第20話 森の王

 徐々に強くなる振動、聞こえてくる木々の倒れる音

 何かが、何か巨大なものが向かってきている

 異様な気配にその場にいる者は皆一様に森からじわじわ離れていく。


「冗談だろ?」

「なにこれ・・・」


 誰ともなく印象を口にするが共通して目の前の光景が信じられないようだ。

 森に太い道を作りながら現れたのは体長20mはあろうかという巨大生物だった。


 まず目につくのはトナカイのような角、そして体を覆う長い体毛。

 しかし四肢を左右に開くその姿、低い姿勢、大きな目に縦に細い瞳孔と鋭い爪はトカゲのようでもある。

 その巨大生物はゆっくりと周囲を一瞥すると大きく息を吸い込み、咆哮する


「ギョアアアァァァァアアアオオォォ」


 体がビリビリと震え、その音圧に吹き飛ばされそうになる。

 足の力が、スっと抜けるような感覚。無意識のうちに体が恐怖しているのだ。


 後方の出張所では悲鳴が上がっている。



「ま、まさか・・・森の王ユカムニタプ?」

 アッシュが震えた声でつぶやく


 ユカ・・・何?


「森の王。森の民がユカムニタプと呼ぶ伝説の生き物や。竜のようでもあり、獣のようでもあると言われとるから竜か獣の見間違えだろうと言われとったんやけど・・・まさかそのまま合体した姿とは思わんかったわ」


 スピネルも冷や汗が止まらないようだが研究者としての意地がこの場に踏みとどまらせているようだ。


 正面から見ると観光バスが横に2台並んでるような大きさだ。

 この大きさで森をうろうろしちゃダメだろ。


 ていうかどうするのコレ?

 戦うの?逃げるの?いやむしろ生き残れるの?


「おいスピネル、アレに言葉は通じるのか?」

 声を潜めて尋ねる


「伝説の生き物やさかい通じるんちゃうかな・・・知らんけど」



森の王ユカムニタプよ、ここは人の世。何故このような場所にいらしたのですか」

 アッシュが呼びかける


「・・・」


 森の王は一瞥しただけで反応はない。

 アッシュがたじろぐ。怒りを買ったと考えてたのかもしれない。

 ていうか言葉が通じてないのでは?



「おい、反応ないぞ。やっぱりただの魔物なんじゃね?」

「そんなん言われても知らん言うたやろが!」

 ひそひそとスピネルに耳打ちする



「もしかして熊がこのデカイののご飯だったんじゃない?」


 デカイの・・・アルルに恐怖はないらしい。さすが勇者というべきか。


「愚か者!森の王ユカムニタプになんという口を利くのか!無礼だぞ!」

 慌ててアッシュがとがめる

 獣人にとって森の王こいつは神様みたいなものっぽいな。


「そんなこと言ったってさー、返事しないしおなか減ってるだけかもしれないでしょ?」


 アルルは無造作に近寄りインベントリ収納スキルからブレードベアの死体を取り出し森の王の目の前に置く。

 爪が届く距離なのになんて度胸だ。見てるこっちの方が心臓に悪い。


「これあげるから帰ってよ。別にあたしらだって戦いたいわけじゃないしさ。」


 やばい、めまいがする。

 無礼とか不遜とかってレベルじゃねぇ。

 言葉が通じてても通じてなくても死が確定した気しかしない。


 あ、アッシュが泡吹いて倒れた。

 ベインがお嬢しっかりとか呼びかけてるけどダメだろうな。



 森の王がその右前脚をゆっくりと持ち上げブレードベアの方に伸ばす。

 お?お気に召したか?


 その刹那、持ち上げた前脚をアルルに向けて振り下ろした。

 アレだ。人間がハエやGを叩く時の挙動そのままだ。


 揺れる地面、大きな土煙が上がり一瞬遅れて突風が突き抜ける。


「アルル!」


 思わず叫ぶが、果たして声が届くのか・・・

 土煙の中から人間大の影が飛び出しくるくると回転し地面に落ちバウンドした。


 まさか・・・



「貴様・・・」


 低く重厚な声が響く

 え?誰?もしかして森の王?


 森の王は前脚を振り下ろした位置を凝視したままだ



「うぇっ、ぺっぺっ!土まみれになっちゃったじゃないか!何してくれるのよ!」


 土煙の中からアルルが現れる。見た感じ無事なようだ。

 てことはさっき飛んで行ったのは一体?


 見ればそこに転がっているのは巨大な爪、いや指か。


 森の王のトカゲに似た前脚から指が1本なくなっている。

 アルルの手にはおなじみ逆鱗剣。



 目に熱いものがこみ上げる。

 俺の作品がアルルを守った事

 俺の作品が伝説の生物に通用した事

 俺の作品をアルルが信じてくれた事

 空から見てるかガイエル。俺達はすごいものを作ったぞ!


 いやオレ死んでねぇしって声が聞こえそうだ



「バラシ、ちょっとつきあってんか」

 感慨に浸っているとスピネルに手を引かれて転がってる指の方に連行される


「おい、お前まさか」

「当たり前やろ!こんなレアもん血の一滴も無駄にできひんで!」


 スピネルはバッグからロープを取り出し切断面を縛り上げようとしている。

 この空気の中で回収するつもりか。筋金入りの魔物バカだな。



「まさか我に傷をつけられる者がいるとはな」


 森の王の野太い声が響く


「どうよ!バラシが作った逆鱗剣よ!すごいでしょ!

 先に手を出したのはそっちだから謝らないからね。」


 どいつだ?あそこの黒い方とか聞こえる気がする

 おいやめろこっちを指さすな

 コソコソしてる意味がないじゃねえか



「黒髪のお前ちょっと来い」


「は、はヒィ!?」

 予想外の発言に声が裏返る


「ほらご指名やで。きっちり時間稼いできてんか」

 ニヒヒと笑うスピネルに送り出される



 おそるおそる近寄ると切断された部分がすでにふさがり肉芽ができているのが見えた。

 再生能力・・・たとえ刃が通ったとしても倒すのは無理か。

 いや倒そうと思っているわけではないが。


「お前面白いものを作るようだな」


 森の王の手前3mほどの位置で目が合う。

 体が動かん・・・


「きょ、恐悦至極です?」


 神とかと会話した事がないので言葉が浮かばない。


「その赤い剣よりも強いものを作ることは可能か」


「材料があればできます・・・多分。」


 時間はかかるだろうが森の王の素材なら作れるだろう。

 指がもらえる前提だが。

 設備も必要だが。



「ふむ。お前に小娘が叩き斬った我の指をやろう。ひと月で剣を作って持ってこい。」


 は?剣が欲しい?なんで?


「それは、森の王自らが剣をお使いになられるということで・・・?」


「大きさは人間用でよい。できるな?」


 できるかできないかで言ったら、できない。

 圧倒的に時間が足りない。作る時間ではなく研究する時間がだ。

 正直、素材持って逃げる方が賢明だ。


 即答できない。



「できぬというならそこの村ごと焼き尽くしてやろう」


「ええっ!?」

 問答無用かよ!理不尽ってレベルじゃねぇ

 出張所の方からやれよバラシみんな殺す気かとか聞こえてくる

 お前らこそ俺を殺す気か


「ちょっと待ってください。いくらなんでも1か月は厳しいかと・・・」


 ブラック顧客に対応する営業の気分だ


「ならば2か月やろう。その代わり条件を付ける」


 森の王はゆっくりと俺に指を伸ばすとそばにいたアルルが身構える


「動くなよ。殺してしまうかもしれんでな」


 ゆっくりとゆっくりと巨大な爪が近づく。両手で抱えるほどの太さだ。

 こんなのを切り飛ばしたのかと思うとアルルの力量に感心せざるを得ない。


 爪の先が俺の胸に触れると爪の先から何か熱いものが流れ込んでくるような感覚を受ける。


 指が離れたので慌てて上着を脱ぐと胸には手のひらサイズの紋章か魔法陣のような黒い刺青が刻まれていた。



「おおーバラシなんかかっこいいじゃん」

 アルルはのんきなもんだ。


「これってアレですかね。時間で死ぬ呪いとか・・・」


 森の王は笑ったように見えた


「察しがいいな。2か月後に我に剣を届けなければお前は死ぬ。」


 どうしようもねぇな。

 進退窮まるとはまさにこの事だ。


「悪い事ばかりではないぞ。その2か月間よほどの事がない限りお前は死なぬ。」


 いや、2か月限定じゃ意味ないだろ

 しかし・・・


「わかりました。やりますよ。最善を尽くします。」


 俺に選択肢はなかった。

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