第40話 もうひとつのエピローグ 1975年の事件

同じ日の午前、真奈美が御影探偵事務所を訪れる数時間前のS.S.R.I本部。


所長の田村貴仁はとても上機嫌のようであった。


「結局私は何もしてないんだけどね、安田総理が無事だったものですごく褒められた。これで将来は安心して君にここの所長の席を譲れそうだ」


「いえ、だから私、その席要りませんて。そんなことより、ひとつ質問させてもらっていいですか?」


田村は昭和レトロなやかんに入ったほうじ茶を、ふたつの湯呑に入れてちゃぶ台に運んでくる。


「茶飲み話のついででいいならね。なんだい?質問というのは」


真奈美は少しためらいながら口を開いた。


「あの・・御影さんの事なんですけど。植山千里が言ってた、1975年の事件というのは一体何なのですか?御影さんが犯人って。。」


田村は少し険しい表情になった。


「うーん・・私から話していい事なのかどうかは分からないが、まあいいだろう。僕たちが1974年にT大学の超能力実験の被験者だったことは話したね?」


「はい」


「そのときの最終実験に残ったのが、私と、今は世界的なマジシャンとして成功しているプリンス・ヒロこと中田博君、そして御影君の3人だった」


「え!プリンス・ヒロも超能力少年だったんですか?」


真奈美は驚いた。


プリンス・ヒロといえば、渡米してラスベガスで大成功した後、世界的なイリュージョニストとなった天才マジシャンである。


アメリカでは彼を主人公にしたアニメまで制作され、世界中に配信されている。


日本人マジシャンとしては、プリンセス・テンコーと人気を二分する大スターだ。


「そうだよ。しかしその3人の中でも抜群の能力を発揮したのが御影君だった。TV局が飛びついてね、御影君をスターに祭り上げたんだ」


・・・その話は前にも聞いた。手を触れずにスプーンを曲げたり、真っ直ぐな針金を空中で鎖にしたんだ。


「結局、御影君はマスコミの汚い商売の犠牲になったんだよ。TV局のディレクターの真崎、そして週刊誌の記者の小野寺のふたりにハメられたんだ。彼らは御影君をスターにもちあげておいてから、トリックを暴くと称して引きずりおろした」


・・・子供になんて酷いことをするのだろう。。


真奈美は憤りを覚えた。


「その後の御影君がどんなに辛い少年期を過ごすことになったか想像できるかね?彼はTVで顔が知られていたから、全国どこに引っ越しても後ろ指を指されるんだ。インチキ少年てね」


・・・サイキックの悲しみはサイキックにしか分からない。御影さんはそう言ってたけど、私には御影さんの悲しみは想像もつかない。。


「その翌年の1975年6月のことだ。真崎と小野寺のふたりが相次いで急性心不全で死亡した。事件性は認められなかったのだが、偶然にしては出来すぎているからね。当然、御影君が疑われたよ。超能力少年の呪いだってね」


「それが1975年の事件なんですね?それは・・・やはり御影さんが犯人だったのでしょうか?御影さんは一度もそれを否定しなかった。犯人でなければ否定するはずですよね?」


真奈美の問いかけに、いつも飄々とした田村には珍しく物憂げな顔で答えた。


「御影君が否定したとして、誰がそれを信じるだろうか?そして御影君が犯人でなかったとすれば、とても困ったことになるんだよ」


真奈美は田村が恐ろしいことを口にしようとしていることに気づいた。


「やったのが御影君でなかったとすれば、御影君の存在は東心悟と同じでミスリードだ。ということはつまり犯人は中田博君か・・・またはこの私かのどちらかだ」


真奈美は田村の顔を見つめて言った。


「所長がまさか・・・所長が犯人だったのですか?」


田村は少し頬を緩めた。


「私が否定したとして君は信じるかね?誰がやったのか?40数年前の出来事を今明らかにしたところで誰が救われる?だから御影君は否定しないし、私も否定しない。おそらくは中田君もそうだろう」


・・・解明されるべきではない事件もあるというのか?本当にそうなのだろうか?


真奈美にはまだその答えは出せなかった。


「わかりました所長。つまらないことを聞いてすみませんでした。お茶が冷めましたね、私が淹れなおします」


真奈美は台所に立った。


この台所は真奈美の知らない昭和の時代から、そのままタイムスリップしてきたような姿である。


それはまるで、40数年間にわたる超能力少年たちの人生を見つめ続けてきたかのように思えた。


サイキック(了)


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サイキック(超・本格推理小説) 冨井春義 @yoshispo

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