第4話 薄い本みたいな事

 アオイの力を借りて神聖魔法が発動出来た俺は、思いっきり浮かれていた。

 騎士ではないものの、一度は閉ざされてしまったと諦めかけた、人々を守るという夢であり、人生の目標が再び叶えられる。

 神聖魔法が使えるのだから教会で聖職者として認められ、さらに剣が使えるのだから、君は神官戦士として活躍してもらおう……そんな事を言ってもらえると思いながら、教会を訪れ、


「アンデッド! アンデッドの気配がするぞっ! ゴーストか!? いや、この圧倒的な存在感は……まさか、上位のレイスなのかっ!?」

「滅せねば! 我らの敵、不死なる者を滅せねばっ!」

「聖水を! 聖水を持てーい! 瓶!? まだるっこしい! 樽で用意しろっ!」


 普段は温厚な良い人なのに、突然狂ったように叫び出した神父さんたちを前に、猛ダッシュで逃げる事になってしまった。

 今更ながら、よく考えたら神聖魔法が使えても、まだ学校を卒業していないから教会で聖職者になる事は出来ないし、そもそもアオイが居るのだから、目の敵にされて当然だ。


「というか、アオイ。あの山を離れて、俺について来て良いのか?」

『へ? いえ、別に良いんじゃないですか? 私、あの山に住んでいる訳でも何でもないですし。それに、自分でついて行こうとした訳ではなくて、ヘンリーさんが移動されたら、引っ張られるようにして勝手に私もついて行ったんですよー』


 なるほど。アオイは地縛霊ではなかったのか。

 ただ、勝手について行ったと言っていたけど……まさか俺、取り憑かれたりしてないだろうな。

 とりあえず、今の所俺の身体に異常は無いけど、じわじわ少しずつ絞り取って行くタイプなのだろうか。

 まぁ体力に自信はあるし、ヤバいと思ったら教会へ駆けこむか。


『あの、ヘンリーさん。さっきの人たちは一体何だったんですか? 目が血走っていましたけど』

「あー、まぁ気にするな。職業病みたいなもんだ」

『そ、そうですか。私、気持ちを落ちつかせたり、病気を治したりする魔法も知っていますけど』

「いや、いいから。そっとしておいてあげて」


 とりあえず、今神父さんたちに必要なのはアオイが遠ざかる事だろう。

 下手に戻って、俺が聖水とかぶっかけられても嫌だしさ。

 ……ところで、聖水って何なんだろう。


『聖水は聖職者が祈りによって清めた水だったり、聖なる泉の水だったりと、宗派によって違いはありますが、いずれも儀式に用いたり、高度な神聖魔法を使用する際に必要だったりしますね。聖なる力が宿っているので、悪しき存在を遠ざけたり、振りかける事でダメージを与えたりする事も出来ます』

「ふーん、なるほど……って、ちょっと待った。俺、さっき聖水の事を口にしたっけ?」

『あ、いえ。何となく聖水について知りたがっているような気がしたので……す、すみません』


 まさか思考が読まれているなんて。

 いくらゴーストとはいえ、それはちょっと嫌かも。例えば、俺が可愛い女の子にだな、あんな事やこんな事をしているのを想像すると……


『……変態さんです』

「ちょ、おい! 誰が変態だ、誰が! 今のは、アオイが俺の心を読めるのかどうかを確認するためであってだな」

『うぅ……これから、こんな事を考えているヘンリーさんと行動を共にしないといけないなんて。きっと私も……やめて! 私に変な事をする気でしょう? 薄い本みたいに! 薄い本みたいに!』

「何の話だよ! というか、薄い本って何の事だよ! というか、そもそも勝手に人の思考を読むな! 分かったな?」


 何かに怯えるアオイに注意しつつ、真面目にこれからの事を考える。

 神聖魔法が使えれば神官戦士という道に進める可能性があるが、アオイを連れたままだと再び同じ事が起こってしまう。

 かといってアオイが居なければ、信仰心の無い俺に神聖魔法は使えない。

 現実的な所を言えば、残りの学生生活で必死に信仰心を高めて神聖魔法を自力で使えるようになる事だろうか。……いやこれ、現実的なのか?

 どうしたものかと思いながら、入門書の目次を眺めていると、『困った時は』という表題を見つけた。

 一体何が書かれているのかと、そのページを開くと、


――魔法の独学で行き詰ったら、魔法学校や魔術師ギルドに頼るのも良いだろう。特に魔術師ギルドは年齢制限が無い。先輩魔法使いが懇切丁寧に指導してくれて、同年代のライバルと切磋琢磨出来るかもしれない。さぁ、今すぐ貴方の街の魔術師ギルドへレッツゴー!――


 誰が書いたのかと問いただしたくなるような言葉が書かれていた。

 ……あ、よく見ると、この魔導書って魔術師ギルドから出版されているのか。思いっきり宣伝じゃねーか。


『ふーん。ギルド――組合ですか。私としては組合よりも、正式な魔法学院で学ぶ事をお勧めいたしますけど』

「学院? あぁ、一応俺はちゃんと学校に通っているよ。ただ諸事情で、これまで魔法の勉強は全くしてこなかったんだけどな」

『そうなんですか? じゃあ、ちゃんとそこで勉強しましょうよ』

「まぁ、そうなんだけどな」


 アオイの言う通りなのだが、普通に学校だけで何とかしようとすると、残りの学校生活の期間から考えて、俺は間違いなく召喚魔法の勉強だけをさせられる。

 ハズレと言われた召喚魔法しか使えない魔法使いだなんて、一体何の役に立つと言うのか。


「よし、出来る事は全てやろう。幸い明日は休みだ。今日はもう遅いし、一晩休んでから魔術師ギルドへ行く!」

『そうですか。じゃあ、今日はもう就寝ですかね』

「あぁ。とりあえず寮へ戻るか」

『わかりました。では、瞬間移動の魔法を使いますか? 行き先を想い描いてテレポートと言うだけですが』

「え、そんな事まで出来るの!? てか、学生でそんな凄い魔法を使ったら、流石に周りが引くってば。そこまで遠くないし、歩いて帰るよ」


 瞬間移動なんて魔法が存在するなんて事自体、初めて聞いたんだけど。

 しかし俺が知らないだけで、割とメジャーな魔法かもしれないし、明日ギルドで聞いてみ……いや、絶対そんな事はないっ!

 想像を越える魔法の存在を知り、自分で自分にツッコミながら寮の自室へと戻ったのだった。

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