第32話 その時がやってきた

御影純一が目を開くと、白い天井と蛍光灯の灯りが見えた。


意識をとり戻した御影はすぐに、自らの置かれている状況を把握しようとした。


・・・腕に点滴の針が刺さっている。ここは病院の病室のベッドだ・・そうか、僕は車に撥ねられたんだ。


ベッドの脇にはスーツ姿の若い男がひとり、折りたたみ椅子に腰かけて居眠りをしている。


「君、君は山科さんのところの刑事さんだね?」


御影の声に驚いた男は慌てて目を開けた。


「あ!御影さん、気が付いたんですか?私は山科警部補よりあなたの警護を命じられました、谷本です」


「谷本君、今日は予告の当日なのか?何時だ?」


「はい、そろそろ4時半になります」


御影は腕に刺さっている点滴の針を引き抜き、ベッドから飛び起きた。


「まずい!急がねば」


「いや、そんな急に。医師の判断を仰がなければ無茶ですよ」


「そんな悠長なことを言ってる場合じゃない。総理の警護はどうなっている?」


「科捜研の田村所長がSPと共に警護に当たっています」


御影はすこし考えてから言った。


「わかった。そっちは田村君に任せて大丈夫だろう。コスモエナジー救世会本部には宮下君が行ってるのか?僕の電話を取ってくれ」


御影は携帯電話で真奈美を呼び出そうとしたが、電話からは相手は電話に出られない場所に居るとのアナウンスが聞こえてきた。

御影は真奈美と遠距離でのテレパシー交信の訓練をしておくべきだったと後悔した。


「まずいぞ。もし宮下君が僕と同じ結論に至っていて、ひとりでこの事件を解決しようとしているのなら危険だ。相手は人の情けを持たない怪物だ。そのくせ他人の情につけ入る。宮下君が情に流されたら負ける」


御影は立ち上がった。

ふらふらとおぼつかない足取りで、病室内に設置されたクローゼットに向かう。


「谷本君、コスモエナジー救世会本部に連れて行ってくれ」




同じころ、真奈美と山科、そして3人の刑事はコスモエナジー救世会本部の敷地内で大勢の信者たちの中に居た。


境内に設置されたステージ上では、神主姿の東心悟が巫女姿の4人の女性たちをアシスタントに従えて、儀式を摂り行っていた。

コスモエナジー救世会は神道を模した新興宗教なので、何か祓い清めのようなことをやっている。

その後、マイクスタンドの前に立った東心悟は、信者たちに向かって何やら教えを垂れはじめた。


真奈美は喋っている東心悟の心を読むことを試みたが、やはり心が空っぽのように読めない。


「山科さん、私、さっきから田村所長に連絡を取ろうとしているんですけど、電話が圏外になっているんです」


「俺たちの電話も同じだ。どうやらここには通信を妨害する装置が設置されているようだ。儀式の邪魔になる信者たちの携帯電話を無効化する目的かもしれないが、何か不気味だな」


真奈美は行動を起こす前に、田村の声が聞きたかった。

しかし、それは甘えであることを悟った。

もとより、これからはひとりでやらねばならないのだ。


誰にも気づかれないよう、ひそやかに。



**駅前。午後5時。


与党の衆議院議員候補の選挙カーの上で、候補と安田総理はにこやかに握手を交わした。

そしてハンドマイクを手に持ち、演説を始める。

背後には3名の警護のSPと共に、田村の姿があった。


田村は緊張を押さえて、周囲に神経を張り巡らせた。

やはりコスモエナジー救世会の予告が世間の話題になっているのもあって、駅前には大勢の群衆が詰めかけている。

TV局の撮影クルーも陣取っている。

まるで誰もが総理が衆人環視の中で倒れる瞬間を目撃しようと待ちわびているようであった。


いよいよその時がやってきたのだ。

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