第3話 インベントリ

 辺境ギルドの解体部にも休みがある


 休みの日には村の西にある隣町まで行っていろいろと売ったり買ったりする。

 定期的に農産物を卸しに行く農家のホーベックさんの馬車に乗せてもらい、およそ2~3時間の行程だ。


 仕事道具や売り物をマジックバッグに放り込み待ち合わせ場所の村の門に向かう。

 マジックバッグは見た目以上の容量を持つ魔法のカバンで、王都の錬金術師に頼んで譲ってもらったものだ。大容量のものは大変高価だが、容量の小さいものはお手頃価格。

 それでも買えなくはないという程度で高価には変わりない。

 ちなみに勇者アルルが何もないところから獲物を取り出したのも同じような効果のスキルだ。


「おはようございますホーベックさん。今日もヒゲがキレッキレですね。

 今回もよろしくおねがいします。」


 待ち合わせ場所にはすでに荷馬車が到着していて、立派なあごひげが特徴のホーベックさんは他の村人の荷物を積み込んでいた。


「バラシか。もうすぐ終わるから空いてるところに乗っててくれ。」


 辺境の村に定期的な乗合馬車などは来ないため、便乗して用事を済ますのが日常となっている。小さなコミュニティならではの助け合いだ。


 指示された通り荷台の端っこに座る。

 今日の荷物も小麦と野菜がメインのようだ。



「出発するぞ」


 ホーベックさんは御者台に乗り込み馬に鞭を入れる。

 門の外に広がる立派な穂を実らせた麦畑の間を馬車は進んでいく。


「今年の麦は良さそうですねぇ」

「そうだな。ウチの村は肥料がいいからだろう。」

「へーそうなんですか」


 などと世間話をしながら馬車に揺られていると馬車の速度が落ちる


「人がいる。珍しいな。」


 ホーベックさんは声のトーンを落とす。

 基本的にサハテイ村の住人以外が街道を使うことはない。

 秘密の道というわけではなく、サハテイ村に用がある人がいないからだ。

 あまりに通る人がいないため盗賊も来ない程。


 そんな場所に人がいれば警戒するのは当然だ。


 どんな奴かと馬車の先を覗いてみると緑灰色の髪が見えた。

 あれは昨日の勇者アルルじゃないか。


「ホーベックさん、あれは多分大丈夫ですよ。昨日ウチに来た勇者です。」

「勇者ぁ?勇者がなんだってこんなところに」


 言われてみれば辺境まで何しに来たんだろう?


「わかりません。本人に聞いてみたらどうです?」


「ふむ・・・」



 馬車はゆっくり勇者アルルに近づく。

 アルルも馬車に気付いたようだ。


「おはようお嬢さん、こんなところで一人旅かい?」

 ホーベックさんは御者台から声をかける。


「ええまあ、リナトの町まで」

 アルルはアルルで警戒しているようだ


「俺達もリナトまで行くんだ。乗っていくかい?」


 ホーベックさんは紳士だなぁ。村人の鑑だ。


「ホーベックさん、やめといたほうがいいですよ。こいつ無一文ですから。」


 俺が荷台から顔を出し声をかける

 宿代ギリギリの所持金しかないはずだ。

 おそらく朝食すらとれていないだろう。


「あっ!あんたは昨日の解体屋さん!」


 アルルに指差されて軽く会釈すると

 ホーベックさんは怪訝そうな目で俺を見る


「バラシ、女の子の一人旅を助けるのにやめとけとはどういうこった。」


「いやでも、お金ないのは本当の事なので・・・」

 アルルは申し訳なさそうに俯く


「金なんかいらないよ。ついでだついで。さっさと後ろに乗りな」

「ありがとうございます!」


 アルルはいそいそと荷台に乗り込んでくる

 声のトーンが明るい。安心したのだろう。



「バラシさん、だっけ?昨日ぶりね。

 あなたが乗っててよかったわ。おじさまもいい人みたいだし。

 馬車に乗せてそのまま売ろうとする商人とかたまにいるからさー」


「バラシでいいよ。ひとまず息災でなによりだ。」


 誘いを一度他人が正当な理由で反対してからそれを押し通せば信用度は増す。

 マッチポンプではあるが交渉の基本だ。

 無償の厚意というものは時に疑念の元になるものだ。


 しかし勇者なのに売られそうになった経験があるのか。

 無一文なのもそれが理由か?

 いや、サハテイ村は人買いや人売りが来るような場所ではないな。


「アルルはなんでこんなところにいるんだ?

 勇者が来るような場所じゃないだろう」


「あら?あたしは勇者なんだからアルルさんって呼んでいいのよ?」


 お前は何を言っているんだ

 暴力での勝負ではゴリラには勝てないが貸しがあるのは俺の方だ。


「俺はアルルに剣を無担保で貸している債権者だ。俺の方がエライ。」


 アルルはぶーぶー言っているが質問に答えてもらおう


「で、何の用があったんだ?」


「用があったのは迷いの森の方よ。

 どんなものかと思って行ってみたら死んじゃってさー」


 迷いの森はサハテイ村の東、辺境のさらに奥にある森の事だ。

 その奥に踏み込んで生きて帰った者はいないと言われる秘境。

 迷いの森に踏み込むのは自殺行為だ。

 あ、死んだのか。


「勇者は死んでも復活するって話は本当だったんだな。

 死んでも平気なのに売られるのは怖いのか。」


「あたりまえでしょ?死ねば痛いし死ねない状況になる可能性もあるのよ?」

 アルルの目が暗い。いろんな意味で死線をくぐってきているようだ。


「やな事を思い出させてしまったようで悪かったな。

 それで、迷いの森には何かあるのか?」


「そこは企業秘密ってやつよ。言えないわ。」

 アルルは妙に得意げだ。

 おだてたらそのうち口を滑らせそうだな。


「言いたくないならいい。

 それで無一文になったのはなぜだ?死んでもインベントリのスキルがあるのだろう?」


「あーそれね。死ぬと近くの安全な場所で復活するんだけど、インベントリの持ち物は死んだ場所に全部飛び出しちゃうのよね。取りに行きたいけど武器もお金もないし、ひとまずリナトの町の教会に行って助けてもらおうと思って。」


 マジか。

 インベントリのスキルにそんな仕様があったとは。

 持ったまま死なれたアイテムが永遠に亜空間を漂うよりはマシ・・・なのか?


「持ち物全部持って危険な場所へ一人で行くとはアルルもなかなかのうっかりさんなわけだな」


 アルルはえへへと頭をかいているが褒めてるわけでもからかってるわけでもないぞ。

 呆れているんだ。


「アルルはさらっと話していたが、インベントリの話は秘密にしとけよ。

 勇者を殺せばアイテムがしこたま手に入ると知れたらどれだけ狙われるかわからないぞ。」


 アルルははっとして自分の口を押える。

 だからうっかりさんだと言ったのだ。


「ひ、秘密ね?これ絶対秘密ね?」

 青い顔で俺の両肩をつかんでゆすってくる


「まぁ、知ってる人は知ってると思うから気軽に死なないことだな。」


 過去の歴史の中でインベントリのスキル持ちが死ぬところに立ち会った人もいるだろう。

 容量がどれぐらいあるかは知らないが突然宝の山が出現する伝承が残っていてもおかしくない。



「狙われる・・・殺される・・・」


 アルルはまだブツブツ言っている

 なかなかショックだったようだ


 アルルの手を両手でそっと握り、目を見て話しかける


「俺は誰にも話さないと約束するし、そもそもアルルは強いだろ?

 心配ならもっと強くなればいい。俺に出来る事なら協力する。

 だからほら、安心してくれよ。アルルは笑った方が魅力的だよ?」


 ビクビク生きてもつまらないし、本来人間死ぬのは一度。

 死なないように気を付けるなんて当たり前のこと。

 なるべく笑顔で生きてほしいものだ。


 アルルはこぼれそうな涙を袖でぬぐって無理に笑う


「うん・・・そうだよね。

 もっと強くなれば、いいんだよね。ありがと。」


「やっぱり笑ってる方がいい。」


 うんうんと頷いて握った手を放そうとするとアルルに握り返される

「ん?どうした?」


「協力してくれるって言った」

 そっぽを向きながらか細い声でアルルが訴える


 俺の右手はアルルが満足するまでしばらく握られたままとなった。

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