冒険者ギルドへ行こう

「ここか」


そうだ、冒険者ギルドに行こう。


そんな旅行会社のCMみたいなノリで、周りの人に人見知りを我慢して場所を聞いたお陰だ。

遂に親切な住民たちの案内により冒険者ギルドに着いた。


まあどの人も「え? こいつ冒険者になるつもりなの?」みたいな、明らかな場違い感を持っている俺を訝しんでいる目を向けられるのとセットな親切だったが。


冒険者ギルド。RPGゲームには必ずと言って良いほどよく登場する場所だ。

冒険者の仕事であるクエストを各地から集め、冒険者たちが快適に過ごせるように協力してくれる組織である。


つまり、職探しをするならここに来るのが一番最適解なのだ。

ギルドはとても存在感のある巨大な建物だ。俺は木で組まれたその大きさに見合う大きな門をくぐり中に入った。


中は、外装から予想できる通りの木造のフロアの中に長テーブルがたくさん並べられていて、それに座ったり、巨大なジョッキで飲み物を飲んだり、話をして騒いでいる冒険者だと思われる人たちで溢れている。


そうした見慣れない風景やギルドの内装を見ているとその瞬間、中にいた冒険者達全員の視線が俺に向く。

その時に俺に陽気に声を掛けてくれる、ゲームで言うとその後親友ポジションになりそうな人物は見受けられない。


俺のことを見てはいるから、存在に気付いてはいると思うんだけど、俺に話しかけてくる奴はいないみたいだ。

それどころか、明らかに俺がよそ者だからか分からないが、あまり歓迎ムードではなさそうに見える。


いや、単に目つきが悪くて俺よりガタイのいい奴ばかりだからそう見えるだけかもしれない。むしろあっちが「何だあいつ?」みたいに困惑ムードになってるのかもしれない。

周りの空気が滅茶苦茶怖いけど出来るだけ堂々と歩く。学校で教卓に立ってみんなの前で発表とかする、あの感じに似ている。


奥の方に、受付であろうカウンターを見つける。

鋭い視線から逃げるようにそこまで行き、立っている受付嬢に声を掛ける。


「あのーすみません、冒険者になりたくてここまで来たんですけど」


すると俺に気付いた受付嬢は満面の笑みを浮かべて対応してくれる。


「冒険者志望の方ですね! ではこちらから冒険者登録が必要になります」


そう言って受付嬢は契約書的なものだと思われる紙を出してくる。一応職業として扱うのなら就職みたいなものだから、そういうところはしっかりしてるんだな。


俺は所定の場所に一緒に渡された羽ペンで個人情報(と言っても名前や年齢といった、誰にでも分かる簡単なもの)などを書いていく。俺、羽ペンをリアルで見たのは初めてだ。異世界は初めてが多いな。


俺が書いた紙を受け取った受付嬢はそれに目を通す。


「ハイリザクロさんでよろしいですか?」


この世界には姓と名の概念が無いのか分からないが、カタコトみたいでなんか読み方に違和感があるな。


「石榴で良いです」


「ザクロさんですね、分かりました。ところでその髪色や服装、名前がとても珍しいですね。異国の方ですか?」


やはりこの見た目はこの世界だと珍しいらしい。なんでこっちの世界の神様は都合よく、異世界特有の無駄にカラフルな髪色とかに改変してくれなかったんだ。


「異国というか異世界の方です」


「え?」


「あ、いえ……」


やっぱり異世界と言っても聞き返されただけだった。


「たった今登録をされたザクロさんですが、職種のご希望は何かありますか?」


あ、これで登録できるんだ。面接とか無くて良かった。

経歴とか、何を答えても多分理解してもらえないと思うし。

どうやら登録後も職種とかで別れているらしい。剣士とか魔法使いとかだろうか。


「じゃあ一番敵の攻撃に晒されなくて、ある程度戦える職業が良いです」


俺が一番就きたいのはそう言う職だ。安全なのが良い。


「随分と望みが薄いんですね……皆さんはブレードマスターやパラディンナイトなどの最上級の職業をご希望になられるんですけど」


そんなのあるのか。名前からして強そうだが、別に目指すつもりはない。


「いえいえ別にそういうのは良いです。安全第一なので」


俺は丁重に否定した。


「それならいっそのこと冒険職以外に就いた方が……」


受付嬢の口からそんな言葉が出る。

冒険職ではない職業。商人や鍛冶屋などの街で冒険者たちを支える職業のことを言っているのだろう。


確かにそれならモンスターの攻撃を受ける心配も無いし、とても安全だ。それを目指すのも悪くない。

受付嬢の言っていることは一理ある。


一理あるのだが待って欲しい。

もし仮に、俺が冒険者ではない職業に就いたとする。そしたらどうなるか。

そう、普通に生きて終わるのだ。

安全ゆえに一生戦うこともなく、この町で死ぬことになる。


そのプランで行くとなると、俺が死んで死者の世界に行くのはあと何十年先のことになるか分からない。


だったら冒険者になった後、頑張ってある程度の成果を残して華々しく散った方が早めに楽になれるのだ。

今を懸命に生きている人が聞いたら怒りそうな話だが、俺は一度生を終えているのでそこら辺は理解して欲しい。


「いや、冒険者でお願いします」


俺は冒険者になることを選ぶことにした。


「そうですか……そうなりますと、狩人なんてどうでしょう? 盾を使用せずに敵の攻撃を避けて立ち回るといった職業なんですが」


受付嬢がそう提案してくる。


「じゃあそれで」


俺の筋力だと、盾を装備しても受けた衝撃で腕が折れる可能性がある。

避けるのが賢明だと思う。


「分かりました。ですが、今のザクロさんのレベルですとまだレベルが足りません。ですから、レベルが達したら冒険者からジョブチェンジという形になりますね」


この世界にはレベルの概念があったのか。確かにこういう世界だったらあって当然だけど、まさかリアルにもあるなんて思わなかった。


正直、狩人がどうとか、レベルがどうとか、今の俺には関係ない。

とりあえず冒険者登録はこれで済んだのだから、何か金になる事をしなくては、今後の生活を続ける事すらままならない。


「早速なんですけど、今受けられるクエストってありますか?」


俺は受付嬢に聞いてみた。

すると受付嬢は「ちょっと待ってくださいね」と言って受付の奥に消えていった。

そして奥から分厚い本を取り出してきて、それを開く。


「今はこのようなものがありますが……」


俺は中を読んでみる。


……安全そうなのが一つもないんだが。


ゴブリンの群れを追い払ってくれとか、幽霊退治を頼みたいとか、家畜を食い荒らすブラッドウルフを狩ってくれとか、どれも命が何個あっても足りなさそうなのが名前を聞いただけで分かるものばかりだ。


俺は一応訪ねた。


「俺、まだ武器も防具も無いんでもう少し易しめの奴の無いですかね?」


「あっ、そうですよね。まだザクロさんは駆け出しですからね」


いや、まだ駆け出してすらいないよ。

ていうか一人で立ち上がって歩くことも困難な状況だよ。自立できてないよ。

受付嬢は「それなら……」と言いつつページをめくる。


「こんなのどうでしょう?」


掲示されたのは素材集めとか、ペット探しとかの依頼のページ。

いかにも初心者のためのギルドの配慮みたいな依頼が多い。

冒険のいろはを知らない新参者は、こういうところから始めるのが筋だろう。


「えっと……この依頼で」


俺が指さしたのはレストランからの依頼で、料理に使うキノコが不足しているらしく代わりに取って来てくれというものだった。

採取場所も街からそう遠くない場所で、モンスターが出ることもないそうだ。

これなら俺でも出来る。


「これですね? 了解しました」


受付嬢はその紙を本から取り、そこに木で造られた巨大なスタンプを押してから、俺に手渡してきた。


「終わって帰ってきたら、忘れずに素材とこの依頼証を私に渡してくださいね。報酬金はそこでお支払いします」


「分かりました」


受け取った依頼証をジャージのポケットに入れると、俺は置いていた卵を抱える。

ここから俺の冒険者としての生活が始まった!


「ちょっと、待ってください」


颯爽とギルドを出ようとした俺を、受付嬢が止める。


「何ですか?」


そう聞くと、受付嬢は受付カウンターの内側から取り出したカードを俺に渡してくる。


「これ、冒険者免許証です。これを使えば身分の証明にもなりますし、現在のレベルを確認することやスキルなどを習得することが出来ます」


危ない。とても重要なものを受け取り忘れていたようだ。

俺はそれを手に取ると、眺めることなく依頼書が入ったポケットに同じように突っ込む。

ちょっとカッコ悪くなったが関係ない!


俺はギルドから、新たな冒険へ駆け出した!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る