4-15 教団地獄の火、再び

 ――五十階層探索、四日目。


「あんたら、ここで何をやっているんだ!?」


 俺たちは、五十階層ボス部屋手前の隠し部屋に入った。

 するとそこには先客が五人いて、何か作業をしていた。


 全体リーダーのアドニスさんが声を掛けたが、五人組はこちらをチラリと見ただけで返事は無い。


 アリーが俺の耳元でささやく。


「ナオトよ。あれは……」


「ああ。教団地獄の火だ……」


 五人組の内、四人は黒いローブを着ている。

 ダンジョンで見た教団地獄の火の連中とそっくり同じ格好だ。

 残りの一人は体格良い年輩の男で、貴族服を着て偉そうにふんぞり返っている。


 そして五人組の中央に金色の杖が床に刺され、杖の横に魔石が積まれ小山になっていた。


 俺はそっと前へ出てアドニスさんに小声で告げる。


『彼らは、教団地獄の火です』


『わかった。時間を稼ぐから戦闘準備しろ!』


 アドニスさんの指示をみんなに伝えて回る。

 その間、アドニスさんと冒険者ギルド職員のビアッジョさんが、教団地獄の火と話しをしていた。


「おい! 聞こえているのだろ? あんたら何をしているんだ?」


「やかましい! 平民風情が黙っておれ! 何をしていようが、ワシの勝手だ!」


「それは、おかしいですね。ここはダンジョンの中ですよ。ダンジョンは冒険者ギルドの管理下ですよ」


「貴様はギルドの人間ではなかろう。黙れ!」


「じゃあ、ギルドの人から話してもらいますよ。ビアッジョさん、お願いしますね」


「私は冒険者ギルドのビアッジョと申します。ここはダンジョン内、冒険者ギルドの管轄と法で定められています。そちらは貴族とお見受けしますが、貴族といえども法はお守り頂きませんと」


 三人が話している間に、俺たちは横に広がり包囲体制を作る。

 黒ローブの四人は、剣士2、不明2だ。


 黒ローブに一番近い位置に対人戦専門の『ゴルゾ傭兵団』が陣取る。

 俺たち『ルーレッツ』は、『ゴルゾ傭兵団』の後ろに陣取り、すぐ支援出来る態勢を取った。


 ゴルゾ傭兵団リーダーのヴェルナさんが、小声で指示を飛ばす。


『油断するな。やっこさんたちの気が膨らんでいる。いつ来るかわからん』


 黒ローブたちは、深くローブをかぶっているので、表情はうかがいしれない。

 しかし、言われてみれば……、殺気と言うか……、敵意がこちらに強く向いているのが分かる。


 ティターン族のレイアとネコ獣人のカレンは、『気』とでも言う物を敏感に感じ取っているらしく、目つきが険しい。


『カレン。ビアッジョさんの側に行ってくれ。戦闘が始まったら、かついで連れて来て』


『わかったニャ!』


 カレンが足音も立てずに、気配を殺して移動を始める。

 貴族らしき男とアドニスさん、ビアッジョさんの話し合いは続いている。


「ですから! 冒険者ギルドとしても、無視できませんよ! ここで何をなさっているのか、お話し下さい!」


「貴様に話す必要は無い!」


 ふんぞり返る貴族の側に、いつの間にか『サン・ミケーレの死者』三人が近づいていた。


 戦闘になったら、まず、貴族を始末するつもりか。


 冒険者ギルド職員のビアッジョさんと貴族の話し合いは、最終局面を迎えていた。


「どうしてもお話しいただけないのでしたら、こちらも実力行使に訴えざるを得ません!」


「ほう! 面白い! やって見せる事だな! 下等な獣人など引き連れて……何が出来るか見せてもらおう!」


 カレンがビアッジョさんのすぐ後ろについた。

 合図があれば、すぐに動ける。


「では、最後に確認をさせて頂きます。あなた方は『教団地獄の火』ですか?」


 ビアッジョさんが発した質問に全員が意識を向ける。

 俺たちはグッと拳を握る。

 俺たちの前に陣取る『ゴルゾ傭兵団』の面々は不敵に笑い、貴族の近くにいる『サン・ミケーレの死者』たちは気負いもなくただ立っているように見える。

 いや、かすかに手元が動いているか。


「ほう。良く知っているな。ワシらは『教団地獄の火』だ。ワシは、枢機卿ゴッドフリード伯爵である! 平民風情が、控えよ!」


「戦闘か――」


「ぐえ!」

「があ!」

「ああ!」


 全体リーダーのアドニスさんが、戦闘開始を告げようとした。

 だが、アドニスさんの言葉は、途中で三人の悲鳴によって邪魔された。


 悲鳴の上がった方を見ると『サン・ミケーレの死者』の三人が床に倒れていた。

 二人は後ろから剣で斬られ、もう一人は背中に矢が刺さっていた。


 犯人は明らかだった。

 息絶えた『サン・ミケーレの死者』の後ろには、『ハンスと仲間たち』が立っていたのだ。


「おい! ハンス!」

「何をしている!」


 隠し部屋の中に動揺が走る。

 俺たち『ルーレッツ』と『ゴルゾ傭兵団』は、『ハンスと仲間たち』を警戒していたが、他のパーティーは無警戒だ。


 ゴルゾ傭兵団リーダーのヴェルナさんがボソリとつぶやくのが聞こえた。


「始まったな……」


 俺はアリーとエマに魔法詠唱開始を指示した。

 長身レイアとセシーリア姉さんが、鋼鉄製のタワーシールドを構え、守りを固める。

 俺も矢を弓につがえた。


 事情はわからないが、ハンスたちは裏切った。

 なぜだ!?


 ビアッジョさんと言い合いをしていた、枢機卿ゴッドフリード伯爵も驚いている。


「貴様らは、何をしている? 仲間割れか?」


 するとハンスと一緒にいた役割不明の中年男が前に出た。


「お会いするのは、初めてですな。ゴッドフリード枢機卿」


「むっ!?」


「私は、ウーゴ・エステ男爵。教団地獄の火の末席に名を連ねる者です。冒険者ギルドが我らの邪魔をすると聞き、連中に紛れて助太刀に参りました」


「それはご苦労。感謝に堪えぬ。その情報はどこから?」


「このハンスなる者が報せて参りました」


 ゴッドフリード枢機卿とウーゴ・エステ男爵の話しを聞いていて、俺は頭がクラクラした。

 ハンスのバカ!

 わざわざ敵の戦力アップをしやがって!


 全体リーダーのアドニスさんが、鋭い声でハンスを咎める。


「ハンス! おまえは自分のやっている事がわかっているのか! ギルドに対する背信行為だぞ!」


「うるせえ! ウスノロ! デカイ顔するな!」


 いきなりの暴言にアドニスさんの顔色が変わる。

 俺も面食らった。

 ハンスは、自分よりも上の立場にいる人には、ヘコヘコしていたからだ。

 そのハンスがアドニスさんに暴言を吐いた。


「ハンス! お前は――」


「もう、アンタの言う事は聞かねえ! 俺は教団地獄の火に入団して、出世するんだ! 俺も貴族になるんだ!」


 貴族になる?

 それってあり得るのか?


 ハンスは大威張りで胸を反らし、アドニスさんもポカンとして、言葉を失った。

 俺がアドニスさんの代わりに、ハンスをどやしつける。


「ハンス! そんな事、出来るわけがないだろう!」


「うるせえ! オメーは黙ってろよ! 俺はな! 出世がしたいんだ! その為には手段を選んじゃいられねえんだよ! 教団地獄の火? 良いじゃねえか! 魔王復活? 良いじゃねえか!」


「オイ……。魔王復活は絵空事じゃないぞ。魔王が復活したら、誰かれ構わず皆殺しにあうぞ」


「ウソつくなよ!」


「ウソじゃない!」


 俺とハンスの怒鳴り合いに、ゴッドフリード枢機卿が入って来た。

 低い良く響く声で話す。


「魔王が復活すれば、亜人は皆殺し。魔王を信じぬ愚か者も皆殺しである。魔王を信仰する我ら『教団地獄の火』の信徒は、みな聖なる貴族に列せられ新世界の導き手となるのだ!」


「ほら聞いたか! 教団地獄の火なら、貴族になれるんだよ!」


 ハンスが勢いづく。

 もう、会話を続ける意味もない。

 何を言っても、ハンスはこちら側に戻って来そうにないからだ。


 最後に疑問を解決しておこう。


「なあ、ハンス。あんた、わざわざ『教団地獄の火』のメンバーを探して、今回の探索の事を教えたのか?」


「そうだぜ! 貴族の屋敷に片端から飛び込んで『教団地獄の火の危機です!』って言って回ったのさ。そしたら、ウーゴ・エステ男爵を見つけたのさ」


 そのエネルギーを他に使えば良いのに!

 前回の探索の終わりに、何か企んでいると思ったが、そんな事を……。

 ハンスは得意絶頂で話を続ける。


「そしたら、すっげえ礼金をくれてさ! この依頼に参加出来るようにしてくれって頼まれた訳だよ。教団地獄の火にも入れて貰って、こうして新メンバーも集めて貰ってさ。そして、将来俺は貴族になる!」


「ハンス」


「なんだ?」


「余計な事を教えてしまったな。すまなかった。パワーショット!」


 俺はスキル【パワーショット】をのせて、ハンスに矢を放った。

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