4-12 ゴルゾ傭兵団リーダーのヴェルナ

 入り口の魔法陣で、一気に五十階層まで俺たちは降りた。

 五十階層は、探索に四日から五日かかる広さだそうだ。


 ここルピアのダンジョンは、遺跡風のダンジョンだ。

 石造りの通路が延々と続く。


 通路全体がぼんやりと光っているが、人族の目では二十メートル先くらいまでしか見えない。

 索敵をするカレンが、魔物を見つけた。


「ニャニャニャ! 前から来るにゃ! 十匹いるニャ!」


 三十四人の大所帯探索なので、先頭は入れ替え制で進んでいる。

 現在は女性六人の冒険者パーティー『謝肉祭の乙女』が先頭で、その後ろを我ら『ルーレッツ』が引き受けている。


 謝肉祭の乙女とウチのパーティーは、かなり仲良くなったので共同戦線を張っている。

 戦闘指揮は、謝肉祭の乙女リーダーのラウレッタさんにお願いした。


「カレンちゃん! ありがとう! 前衛は、盾を構えて! 後衛の魔法使いは、攻撃準備!」


 謝肉祭の乙女の剣士のお姉さん二人と長身のレイア、セシーリア姉さんが、盾を持って前に出る。

 四人が通路に盾を構えて並ぶと完全に通路が封鎖され、魔物が入り込む余地がない。


 謝肉祭の乙女は、前衛剣士が二人、後衛魔法使いが三人、回復役が一人で、魔法攻撃が主火力の編成だ。

 うちのアリーを入れて魔法使い四人の同時攻撃が、これから行われる。


 弓使いの俺と闇魔法使いのエマは、お休みだ。

 五十階層の魔物は、混成で来る。


 ファイヤーリザード三匹、ウインドウルフ三匹、アースエイプ四匹が見えた。

 討伐推奨レベル40以上の強い魔物だが、それぞれ弱点属性がある。


「アクア・スパイラル!」

「フレイム・レイン!」

「トルネード!」

「シュトルムティーガー!」


 魔法使い四人による同時魔法発動!

 それも中級魔法が四発だからド迫力だ!


 風がうねり、炎が降り注ぎ、水が渦を巻く。

 バチバチと光が跳ね回るのは、魔力同士がぶつかり合う光だろうか。


 出て来た魔物は秒殺、いや瞬殺されてしまった。

 魔法って噛み合うと凄いんだな……。


「アリーちゃんの魔法って、私たちと系統が違うよね」


「そうじゃな。シュトルムティーガーは、エルフの中級魔法でも珍しい魔法なのじゃ」


「レア魔法なんだ! 良いな!」


 アリーは、『謝肉祭の乙女』のお姉さんたちと魔法談議が楽しそうだ。

 隊列中央にいる全体リーダーアドニスさんが、隊列の入れ替えを指示した。


「よーし! 先頭交代だ! 『ハンスと仲間たち』が前へ出ろ! 『謝肉祭の乙女』と『ルーレッツ』は、後ろだ!」


 すかさずハンスが噛みつく。

 ブレないな……、こいつ……。


「アドニスさん! ちょっと待って下さいよ! この陰気な連中は、ずっと戦ってないッスよ!」


 ハンスは、『ゴルゾ傭兵団』と『サン・ミケーレの死者』を指さしている。

 アドニスさんは、ちらりと冒険者ギルド職員のビアッジョさんを見てから、ハンスに答えた。


「陰気は失礼だろ。そこの二パーティーは、対人が専門だからな。魔物討伐は免除なんだ」


「ちょっ! そんなの不公平でしょ!」


 ハンス・ザ・エキサイト。

 ハンスは顔を真っ赤にして、アドニスさんに抗議する。


「いや、そう言う契約らしいぞ。ねえ、ビアッジョさん? そうですよね?」


「はい。『ゴルゾ傭兵団』さんと『サン・ミケーレの死者』さんは、対人戦闘がある場合を想定してアサインしています。魔物との戦闘は、免除する契約です」


 ビアッジョさんは淡々と契約内容を告げる。

 ふーん、そう言う契約なのか。

 冒険者ギルドは、教団地獄の火がいる可能性が高いと見ているのかな?

 それで対人戦闘専門パーティーを二パーティー送り込み、さらに道中の魔物戦闘は免除して、戦力を温存する……。


 まっ、教団地獄の火との戦闘を経験している俺としては、納得出来る契約だな。


 魔物との戦闘と対人戦闘は、まったくの別物だ。

 そこは分業しちゃった方が良いし、魔物戦闘の手は足りている。


 だが、ハンスは納得してくれないようだ。


「いやいやいや! おかしいッスよ! 不公平! 不平等! 納得いかないッス! アドニスさんは、良いんですか!?」


「俺に文句を言われても困るぞ。俺はギルドが交わした契約に基づいて、この依頼を遂行するだけだ」


「じゃあ、ギルド職員のビアッジョさんに言うッス! ビアッジョさん!」


「そろそろ、お腹がすきましたね……」


「ちょっと! 誤魔化さないで下さいよ!」


「いや、お腹がすくとイライラするなあと思って」


 俺はビアッジョさんの対応に吹き出してしまった。

 まあ、ハンスのクレームも、もっともだと思う。


 けれど、『ゴルゾ傭兵団』と『サン・ミケーレの死者』は、魔物戦闘免除って契約で参加しているんだから、そこは俺たちが文句を言っても仕方がない。


 俺は助け舟を出した。


「カレン! 食事出来そうな所はあるか?」


「ニャ! ちょっと先の右側の壁の色が違うニャ! たぶん隠し部屋だニャ!」


「アドニスさん。食事にしましょうよ。ちょうど隠し部屋もあるみたいだし」


「そうだなあ。よし! 隠し部屋で食事休憩だ! カレン案内してくれ!」


「ちょっと! 俺の話しを聞いてます? おかしいでしょう!」


 わめくハンスは放っておいて、みんな食事休憩の為、安全地帯の隠し部屋に向かった。


 隠し部屋はかなり広めで、パーティーごとに分かれて食事だ。

 ウチのパーティーには、ギルド職員のビアッジョさんが参加する。


 メニューは、魔物ブラッディ・ブルとジャガイモのブラウンシチュー。


 パンは、チャパタと言うヴェネタ共和国の平べったいパン。

 オリーブオイルを付けて食べるのが、ヴェネタ流だ。


 サラダは、かぼちゃのマヨネーズあえ。

 こいつはちょい甘めの味付けで、俺の好物だ。


 デザートは、リンゴのぶつ切りの入ったゼリー。


 俺たちがバクバク食っていると『ゴルゾ傭兵団』のリーダーが声を掛けて来た。


「なあ、兄ちゃん。ちょっと、そのシチューを分けてくれねえかな?」


 つばの広い帽子をかぶって、細身の若い男なんだけれど、この人は何とも言えない迫力があるんだよな。

 ちらっと『ゴルゾ傭兵団』の他のメンバーを見ると、食事はパンに水だけだ。


「パンと水だけですか?」


 俺が呆れると『ゴルゾ傭兵団』のリーダーさんは、照れ臭そうに頭をかいた。


「ははは、面目ねえな。いや、まさかこんなにノンビリとメシが食えるとは思わなくてさ。俺たちゃ傭兵だろ? ドンパチ、ドンパチやってる鉄火場でメシを食うから、メシなんてあんなもんだ」


「はー。なんかハードな生き様ですね……」


「それでよ! 周りは結構良い物食ってるだろ? さすがに羨ましくなっちまってよ。なっ! ちょっと分けてくれねえか?」


 レイアとカレンは、嫌そうな顔をしている。

 けど、俺は何と言うか……話してみたら、そんなに悪い人じゃないなって印象だ。


「良いですよ。これ、まだ鍋半分くらい残ってるから、みなさんで分けて下さい」


「オッ!? 良いのか!? ありがとよ! 俺はヴェルナだ。よろしくな、兄ちゃん」


「ナオトです。こちらこそ、よろしく」


「いや~、ダメ元で聞いてみたんだけど、言ってみるもんだよな。ホントにありがとよ!」


 ヴェルナさんは、ご機嫌でシチューの入った鍋を抱えて歩き出したが、二、三歩いて、立ち止まった。

 背中越しに話し出す。


「なあ、兄ちゃん。魔物との戦闘免除なんて、ずるいって感じだろ?」


 ヴェルナさんの声が低く響く。

 殺気を感じて、俺は身を固くし、レイアとカレンがそれぞれ槍と剣に手を掛ける。


「まあ……そう言う見方もありますよね」


「ふっ……。けどよ。その……なんだ……。教団地獄の火とか言うゴロツキ連中と戦闘になったら、俺らが真っ先に突っ込んで、真っ先に死ぬからよ」


「えっと……それは……」


「最悪、俺たちが全滅しても、兄ちゃんたちは必ず逃がすからよ」


「……」


「だから、まあ、勘弁な。シチューごちそうさん!」


 最後にヴェルナさんは、振り返ってよい笑顔を見せてくれた。

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