第10話 天国みたいな基礎魔法コース

 教員室で渡された魔法科の制服――黒いローブに袖を通した後、イザベル先生に連れられて基礎魔法コースの教室へやって来た。

 事前に聞いてはいたけれど、教室の中に制服姿の可愛い女の子が沢山居て、仄かに甘い香りが……ここは天国か?


「……君。ちょっと、ヘンリー君。自己紹介して」

「あ、えーっと、今日から基礎魔法コースに転科してきた、ヘンリー=フォーサイスです。よろしくお願いいたします」

「みんなー! 数少ない貴重な男子だから、仲良くしてあげてねー!」


 先生の言葉に、十人くらい居るであろう女の子たちから、一斉に「はーい!」と明るい声が返って来る。

 ……うん、間違いない。ここが天国だ。

 とにかく、早く名前と顔を覚えて、可愛い子を探さなければ……じゃないっ! 危ない、危ない。俺は魔法を学ぶために来たんだ。

 戦闘科と何もかもが違い過ぎて、危うく自分を見失う所だった。

 今まで国を守ると言えば王国騎士団で、次いで教会の神官戦士だと思っていたけれど、国の宮廷魔術士にも騎士団と一緒に戦場へ出る魔法騎士という組織があると、イザベル先生に教えてもらった。

 今はアオイの力を借りないと召喚魔法以外の魔法が使えなさそうだけど、しっかり基礎を学んで高い成績を取り、俺は魔法騎士になるんだ。

 決意を新たに、指定された席へ座ると、


「では、今日の最初の授業は自由研究です。皆さん、各自で自分に必要だと思う勉強に励んでください」


 いきなり自習だって!?

 マジかよ。いきなり自習って言われても、何をすれば良いんだ!?

 まさかの展開に困惑していると、俺の目の前にイザベル先生がやってきた。


「ヘンリー君はいきなり自由研究って言われても辛いでしょうから、先ずは空き教室で先生が魔法の基礎を教えるわね」


 良かった。流石に初っ端から放置する訳では無いらしい。

 最悪の場合、アオイに教えてもらうのもアリだが、アオイとの会話に集中し過ぎると周囲の声が聞こえなくなるので、教室内では避けた方が良さそうだしね。

 一先ず入門書と筆記用具類を持って立ち上がった所で、


「先生ー! エリーも一緒に基礎を教えてくださーい!」


 突然、隣の席の女の子までもが立ち上がる。


「良いわよ。エリーちゃんもいらっしゃい。じゃあ、他の皆はそれぞれ勉強していてね」


 この女の子も、戦闘科から転科してきたのだろうか。

 いや、でもこんなに小柄な女の子が戦闘科に居たとは思えない。という事は、三年生になっても基礎から勉強しなければならない程、魔法が苦手だという事だろうか。


「くっ……エリーに先を越されましたの」

「でも、あのエリーだよ? 本当に基礎を勉強したいだけじゃないかな?」

「……そうね。エリーですものね。……いえ、だからこそ、まだ中身も分からない、ちょっと見た目が良い男子に惹かれてしまったのでは!?」


 はっきりとは聞き取れないが、教室内がざわついているけど、良いのだろうか?

 けど、イザベル先生はお構いなしに教室を出ようとしているし、ついて行くしかないか。

 一先ず先生の後を追って歩きだすと、クイクイっと服が引っ張られる。


「えへへー。エリーだよー。ハー君、よろしくねー」

「ハー君? えっと、俺の事?」

「うん。ヘンリー君より言い易いもん。だから、ハー君」

「……よ、よろしく。エリーさん」

「えー。『さん』なんて付けなくて良いよー。みんなエリーの事はエリーって呼ぶもん。ハー君もエリーって呼んでね。……って、それよりハー君。早く行こっ!」


 突然右手を握られ、教室の扉に向かって引っ張られる。

 戦闘科では相手の効き手を触るなんて絶対に出来ないけど、文化の違いという物なのだろうか。


『早速お友達が出来て良かったですね。ハー君』

(……アオイ。声が笑っているんだが)

『そんな事ないですよ? ハー君。もー、気にし過ぎですよー、ハー君ったら』

(ハー君、ハー君って、俺をからかいたいだけだろっ!)


 新たな愛称をアオイに弄られながら、俺の手を引くエリーを改めて見てみる。

 小柄で童顔な上に、明るい茶髪を二つ括りにしている事と、その言動から随分と幼く見える少女だ。

 しかし横から胸の膨らみがしっかり見えるので、幼いながらも同い年なんだと実感する。

 ……そういえば、パンツを見せてくれたソフィアは胸が小さかったけど、何歳だったのだろうか。

 年は近いように思えたし、流石に基礎学校生――十二歳以下という事は無いと思うが。


「ヘンリー君。エリーちゃん。今日は、ここで特別授業を行います」

「魔法訓練室? 先生、いきなり実技ですか?」

「えぇ。ヘンリー君には座学よりも、先ず体験してもらった方が良いかと思って。エリーちゃんも頑張ってね」


 なるほど。確かに眠たくなる講義を受けるより、身体を動かした方が俺の性分にも合っているだろう。

 部屋の中に入ると、どこかで見た事のある、一面真っ白な部屋となっていた。


「この部屋の壁は、魔法耐性の高い真銀で出来ているから、遠慮せずに思いっきりやって良いからね」

「はーい! エリー、頑張りまーす!」


 つい最近、聞いたのと同じ説明だけど、それってつまり、アオイの力を借りると壁が壊れるって事か。


『二日前のは、あの場所の魔法壁が弱かっただけですよっ! だからもっと出力を低くしますって』

(はいはい。まぁとはいえ、せっかくだから今回は自力でやってみるよ)

『そうですね。それも良いかと思います。頑張ってくださいね』


 若干トラウマになりそうな壁から視線を先生に戻すと、小さな袋を手渡された。


「今日はメジャーな精霊魔法を使ってみましょう。二人とも実習服に着替えてね」


 実習服か。戦闘科ではレザーメイルだったけど、魔法科の実習服はどんなのだろうか。

 少しワクワクしながら袋を開くと、小さな布切れが入っていた。

 何だこれ? 広げてよく見てみると、どう考えても小さすぎるシャツと……スカート?

 魔法科の実習服は一体どうなっているんだ……


「って、これ精霊使い推奨の服装っ!?」

「えぇ、そうよ。どうかしたの?」

「いや、学校でこの服はおかし……」

「ん? ヘンリー君、何か気になる物でも……ダークネスッ!」


 俺の視線に気付いたイザベル先生が大慌てで詠唱し、俺の知らない魔法を使うと、部屋全体が真っ暗になって視界が奪われた。


「あ、あれ? 急に真っ暗ですよー?」

「エリーちゃん! あのね、今日からヘンリー君が居るんだから、いきなり服を脱いじゃダメでしょ!」

「え? 別にエリーは裸を見られても恥ずかしくないですよ?」

「そういう問題じゃないの! エリーちゃんが平気でも、思春期なんだから、ヘンリー君が大変な事になっちゃうのよ」

「大変な事? それって、どうなるんですか?」

「それは、その……とにかく、ダメなものはダメなんですっ!」


 大慌ての詠唱だったけど、それでも十分な時間はあった。詠唱万歳!

 肌色の双丘を露わにした、純白のパンツ一枚だけの姿……ありがとうございますっ!


『ヘンリーさん。言っておきますけど、思考がダダ漏れですからね』


 アオイの呆れた声が聞こえたけれど、幸せいっぱいの俺には全く響かなかったのだった。

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