第2話 アングリーボア

「いらっしゃいませ?」


 本来、片田舎のギルドの解体部に来客は少ない。

 思わず疑問形になる。


 来店した少女は薄汚れた服を着ているが肩まで伸びた緑灰色の髪に力強い眼差し、

 胸は残念だがスタイルは良さそう。磨けば超光る健康美人タイプだ。


「ようこそかわいらしいお嬢さん。

 お買い物でしたら事務所の受付に販売部がありますよ。

 宿屋でしたら広場に向かって5分ほど歩いたところになります。」


 獲物を持ってる様子はないし村では見たことがない少女だ。

 買い物か宿屋を探しているのだろう。


「いえ・・・獲物を何とかしてほしいんだけどどこに置けばいいかしら?」


 少女はうつむき加減に目をそらしながら言う。

 あ、褒められ慣れてないタイプだ。初々しい。


「ではこちらに」


 俺は長さ2mほどの台車を用意すると彼女は虚空から何かを取り出し台車の上に置いた。

『べちゃ』という音とともに血の滴る肉塊がそこにあった。

 どこが頭か足かもわからない。

 毛が生えた生き物だった事だけがわかるような状態だ。


「これなんだけど・・・」


 少女は恥ずかしそうだが無理もない。

 岩に潰されたような状態でギルドに持ち込む冒険者は稀。

 普通はその場で使える部位だけ残して廃棄だ。


「ひき肉の買取は肉屋に行ってください。

 原型とどめてないじゃないですか。臭いからするとアングリーボアですか?」


 アングリーボアは猪が魔物化したもので、魔力の影響で猪の限界を超えて巨大化し大きい固体で体長3mにもなる。車で言うと軽ミニバンぐらいの大きさになる。

 肉食ではないが視界に入った者には無差別に突進するため初級冒険者に恐れられている。


「あたしが言うのも何だけどこの状態でよくわかるわね。さすがプロという事かしら。」


「まぁそれなりに数こなしてますからね。

 でもこれじゃ解体もへったくれもないですよ。廃棄です廃棄。」


 解体屋は解体した結果価値が出るものしか解体しない。

 価値というのは皮、肉、骨、爪、牙などの素材の事だ。

 この肉塊はどれについても価値がない。清掃の手間賃を請求したいぐらいだ。


「そこをなんとか!このままじゃ今日の宿代もないのよ

 棍棒で殴り倒したらこんなになっちゃって…」


 人が殴って巨大猪を肉塊に変えられるわけないだろう。

 それともアレかな?変身してゴリラになるのかな?

 ゴリラガールかな?


 少女は両手を合わせて上目遣いで懇願してくる。

 かわいいゴリラだな。


「そんなこと言われても解体手数料引いたらほとんど何も残らないですよ」


 ため息まじりに返すが少女は黙って手を合わせたまま濃緑色の瞳をうるうるさせて見つめてくる


「しょうがないですね。銀貨1枚で買取りますよ。」


 無言の圧力お願いに屈した。

 銀貨1枚あれば安宿で一晩泊まれるだろう。


 少女はぱあっと表情を明るくし


「ありがとう!助かった!お兄さんイケメン!あとついでに武器ちょうだい!」


「は?」


 どさくさに紛れて何言ってんだコイツは?


「武器は武器屋で買ってください」


「だってそこにあるナイフあなたのでしょ?」


 と、大量に吊るしてある仕事道具ナイフを指さす

 確かに大小30本以上のナイフはあるが仕事道具をくれてやるわけにはいかない。


「それにほら、武器があればもっといい状態で獲物を獲ってこれるでしょ?

 先行投資よ先行投資。」


 確かに棍棒で巨大猪を肉塊にしたのであればゴリラ並の力はあるのだろう。

 武器があればより良い状態、よりよい獲物を狩れる。

 だが投資する筋合いが全くない。ゼロだ。初対面だぞ。ゴリラだし。


 少女は笑顔で両手を出して早く武器をくれといわんばかりだ。

 断られるという考えはないらしい。


 長いため息をつき、カウンターの下に隠してあるショートソードを取り出す。

 本来は防犯用だ。


「こいつは俺が趣味で作ってる剣です。

 ちょうどあなたが狩ってきたのと同じアングリーボアの素材でできています。

 これを貸しますからきっちり獲物を狩ってきてください。」


 解体屋はその職業柄廃棄物が多く出る。

 それらの廃材で武器を作るのは俺の趣味だ。

 仕事道具も半分以上は自作だ。


 別にヒマだからじゃない。断固として。



「趣味という割にはよくできてるじゃない!

 お言葉に甘えて借りていくわね!」


 アングリーボアのショートソードを手に取り軽く振りまわしている

 振り方を見ても剣技の腕は確かなようだ。



 買取の銀貨1枚とショートソードを持って立ち去ろうとする少女に声をかける


「待ってください。せめて名前ぐらい名乗っていかれたらどうです?」


 少女は振り返りにっこり笑う

「言ってなかったわね。私はアルル。これでも勇者よ!

 また会いましょう!」


 金なし武器なし仲間なしの勇者アルルは去っていった。

 その後に残されたのはかつて猪だった肉の塊だけ。



「こりゃあスライムちゃんのエサかな」


 ひとりごちると肉塊を乗せた台車を転がしていく。


 我ながら女に甘いなと苦笑するがそんな自分が嫌いではない。

 金をケチって不愉快になるより金を使っていい出会いにした方が人生は楽しい。


 人助けをしたと思えばいいさ。

 一日一善だ。

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