第16話 聖女ジェーン召喚

「いやー、どうすっかね。これ」


 アオイが何も教えられないというので、魔法訓練室で魔法陣を描き、先日と同じように魔導書の通りに召喚魔法を使った。

 そう、アオイを召喚した時と同じように。

 ただ違うのは、明確に「強い人が来てくれ!」と思いながら召喚魔法を使った事くらいだろうか。

 そして、


「我が主様。どうぞ、ご命令を。私に出来る事ならば、命にかえても行ってみせます。全ては主様のために」


 物凄く忠誠心の高い騎士が来てくれた。

 いや、正確に表現するならば、元騎士……というより、元人だろうか。小柄な女性の輪郭だけが、薄らと透けるように見えている。


「気持ちは有り難いんだが、命にかえても出来ないよね? ……身体どころか命の無い、ゴーストだし」


 どういう訳か、またもやアオイと同じゴーストが召喚されてしまった。

 もしかして俺は、召喚士クラスではあるものの、魔力の出力が小さいからゴーストしか呼べないのだろうか。

 これから魔法の訓練をしていって、この問題が解消されれば良いのだが。


『ヘンリーさん。とりあえず、互いに自己紹介でもしますか? 私、知らない人みたいですし』

(そうなのか? あの世……っていう表現が正しいかどうか分からないけれど、向こうで顔なじみだったりするのかと思ったんだけど)

『いえいえ、死ぬ時のショックか、精神的な自己防衛なのですかね。これは私、死ぬだろうな……っていうシチュエーションだった事は覚えているんですけど、その最期の瞬間の記憶は無いですし、ヘンリーさんに呼ばれるまで意識も何も無かったですから』

(ふーん。そういうものなのか。じゃあ……えっと、今来てくれた騎士っぽい方……自己紹介をお願い出来ますか?)


「……」


 あ、あれ? 無視されてる? 凄く忠誠心が高そうなのに。それとも、こっちから先に自己紹介しないといけないルールなの?


『ヘンリーさん。もしかして、私と違って思考で会話が出来ないのでは?』

(えっ!? 同じゴーストでも、性能が違うの?)

『性能というよりかは、この世界での在り方かと。私はヘンリーさんの身体の中に入っているような状態ですけど、あちらの方はそうではなく、どこにも依り代の無い、浮遊霊みたいになっていますし』

(そうなのか……って、ちょっと待った。というか、アオイは俺の中に居るのか!? えっ、マジで!? どうして!?)

『えっと、先程ヘンリーさんが行った召喚魔法の魔力の動きを観察していたんですけど、本来は召喚されたゴーストが依り代となる物を魔法陣の中に用意しておくのが正しいのでしょう。召喚魔法の魔力の流れが中心に向かっていましたし』


 魔力の動き? 流れ? ちゃんと魔法の仕組みを理解していないから、アオイが何を言いたいのか、サッパリ分からんぞ。


『つまりですね。推測ですけど、私を召喚した時は、ヘンリーさんが魔法陣の中に立って居たんじゃないですか? それで、召喚された私――霊魂が依り代としてヘンリーさんの中に入ってしまったのではないかと』

(という事は、今は偶然魔法陣の外に居たけど、俺が中に居たら、あのゴースト……霊魂? までもがアオイみたいに俺の中へ入ってきていたって事なのか?)

『推測ですが、そうではないかと』


 なるほど。言われてみれば、俺はアオイの姿を全く見た事が無いし、見えないが、新しい霊魂の人? は、薄らと輪郭が見えている。つまり、アオイが俺の中に居て、この霊魂は外に居るという事だ。

 とりあえず、魔法陣の中には入らない――これは絶対に守らなければならないルールだって事か。

 今後は気を付けるとして、とりあえず自己紹介はしてもらおうか。幸い、声に出せば聞こえるみたいだし。


「えーっと、さっき来てくれた騎士っぽい方……自己紹介をしてもらって良いかな?」

「自己紹介ですね? 私はジェーン=ダークと申します。元は祖国を救う戦いに明け暮れる日々だったのと、どういう訳か火が苦手な気がします」

「ジェーンさんね。俺はヘンリーで、こっちはアオイ。……というか、アオイの姿って見えるの? いや、俺もアオイの姿は見えていないんだけどさ」

「主様。私の事は、ジェーンとお呼びください。あと、失礼ながらアオイという方の姿は私にも見えませんが……誰か、別の方が居られるのですか?」

「いや、何でも無い。気にしないでくれ」


 どうやらジェーンにはアオイの姿が見えていないらしいし、この感じだと声も届いていないのだろう。

 ゴースト同士ならばアオイの事が見えるかもしれないと思ったのだが、やはり俺の中に居るから、誰にも存在が分からないようだ。


(しかし、ジェーンはどうしようかな。せっかく来てくれた訳だし、追い返すのもなー。かと言って、肉体の無いゴーストでは何も出来ないし。誰かの身体の中に入ってもらうか?)

『それは難しいのではないかと。霊魂状態とはいえ、既に召喚魔法が完了してしまっていますからね。召喚魔法途中の魔力による霊魂構築中であれば、未だ可能性はあったのですが、今から既に霊魂の入っている誰かの身体へ入ると言うのは厳しいかと』

(難しい事は分からないけど、要は今から誰かの身体に入ってもらうっていうのは無理だって事だよな?)

『そういう事です。せっかく強そうな霊魂なんですが』


 そうなんだよな。アオイの言う通りで、生前は祖国を救う戦いに明け暮れる日々って言っていたから、きっと強いと思うんだ。


(……って、あれ? もしかしてアオイは、ゴーストを見て元が強いか弱いかが分かるの?)

『分かりますよ。彼女は守りに秀でており、歴戦の騎士といった感じですね。あと本人は気付いていませんが、死後に聖女として聖人扱いされているようです』

(なるほど……って、さっきジェーンの事を知らないって言ったのに、どうして聖女だなんて分かるんだ?)

『ちょっと調べました。当時の世界中の人が知っている、常識レベルの情報しか得る事が出来ないのですが、彼女はその世界中の人に知られているレベルの英雄みたいですね』

(マジかよ! というか、そのアオイの調べる能力も凄いけど、ジェーンは聖女や英雄って呼ばれていたのか。このまま還っていただくのは勿体無いな。何か手はないか?)

『うーん。そうですね……魂は無いけれど、人みたいな形の何かがあれば、そこへ入ってもらう事は出来そうですが』


 何だよ、その謎の物質は。そんなのある訳ないだろうとツッコミを入れようとした所で、


「ハー君。召喚魔法は終わったー? 一応、先生に聞いてきたら、召喚魔法で呼び出した人をメンバーにしてもオッケーだって言っていたよー」


 訓練室の扉が開かれ、ニコニコと笑みを浮かべるエリーが現れた。


「分かった! これだーっ!」

「え? え!? ハー君、どうしたの? そんなに興奮して……んっ」


 ある事を思いついてテンションが上がり過ぎた俺は、キョトンとした様子のエリーを、嬉しさのあまり抱きしめてしまった。

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