だから、私は小説を書くのだ

隅田 天美

だから、私は小説を書くのだ

 私は死んだ。

 理由は書かない。

 事故であれ、病気であれ、この話にはあまり関係ないことだからだ。

 今、私は死神に肩と足を支えられ階段を上がっている。

 お姫様抱っこをされ、死神の顔を見る。

 アニメや小説で定番の骨である。

 単なるカルシウムなのに私を抱けるのかが謎だが、まあ、私自身、すでに魂の存在と化し重さはないのかもしれない。

「よく、頑張って来たな」

 死神が言った。

 その言葉に涙が出そうになった。

 日々の現実で私の魂はすり減っていたからだ。

 生前、幸せなこともあったのだろう。

 でも、そのほとんどは嘘だった。

 周りが楽しそうにしているから私も楽しいふりをしていた。

「うん、ありがとう。でも、ちょうどよかった」

 私は苦笑した。

 あのまま、私が生きていても空虚なだけだ。

 もう、だいぶ階段を上った。

 一つ、心残りがある。

「私が死んだから書いていた小説、未完のままだけど……」

 この言葉を聞いた瞬間、死神は踵を返した。

 現世へ戻っていくのだ。

「お前を死なせるのはやっぱ止めた」

 死神が言った。

 私はその言葉が死刑宣告にも聞こえた。

 ようやっと、安息の死を得られるのに生き返るとは、また、あの苦痛で空虚な日々に戻ることだ。

「いやよ‼ 私は死にたいの!」

「駄目だ!」

 死神は足を止めて私を見た。

「お前さんは、神様なんだぞ」

「私が? 何の特技も技能も魔法も剣術も……ないのよ」

 私には何もない。

 何もない。

 涙が出た。

 胸が締め付けられ、鼻が痛くなって、涙が出た。

「お前は俺を生んだんだ」

 死神が言った。

「……あ」

 私は思い出した。

 生前、私の書いた小説に出てきた死神。

 その死神が目の前にいる。

「物語を書くというのは、その作者、読者に俺たちを、登場人物キャラクターを心に宿す。それは神が人を地上に宿したのと変わりない」

 死神は続ける。

「お前は、『何もない』といった。冗談じゃない。お前は、今までどれぐらい物語を書いた? どれぐらい登場人物キャラクターを作った? 作者かみさまなら、無責任なことはするな」

 そして、私の額に死神も額を当てた。

「生きろ。生きてお前の胸の丈を物語にしろ。誰かのためじゃない、自分のためにだ!」

 私はポロポロ泣いた。

 そして、意識を失った。


 再び目が覚めた時。

 私はベットの上で横になっていた。

 周りで医師や親などが驚きの声を上げたが私は気にはしなかった。

 ただ、物語の続きを書きたくってうずうずしていた。

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だから、私は小説を書くのだ 隅田 天美 @sumida-amami

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