閑話2 中級職と、どの国へ行くか

 店の中はいよいよ混雑をして来た。

 あちこちで大きな声、笑い声、そして時々怒声が聞こえるのは、庶民の店のご愛敬だろう。


 俺たちの事は誰も気に留めない。

 人に聞かれたくない話をするには、案外こういう店は良いかもしれない。


 俺は仲間たちに、今後の身の振り方について相談する事にした。


「みんなに相談したいのは、今後どうするか? もっと具体的に言えば、どこの国で冒険者活動をするかだ」


 教団地獄の火。

 秘密結社だが、宗教団体だか知らないが、俺たちは連中ともめてしまった。

 そして、ここ聖エーメリッヒ帝国では、教団地獄の火に加入している貴族が多いと聞く。


 冒険者ギルドから、国外へ出る事を勧められた――と言うよりかは、国外へ逃げろと言われた。

 さて、そこで……。


「問題は、どこの国へ行くかだよね。希望とか、意見とかあるかな?」


 俺は仲間を見回す。

 膨らんだ腹を撫でながら長身レイアとネコ獣人のカレンが、まず発言した。


「うーん。俺は外国の事はあまり知らねえんだ。なにせ田舎にあるティターン族の集落に住んでいたからな。まあ、歯ごたえのある魔物がいる所が良いな!」


「ニャ! わたしもレイアと同じで、外国は知らないニャ。ご飯が美味しい所が良いニャ!」


 二人は、わかりやすいな。

 強い魔物とうまい飯か。


 ちびっ子魔法使いのエマに目を向けた。

 エマは家族とこの街に住んでいるから、外国にはついてこられないかもしれない。

 前に話した時は、かなり渋い表情をしていた。


 エマは俺と目を合わせると顔を真っ赤にした。

 ああ、たぶんダンジョンで俺に毒消しを飲ませるのに、キスした事がひっかかっているのか。


 まあ、そこはスルーだ。

 事案発生になりかねないから、深くは考えまい。


「エマはどう? もちろん家族と相談して欲しいし、一緒に来られないかもしれないのもわかっているよ。けれど、希望や意見があれば聞いておきたいんだよ。エマは、仲間だから」


 俺の言葉を聞いて、エマの赤らめていた顔は、ホッとした表情に変わった。


「そうなんだよ……。おばあちゃんやお母さんやお姉さんに聞いてみないと、一緒に行けるかわからないんだよ……。けれど、もしも一緒に行けるなら! 珍しい魔道具がある街が良いんだよ!」


 ああ。わかる。

 エマの実家は、魔道具を制作販売する『シャルロッタ魔道具店』の六女だ。


 シャルロッタ魔道具店は、マジックバッグの制作に定評がある。

 特におばあちゃんは凄腕の職人だ。

 将来に向けて色々魔道具を見ておきたいのだろう。


「なるほど。エマは将来魔道具士になりたいのかな?」


「そうなんだよ! おばあちゃんみたいになりたいんだよ! だから、色々な魔道具を見ておきたいんだよ!」


 うんうん、良きかな、良きかな。

 おばあちゃん子のエマらしい。


 次はアリーだな。


「わららは、特にないのう。エルフ国を出て、最初に訪れたのがこの国じゃ。どの国に行っても、見聞を広める事は出来よう。ナオトについて行くだけじゃ」


「わかった。ありがとう」


 アリーは、特になしと……。


「ナオトはどうなんじゃ? 何か希望なり、やりたい事なりがあるのかえ?」


「うーん。俺は魔王について調べたい。神様に魔王を調べてみると約束したしね。だから、南の大陸や東の王国に行きやすい所かな」


「ほう。かつて魔王が現れた所じゃな?」


「うん。北の森の事は、アリーやセシーリアさんから、エルフ族に伝わっている事を教われば良いからね」


「なるほどなのじゃ。すると……かなり南の方の国かのう……。交通の便か良い国……」


「そうだね。後は情報が色々集まるとありがたいかな」


 魔王がどこかに現れたとか、教団地獄の火の動きとか、知りたい情報が集まりやすい国。

 そんな国があれば、そこをこのパーティーの本拠地にしたい。


「まあ、強いて言えば……出来れば貴族の力があまり強くないとか。冒険者ギルドがもっとしっかりしている。……とかかな?」


「そうじゃな。王族のわらわから見ても、この国はちとアレじゃ」


「まったくな。いけすかねえ貴族が多い国だぜ!」


「ニャ! ギルドも頼りないのニャ!」


「うう……。私の国だけれど、反論出来ないんだよ……」


 あらら。

 みんなそれなりに思う所があったんだな。


 しかし、条件が多すぎるかな?

 俺は今までに出た希望を声に出してみた。


 1 強い魔物がいる。

 2 食事が美味しい。

 3 南の大陸や東の王国に行きやすい。

 4 情報が集まりやすい。

 5 貴族の力が強くない。

 6 冒険者ギルドがしっかりしている。


 難問だな。

 と言うか、俺はこの世界の事をあまりしらない。

 冒険者関連、ダンジョン関連を調べるのに精一杯で、地理を調べる余裕はなかったのだ。


「ねえ。それでしたら、ヴェネタへ行きませんこと?」


 色気ムンムンお姉さんのセシーリアさんが、行き先を提案して来た。

 ヴェネタ?

 俺は初めて聞く名前だ。


「おお! セシーリアよ! 良い提案じゃ! ヴェネタ共和国は、一度は行ってみたいと思っていた国じゃ!」


「知ってるんだよ! 世界の貿易の中心なんだよ! 世界中から色々な物が集まる街なんだよ!」


 アリーとエマは知っている国か!

 二人は乗り気みたいだな。


「うふふ。良いでしょう? 世界の中心都市ヴェネタ!」


 なんだ、なんだ?

 セシーリアさんが、熱くなっている。

 どうやら相当有名な街らしい。


「セシーリアさん。ヴェネタはどんな国なんですか? っていうか街?」


「ヴェネタは、ヴェネタ共和国の首都で、アドリア海沿いの美しい街よ。世界中から商人が訪れる、国際的な商業都市ね。その美しさ、華やかさからアドリア海の女王と呼ばれる街よ!」


「へえ。良さそうですね。世界中から商人が集まるなら、情報も集まるか……。南の大陸へはどうです?」


「南の大陸へは船が出ていると思うわ。東の王国は遠いけれど、東の王国の商人はヴェネタを訪れるそうよ。コネ位は作れるんじゃないかしら?」


「ほうほう。良さそうですね。共和国って事は、王政ではない国ですか?」


「そうね。貴族はいるけれど、議会の力が強いらしいわ。議会で法律を作って、貴族も法律を守らないといけない珍しい国らしいわよ」


 それは珍しい事なのか?

 現代日本人感覚だと、何人であろうと法律は守るモノだけれど、この世界はなあ。

 特にこの国の貴族を見ていると、法律とか守らないんだろうな。


 まあ、良いや。

 とにかく現代の法治国家や議会制の国に近いのかな?

 それなら俺も生活がしやすいそうだ。


「冒険者ギルドはどうでしょう?」


「うーん。かなり大規模ギルドだと思うけれど、行ってみないとわからないわ。けれど、この国みたいなことには、ならないと思うわ。それよりね! ヴェネタにナオトさんたちが行く理由があるの!」


「「「「「行く理由?」」」」」


 なんだろうな。

 セシーリアさんは、俺たちを見まわしてから右手の指をピンと立てて身を乗り出した。


「それはね! 中級職のスクロールよ!」


「「「「「中級職のスクロール!」」」」」


 なるほど……。レベル50になると、初級職から中級職へクラスチェンジが可能になる。


 例えば、俺は今、初級職の弓士だ。

 レベル50になれば、中級職にクラスチェンジ出来るのだが、弓士の中級職は――



 ■弓兵

 弓スキル+体力+接近戦強化(剣士や戦士のスキルを取れる)して、弓士の弱点を補う。

 オーソドックスな、クラスチェンジ先。

 さらなるクラスアップ先の上級職『精鋭弓兵』は、強力な物理攻撃能力を有する。



 ■狩人(ハンター)

 弓スキル+トラップ系の盗賊スキルを取得できる。

 後衛でありながら、罠解除など盗賊系の動きが出来るので、ダンジョン探索に便利。

 上級職は『レンジャー』で、索敵能力や物理攻撃力が強化される。



 ■バード(吟遊詩人)

 弓スキル+楽器演奏によるエンチャント能力。エンチャントは、仲間の攻撃力アップなど。

 酒場でも人気者。このジョブの別名は、愛の狩人。

 上級職へのクラスチェンジがない。


 ――こんな感じだ。


 クラスチェンジするには、クラスチェンジ用のスクロールが必要になる。

 弓兵になりたいなら、弓兵のスクロールが必要になり、狩人になりたいなら、狩人のスクロールが必要になる訳だ。


 弓兵、狩人、バードのスクロールは、出回っている。

 もちろん、ここ帝都ピョートルブルグにも、これらのジョブのクラスチェンジ用のスクロールは売っている。


 ただし!


 この世界には、レアジョブが存在するらしい。

 つまり……。


「セシーリアさんの狙いは、レアジョブですか?」


「正解よお! ヴェネタは、世界中から商人が集まる。……と言う事は?」


「珍しいスクロールも集まると?」


「そう! それに、ヴェネタの周りはダンジョンが多いのよ。スクロールのダンジョンドロップを狙ってみるのも良いと思うわ」


 なるほど。

 良さそうな話だ。


 俺たちのレベルは、40。

 神のルーレットで、経験値倍増をセットすれば間もなくレベル50になるだろう。


 俺だけじゃなく、他のメンバーのクラスチェンジもある。

 選択肢は多い方が良い。


「なあ、セシーリア。ダンジョンが多いって事はよ。強え魔物も一杯いるって事か?」


「そうよ。レイアちゃん。よりどりみどりよ!」


「良いな! 俺は賛成だぜ!」


 おっ! レイアが賛成に回った!


「ヴェネタは食べ物が美味しいのよ! 海の幸に山の幸! 外国の商人が多いから、外国料理も食べられるわよ!」


「ニャ! それは良いニャ! わたしもヴェネタ行きに賛成ニャ!」


 猫カレンも賛成と。

 見事に食い物に釣られたな。


「実は船便も調べてあるのよ。明日のお昼にヴェネタ行きの船が出るわ」


 セシーリアさんは、ニンマリと笑った。

 この人……絶対ヴェネタに行きたいんだな。

 思わず苦笑してしまう。


 まあ、でも、ヴェネタは、みんながあげた希望に合致する街みたいだ。

 この国からはさっさと出て行った方が良い。


「よし! それじゃあ、明日の船に乗ろう! ヴェネタに行こう!」


「「「「おう!」」」」


「……」


 仲間たちは、次の街へ行くのが非常に楽しみらしく、何を食べるとか、何をするとか、わいわい話し出した。

 特にセシーリアさんは、『新しいワンピースを!』とか言っている。

 おしゃれがしたかったのか……。


 そんな中、エマが席を立った。


「私は家族と相談するんだよ……」


「うん。わかった」


「明日、港で待っていて欲しいんだよ……。行けたら行くんだよ……」


 俺たちは、話を切り上げて店を出た。

 全員でエマを家まで送り届け、エマのご家族に挨拶をして宿に戻った。


 明日、エマが来てくれるかな?


 来て欲しい。

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