第3話 自称大賢者アオイ

 聞いた事の無い声の主を探して周囲を見渡してみるが、誰も居ない。

 周囲に気を張り巡らせ、気配を探ってみるが、誰かが居る気配も無かった。


「だ、誰だっ! 姿を見せろっ!」


 声色から相手に害意が無いのは分かっているが、ならば姿を見せないのはどういう事か。


『えっと、貴方のすぐ目の前に居るんですけど……見えませんか?』


 声の主は目の前だと言うが、俺の視界には山の下に広がる住宅街と士官学校が映るだけで、そこには誰も居ない。

 だが、先程何も起こらなかったように見えたけど、俺が使用したのは召喚魔法だ。

 これらを総合して推測した結論を、思わず声に出してしまった。


「もしかして俺、ゴーストを召喚したのか!?」

『ゴースト? 召喚? ……もしかして、それって私の事を言っているのですか?』

「え? あー、うん。悪いが俺にはアンタの姿が見えないし、それなりに修練を積んでいるにもかかわらず、気配を感じる事が出来ない。だけど声はハッキリと聞こえるからさ」

『私がゴースト? ……あ、なるほど。幽霊ですか。確かに、私があの魔王の最期の攻撃に耐えられたとは思えませんし……』


 ゴーストではないかと言った後に、死んでゴーストとなった事に気付いていないのかと思ったのだが、どうやら自分が死んだ事については納得したらしい。

 ただ、よく分からない事を言っているが、突然ゴーストとして召喚された事で混乱しているのだろう。


「突然で悪いんだが、アンタは俺に召喚されたって事で良いのか?」

『召喚というのは正直良く分かりませんけど、長い間眠っていたのを叩き起こされた感じがします』


 おそらく、この山に居たホーンティング――地縛霊を召喚してしまったのだろう。

 という事は、魔導書の通りにやって召喚魔法に成功してしまった事になる。

 だが、召喚魔法よりも集中して気合を入れた神聖魔法は成功しなかった。

 つまり、召喚士クラスである俺は、ハズレの召喚魔法を使う事は出来ても、まだ活用出来そうな神聖魔法は使えないと言う事だ。


「うわぁぁぁ……」

『ど、どうされたんですか? 大丈夫ですか? 私、何かしちゃいました?』

「大丈夫じゃない……が、アンタが悪い訳じゃない。俺が神聖魔法を使う事が出来ないって事実を突きつけられただけだ」

『えーっと、何の話かは分かりませんけど、神聖魔法が使えるようになりたいんですよね? あんなのコツさえ知っていれば、誰にでも使えますよ?』

「コツ!? 誰にでも使える!? それって本当なのか!?」

『えぇ、本当です。神聖魔法は、神への信仰心を糧として奇跡を起こす魔法。ですので、信仰心さえあれば誰でも……暗黒神や邪神の信者とかでなければ誰でも使えますよ』


 一瞬膨らんだ期待が急激に萎んでいく。

 ゴーストの言う事を信じるのであれば、信仰心さえあれば誰でも神聖魔法を使えるという話だが、逆に言えば信仰心が無い者に神聖魔法は使えない事になる。

 そして俺には、信仰心なんてものは無い。もしも神様とやらを信じていれば、こんな理不尽なクラス判別の結果が出なかったのだろうか。


『あ、あれ? どうしてそんなに落ち込んでいるのですか? もしかして、貴方は暗黒神の信者だとか?』

「そんな訳ねーだろ。けど、神様も暗黒神とやらも、俺は神様の類は何も信じて無いんだよ」

『え!? 光明神を崇拝していないのですか? そんな人が私以外に居るなんて……』

「いや、アンタも信じてないのかよ!」


 思わずゴーストに突っ込んでしまったけど、そもそも光明神や暗黒神なんて神様は聞いた事が無いんだが。

 まぁよく考えれば、神聖魔法と言えば治癒や強化といった魔法が使えるが、それよりももっと有名なのが浄化――アンデッドや悪魔を退治する魔法だ。

 教会の宿敵とも言えるゴーストに、神聖魔法の何が分かるというのか。


『私の場合は少し特殊でして……そうだ。暗黒神の信者でないのなら、神聖魔法を使えるようにしてあげますよ』

「はぁ!? アンタが!? どうやって!?」

『ふっふっふ。生前の私は、ちょっと――いえ、かなり魔法に詳しかったんですよ。私も神は信仰していませんでしたが、神聖魔法は使えましたからね』

「さっきと言っている事が違うけど……まぁいいや。じゃあ、やってくれよ」

『はい。では何でも良いですから、神聖魔法を使ってみてください』


 姿は見えないけれどやけに自信たっぷりな様子なので、俺は半信半疑だけど杖を手に取り、呪文を唱えて治癒魔法を使用した。


「ヒール」


 その直後、小枝のような杖の先端に強い光が集まる。

 眩しくて、直接目を向けられない程の光量を前に、思わず左手で光を塞ぐ。


「凄い。凄いが……これ、どうしたら良いんだ!?」

『誰かに使えば良いんじゃないですか? 自分自身でも、その辺りに居る生物でも』

「誰かに……って、じゃあアレだ。あの今にも死にそうなウサギだっ!」


 偶然目にした、空中で鷲に掴まれたウサギに向かって杖を伸ばす。

 すると、空に浮かぶウサギが光に包み込まれ、ぐったりしていたのに、突然逃げ出そうと暴れ出した。

 光に驚いたのか、仕留めたと油断していたのか、鷲がウサギを落とし……再び空中でキャッチされる。

 ウサギの運命は結果的に変わらなかったが、俺が使った治癒魔法にちゃんと効力があったのは分かった。


「アンタ、凄いな。さっきは全くダメだったのに、神聖魔法が使えたよ」

『そうでしょう、そうでしょう。これでも私は、大賢者と呼ばれていたんです。貴方の魔法の効力を何十倍にも増幅させて発動させるなんて、簡単な事です』

「大賢者? ……そういえば、アンタ名前は何て言うんだ?」

『私ですか? ふふっ。私は全ての魔法を極めし大賢者、アオイ=タナカです』

「アオイ=タナカ……聞いた事が無いな」

『えぇっ!? あ、あの。私、魔王討伐隊として勇者パーティの一員だったんですけど』

「いや、知らん。まぁいいや。俺はヘンリー=フォーサイス。よろしくな」


 何故か自分の事を有名人だと勘違いしている、自称大賢者アオイがいじけているが、一先ず神聖魔法が使えるようになった俺は、そのままダッシュで山を下り、教会を目指したのだった。

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