんですね。

 まぁ万が一、というか、兆が一にも無いですけど。


「ハー君。エリーも応援しに行って良いー?」

「あぁ良いよ……って、言いたい所だけど、流石に相手が複数で何をしてくるか分からないからな。最悪エリーが人質に取られたりするかもしれないし、今回は来ない方が良いかも」

「むー、そっかぁ。ハー君の邪魔になっちゃったら嫌だし、今日は大人しく帰るー」

「悪いな。じゃあ、明日は一緒に帰ろうか」

「ホントっ!? うんっ、約束だからねー!」


 エリーが嬉しそうに手を振って帰って行った。

 念には念を入れて、ワープ・ドアでエリーを家まで送るという考えもあったが、チャーリーも騎士を目指す身で、しかも現首席のはずだ。

 流石に帰宅途中のエリーを攫って人質にする程、腐ってはいないだろう。

 一先ず、さっさと終わらせて、ジェーンとニーナの様子を見に行きたいので、士官学校へと向かう。


「えっと、確か第四グラウンドって言っていたよな」


 指定された場所は、士官学校の敷地の一番端にある、およそ人が来ないだろうと思われる旧校舎の裏にあるグラウンドだ。

 授業でも滅多に使われる事はなく、まず人が居る訳がないのだが、待ち合わせ場所へ向かうまでに、そこかしこから視線を感じる。

 これで隠れているつもりなのか、もしくはチャーリーと俺が戦う話を聞いて、やじ馬で来ているだけなのか。

 だが、ちょいちょい敵意も感じるので隠れて様子見……いや、それにしては気配を隠すのが下手過ぎる。

 流石に後者だろうか。


『やじ馬で来ている人たちからヘンリーさんが嫌われているだけとか』

(いやそれ、地味にへこむから。というか、どうして俺が士官学校の生徒から嫌われるんだよ。今は接点が無いのに)

『でも、元は士官学校側で首席だったんですよね? 二位以下の人たちが敵視していてもおかしくないかと』

(あー、ライバル的な感じでか。それは有り得るかもな)

『それか、やっぱりヘンリーさんに人徳が無いとか』

(うぉい! 一応俺は、魔族を倒し、王女様を救った英雄扱いなんだけど)

『だからですよ。士官学校側には正しく説明がされていないまま、中途半端にヘンリーさんが王宮に仕官した事だけが伝わっているじゃないですか。逆恨みだとか、妬みなんかもあるんじゃないですか?』


 なるほど。アオイの意見も一理ある。

 そもそも、今回チャーリーと戦う事になったのも、伝言ゲームのせいというか、誤情報が士官学校側に伝わっているからだしな。

 それに、魔法学校を出た時からずっと後ろをつけてきている気配もある。もしかしたら、魔法学校側にチャーリーと通じている奴が居るのかもしれない。

 とはいえ、チャーリーレベルが束になって掛かってきても、負ける気はしないけど。

 そこから少し歩いて第四グラウンドへ到着すると、


「はっはっは。よく来たな、ヘンリー。ここでお前を倒し、俺様が代わりに騎士団へ入団させてもらうぞ!」


 中央にチャーリーが立っており、周囲に三十人程の男子生徒が立って居る。

 何故か皆、模擬剣を手にして実習服――レザーメイルを着ているのだが、全員俺に挑みたいのだろうか。


「ヘンリー! さぁ剣を抜け! いや、今は杖だったか。得意の召喚魔法で何かを呼び出しても構わんぞ」


 チャーリーの言葉で、周囲の生徒たちが失笑する。

 やはり俺が魔族を倒した事だとか、召喚魔法でジェーンを呼び出せる事とかは知らないらしい。

 流石に学校側も王宮側も、箝口令を布いたのかもしれないな。

 とはいえ、当然知っている人は知っているけど。


「あー、それなんだが、担任の先生からも、お前らを再起不能にするなって言われていてな。俺は素手で良いよ」

「なっ……ふ、ふざけるなっ! それは、後で素手だったから勝てなかったと言い訳するためかっ!」

「いや。素手でも負ける気は一切無いが?」

「……その言葉、忘れるなよ? 勝負だっ!」


 刃を潰した模擬剣を中段に構え、チャーリーが突っ込んできた。

 現首席のはずだが、魔法大会で戦った神聖魔法で身体強化しまくったモンクの方が速かった気がする。

 ただそれが、身体魔法が優れているのか、チャーリーが修行不足だからなのかは分からないが。


「死ねぇぇぇっ!」

「……甘いなぁ」


 中段に剣を構えて突っ込んで来たのに、突きでもなく、薙ぎ払う訳でもなく、何故か上段に構え直して振り下ろしてくる。

 フェイントにしても雑過ぎるし、無駄な動作が多過ぎる。

 振り下ろされた剣の腹を叩いて体勢を崩すと、チャーリーの足を払う。

 倒れたチャーリーの背中を軽く踏みつける。


「俺の勝ちで良いな?」

「くっ……今のは、まぐれだ! もう一度……」

「実戦にもう一度なんて無ぇよ。本当なら、お前はこの時点で死んでいるんだ」


 俺の言葉でチャーリーが剣を放し、負けを認めた。

 これでようやく解放されと思ったら、


「次は俺だ!」

「待て! 学内順位で言えば、第三位の俺が先だ!」

「お前はチャーリーと同じく獲物が剣であろう? であれば、どうせ結果は同じ。ここは我が槍術の出番だ」


 集まって居た生徒たちが、次に誰が挑戦するのかで揉め始めた。

 俺、この後予定が詰まっているんだけど。早くしてくれないだろうか。


「あのさ。俺、本気で忙しいんだわ。ここに居る全員同時に掛かって来てくれないか?」

「……はぁっ!? お前、チャーリーに勝ったからって調子に乗ってんのか!? 何人集まっていると思っているんだ!?」

「いや、予定が詰まっているのはマジなんだよ。あと、全員同時に突っ込んで来ても、俺が勝つのは分かっているからさ。調子に乗るとか乗らないとかじゃなくて、ただ普通に実力の差なんだってば」

「てめぇっ! ふざけんなっ!」


 お、近くに居た三人が一気に来てくれた。

 いいぞ。だけど、出来れば全員一度に来てくれ。早く終わらせたい。

 同時に攻撃してきた三人の内、一番右に居る槍使いが突き出した腕を取ると、その生徒の身体を振り回して残り二人を吹き飛ばす。

 続いて、五人が走って来たので、同じように倒そうとした所で、


「アンタたちっ! こんな所で何をしているのっ! 大勢で一人を襲うなんて卑怯よっ!」


 背後から聞いた事のある声が響いた。

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