第十七話 体裁のいい言い訳

◆◆◆ 荒神裕也――


 鋭い眼光をリオンに飛ばせば、雰囲気が変わったことをいち早く察知し、リオンがやんわりと群衆を遠ざける。

 聞かれて不味い類の話ではないが、真実を知った人間がどのようなパニックに陥るかわからない以上、余計なリスクは排除しておきたいという算段だろう。


 促されるままに大広間の隅に移動すれば、あたりを見渡すリオンがこれ見よがしにわかりやすいため息をついた。


「ここなら彼らに聞かれることもないだろう。……それで話っていうのは?」

「いらねぇ混乱を招きたくなけりゃ隠していること全て話せ」

「えらくまっすぐ脅してきたね? もうちょっと駆け引きとかないのかい?」

「テメェみたいな天然野郎にいらねぇ時間を割く暇はこっちにはねぇんだ。さっさと話せ」

「……はぁ。巻き込む気はなかったんだけどね。君ほどの実力者ともなるとやっぱり誤魔化せるものでもないか。……?」

「あれで隠していたつもりか?」


 そう問いかければ僅かに身体を強張らせるアルマ。

 どうやら隠し事はできないタイプの人間らしい。


 まぁ、違和感ははじめからあった。


「テメェほどの奴があんな雑魚ども一掃できねぇわけがねぇからな。 ……となれば掃討したくてもできねぇ事情がどこかにあると考えるのが自然だろ」

「まいったな。そこまで見抜かれているとは」


 柱に寄り掛かるなり軽く舌打ちすれば、アルマの方から軽い苦笑が返ってきた。


 あの化け物は『群れ』として襲い掛かってこられればそれなりの脅威だが、化物『単体』であればそこまで強いという訳ではない。

 よくて、ホブゴブリン一体程度の戦力と見るべきか。

 普通の人間に対してならそれなりの脅威だが、冒険者。ましてや≪至宝の剣≫の一人であれば殲滅できないと思う方がどうかしている。


「それこそあの化け物共を一撃で遠距離から狩ることができんなら、自身を囮にして討伐と撤退を繰り返せば籠城戦なんて面倒な長期戦は取らないはずだ。ましてや防衛戦に徹するのならなおさらだ」

「……そう睨まないでくれ。これでもかなり慎重な案件なんだ。僕だってただ遊んでいる訳じゃないんだ」

「――ほぅ。≪至宝の剣≫さまが手をこまねくほどのドデカい案件だ。……だったらいい加減、俺のご機嫌取りはもう必要ないんじゃねぇのか」


 すると大きく息をつくリオンが額に手を付き、柔らかく首を振る。

 ようやく俺を巻き込むことに心を決めたか。


 観念したように重いため息が鼓膜を震わせた。


 『お人よし』特有の思考回路なんざとうの昔に看破している。

 どうせ『どうすれば巻き込まないか』なんてくだらねぇことでも考えていたんだろう。

 黙っていて状況が好転するのなら、俺はさっさとこの街を出てまたくだらねぇ第二の人生とやらを謳歌しているところだ。 


「例の結界。ありゃ外部に化け物が漏れることを恐れて張ったもんじゃねぇな」

「――すごいな。そこまでわかるのか」

「あの程度の化物にあそこまで強固な結界を張る理由がねぇからな。一応、見当はついてんだがいったい誰の指示だ」


 コンコンと柱を叩けば、弾かれるような感覚が指先に走る。

 ただの部屋の強度を補強するための結界ではないことはすでに解析済みだ。


 その上で問いかければ、感嘆の息をつくリオンが懐から一枚の便せんを差し出してきた。

 乱雑に受け取り差出人に視線を移す。

 そこには、この世で最もムカつく男の名前が書かれてあった。


「……お察しのとおり、これはレイブンの指示だ。使いによこした者が到着する前に何か異常があれば君が到着するまで結界の強度を最大レベルまで上げるようにってね」

「チッ、やっぱあのクソメガネが一枚噛んでやがったか」

「任務に無関係の君まで巻き込むのは反対だと抗議はしたんだけどね。相変わらずの頑固で聞き入れてもらえなかった」


 曖昧に言葉を濁らせ肩をすくめてみせるリオン。

 その表情には僅かに口惜しさの色が浮かんでいた。


「……その様子だとかなり厄介な案件のようだな。あの化け物は新種の生命体か何かか」

「ここに長年駐在している兵の話ではね。僕もあんな個体は初めて見た」


 聞けば≪書庫≫に保存されたどの個体にも宛てはならない類いの魔獣らしい。


 ≪書庫≫とは今まで出現した魔獣や魔物を詳しく分類し、冒険者たちに情報を共有するデータベースの総称だ。

 普段は教会で更新した≪ステータス≫にインストールすることで≪書庫≫を利用できるらしいが、あいにくと俺のステータスは初めから使い物にならないから関係のない話だ。


 だがそれだけでこれだけの事態になるとは考えにくい。


「どういう訳か。奴らはここ周辺で急激な拡大を見せ始めている。それもとてつもないスピードで」

「……一応聞いてやるが。奴らが確認された日付はいつだ」

「資料によれば三か月前。ある日、城塞内で不審な化物が発見されたと報告があってね。僕が倒した死骸を解剖した結果、奴らには生殖機能がないことが確認された」


 そう考えると確かにこの短期間での増殖速度は明らかに以上だ。


「警備が甘かったとかそういう類の話ではねぇんだな」

「聞くところによるとそういう訳でもないらしい。というか実際、≪未踏領域≫から侵入した魔獣という事すらわかっていないのが現状だ。……あのレイブンが判断しきれない以上。僕自身が下手に動いて状況を掻きまわすわけにはいかない」


 それだけあのクソメガネを信頼しているという事だろう。

 確かに聞けば聞くだけ奇妙な話だ。


 一度も突破されたことのない人類の砦。

 不自然に発生する魔獣の正体。

 繁殖するはずのない魔獣の増殖。


「……なるほど。あのクソメガネが俺をここによこした概要が何となく理解できてきた」


 要するに俺は≪至宝の剣≫さまの身代わりに呼ばれたって訳だ。

 原因がわからない以上。この案件は下手すら泥沼の長期化する恐れがある。

 聖王都の最高戦力をいつまでも置いておくわけにもいかない。


 しかしこの問題にケリをつけなければ、被害が聖王都に及ぶのは必至だ。


 そう考えたあのクソメガネは、ある程度貸しがあり、最悪の事態でも対処できるそこそこ死ににくい人間を派遣し、あわよくばリオンだけでも本国に送還し、俺に事件の全貌を明らかにさせようと目論んだわけだ。


「(体のいい生贄じゃねぇか)」


 腕を組み正面を見据えれば、意図を察知したかのように小さく頷くリオンがいる。


「だが、あの陰険メガネが考えそうな策だな」


 この世界の事情に疎いとしても、邪神を相手取るだけの実力があることはあの邪神討滅の際に証明した。

 少なくとも事態解決が可能だと判断され投入された結果だろう。


「はぁ、結局――、最初から最後まであのクソメガネの手のひらの上かよ」

「……僕の同僚が無関係の君まで巻き込んでしまったようですまない。……だが本当にいいのか? これ以上話せば君も無関係ではいられなくなる。いま辞退するなら僕の方からレイブンに頼み込むが――」

「はぁ、そりゃこの依頼を受ける前に言って貰いたかったな」


 額に手を当てゆっくりと息をつく。

 第一、そんな情に打った手たところであの合理主義者がそう簡単に信念を曲げるとは思えねぇ。

 それに――、


「テメェもわかってんだろ? あのクソメガネが裏で糸を引いてる以上、今更下りるなんて選択肢は俺に存在しねぇってことが」

「…………そこまで看破していたか。僕の力不足が招いた結果だ。本当に申し訳ない」

「おいおい、国のトップ騎士様がそう簡単に頭下げんじゃねぇよ。強者の誇りってもんはねぇのか」

「そんなもの一つで守るべき民を救えるのなら苦労はしないさ。それにこれは一人で解決しきれなかった僕にも責任があるからね」

「清廉な騎士様にありがちなセリフだな。まっ――、偽りなく啖呵切れるだけ気概がありゃ悪くねぇな」


 まぁどう足掻こうとこうなる未来は予測できた。

 あの偏屈野郎がわざわざ面倒な手順を踏んでまで俺に≪タグ≫を与えるくらいだ。

 むしろこのくらい面倒な案件でなければ、割に合わないだろう。


 だからこそ、ある程度の覚悟は決めてきた。

 それに――


「いくつかある借りの一つを返すいい機会だ。いまさら善意で助けて貰えたなんて思えるほど愉快な思考回路、持ちあわせちゃいねぇよ」

「……それは、手伝ってくれる、と解釈していいのかな」

「はッ――白々しい。どうせあのクソメガネから戦力になるから俺に声を掛けろとでもこの手紙に書かれてんだろ? いやなら無理やり『例のガキどもを条件に盛り込め』とでもな」


 唇をゆがめて笑って見せれば、あれほど清廉な青年の表情に僅かばかりの陰りが浮かんだ。

 それは自分の理念に反するがゆえの痛みか。はたまた俺の境遇を想ってのことか。


 どちらにせよもう決まっていたことなのだ。


「あのガキどもの≪タグ≫まで作るなんてうまい話はねぇと思ったが、どうせそんなこったろうとは思ったよ。ようは暴走防止の体のいい首輪か。この程度で縛れると思ってんのなら随分と舐められたもんだな」

「……すまない。僕にはどうすることもできなかった」

「コイツはあのクソメガネと俺の問題だ。テメェが謝罪する必要はねぇよ」


 そもそもここで断るほど俺だって分別は弁えているつもりだ。

 あいつは正式に俺に対して依頼を出してきた。

 そして俺はそれを興味本位で受諾したのだ。


「どうせこの手紙の中身に正式な依頼書でも同封されてんだろ。なっがったらしい厭味つきでな」


 その微妙な顔はおそらく正解らしい

 だとすれば契約書を読まずに飛び出した俺に非がある。


 縛られるのが嫌いだからと言って自分の不始末を他人の所為にするほど愚かではない。

 薄々勘付いてはいたが、あのクソメガネらしい陰気な一手だ。

 確かに人を縛る上で人質はそこそこ効果的ではあるが、俺にそこまで拘束力があるものというわけでもない。


 だからこそ俺の性格を読んでこうしてわざわざ陰湿な手口に出てきたわけだ。


 あのクソメガネもガキどもの≪タグ≫を人質にすれば、俺を縛れるなんて端から考えてすらいないはずだ。


 これは親愛なる陰湿偏見クソメガネからの単なる牽制だ。

 人助けを嫌う俺に対して、体のいい『言い訳』を作ってくれたクソメガネの。

 あの短期間でよく、俺の性格を理解できたものだ。

 さすがは知将。抜かりない厭らしい一手だ。


「いいのか、無関係の君に頼っても」

「受けた恩を返さねぇほど恩知らずじゃねぇよ。それに自分の意志で受けた仕事だ。何もできませんでしたなんて言って帰ればそれこそあの屋敷に置いてきた変態になにされるか分かったもんじゃねぇ」

「……君は、それでいいのか? ここで命を落とすかもしれなんだぞ?」

「楽しければ何でもいい。つまらなければあのクソ野郎を殺して王都からおさらばするだけの話だ。――簡単だろ?」


 そう言って黒曜を手にすると、俺は寄り掛かっていた白い石柱から身を放し、


「――で、俺は何をすればいい。あのクソメガネからいろいろ聞いてんだろ。今回ばかりはあのクソメガネの口車に乗ってやる」


 まるで踊らされることさえ楽しむように口をゆがめて笑って見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る