咲いたのは向日葵じゃない

桜人

第1話

 名古屋の名物は何だろう。考えに考えた結果、私の頭からひねり出された答えはズバリ「名古屋コーチン」だった。実際にそれがどんなものかは知らないし分からない。ただ名前に名古屋の三文字が入っているならそれは名古屋の名物で間違いないだろうと、どこぞのネズミ王国の例を無視して私はそう結論づけたわけだ。

 乗り換えの電車まで(なんと大都市、名古屋であるのに関わらず!)あと一時間ほどあるのを腕時計で確認しつつ、私は名古屋駅内のレストラン街へと足を運んだ。どうやら私の目論見は正しかったようで、店々の壁に貼られたメニュー表の上では名古屋コーチンの文字がそこかしこに踊っていた。

 一時間ほどの余裕があるといっても、それに乗り遅れては以降の予定が台無しだ。あまり行列のない、トッピングに名古屋コーチンがあるらしいそば屋へとお邪魔した。ほかのお客様との相席ですがよろしいでしょうか、と二人掛けの席へ通される。といってもそこに座っていたスーツ姿のサラリーマンと思われる先客はすでに帰り支度を始めてはいたが。

「お待たせしました、コーチンそばですね」

 十分ほどで注文した料理は到着した。お盆の上にはそばと、そしてその横にはくの字に折れ曲がり、薄い黄色の衣をまとった――

「(――って、ただの鶏天かいっ!)」

 そう、単なる鶏の天ぷらが鎮座ましまししていた。嘘だろうおい何の変哲もないこんな天ぷらが名古屋コーチンとかいって一都市の名物を代表しているのかこの野郎などと思わないでもなかったが、そこは寛大なる私、わざわざ文句を垂れるようなことはしない。

「ま、いっか」

 軽く呟き、一応旅を始めて最初の食事でもあったため、記念に写真でも撮っておこうとポケットにあるスマートフォンに手を伸ばす。店内は薄暗い。キレイに撮れるだろうかと多少そんな心配をしながらの撮影。

「うおっと」

 そんな私の不安を汲んでくれたのか、頭の良いことに私のスマートフォンはシャッターを切ってくれた。眩しい。周りの迷惑になってやしないかと、私は周囲の様子を慌ててうかがった。

 その時になって、私はようやく目の前の席に誰かが座っていることに気づいた。先ほどのお客さんと交代するようにしてやってきたのだろう。

「あ、すいません、ついシャッターを」

 言って、相手の顔に目をやる。ラフな格好の青年だった。年は私と同じくらい――大学生といったところだ。

「ああ、いえ別に……」

 相手も気にすることはないというように手で私の謝罪を遮る。お互いに目が合った。お互いがお互いの顔を改めて認識する。

 相手がおそるおそるといったように口を開く。

「……もしかして、日向?」

「い、イエース?」

「なぜに英語……」

 それは見知った顔だった。

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